2話 編成完結

日本国沖縄県名護市 米海兵隊キャンプ・シュワブ



 沖縄県米海兵隊キャンプ・シュワブ。在日米軍の縮小に伴い、このキャンプ・シュワブは陸上自衛隊との共同運用が行われ、陸自に新編された水陸機動団の一部部隊が駐屯し、名護駐屯地の別名が冠されようとしていた。

 その名護駐屯地内を陸自の戦闘服姿で背嚢とダッフルバックを持って内気な表情を浮かべた若い男が歩いていた。男の名は那智有希なちゆうき。二四歳の陸上自衛官で階級は旧軍の軍曹に相当する3等陸曹。去年相浦の水陸機動団第1水陸機動連隊に転属し、レンジャー小隊に配置されたばかりだった。今回、“ある任務”のために選抜され、相浦から移動し、臨時編成された部隊と合流しようとしていた。

 名護駐屯地として米軍との共同運用が行われ、自衛隊員や車輛が動き回っていても余裕のあるやけに広々としたこの名護駐屯地は、やはりキャンプ・シュワブだ。まだまだ米軍兵士の方がでかい顔をしていると那智は思いつつ、名護駐屯地の中でも奥にある真新しい隊舎のロータリーを過ぎて玄関のドアに手をかける。

 この隊舎には部隊名が書かれた看板が掲げられていなかった。機密保持のためにこの隊舎は電子錠で施錠されており、ICカードをかざして暗証番号を打ち込む必要があった。

 自衛隊版海兵隊と呼ばれ、水陸両用作戦能力に特化した水陸機動団は、米海兵隊からノウハウを学んでおり、陸自の中でも独特な気風を持っている。それでも同じ水陸機動団の第1水陸機動連隊にここまでの保全意識はない。

 二枚目のドアに手をかけるとその奥の廊下から1等陸尉の階級章を付けた迷彩服姿の男が姿を現した。長身と言われる那智よりもさらに少し背が高く、アスリートタイプのしなやかな筋肉を身にまとい、精悍な顔に鋭い眼光を光らせている。


「那智3曹、よく来たな。もうすぐ衛生要員もつく。作戦室に向かってくれ」


 そう歓迎の声をかけた剣崎辰巳1尉とは、すでに何度か顔を合わせているが、まだ慣れない。

 戦闘服の左胸には自由降下FF空挺徽章と一対になった空挺レンジャー徽章だけでなく、冬季遊撃レンジャー徽章と水路潜入徽章、潜水徽章が縫い付けられていて、五段になった徽章は襟に届いている。自衛官にとって左胸の徽章はスターテスだ。剣崎が優れた戦闘員であることは自衛官なら一目瞭然だった。

 ちなみに那智の胸にはレンジャー徽章と洋上潜入徽章、潜水スクーバ徽章の三つが縫い付けられている。剣崎の胸にある水路潜入徽章は、水陸両用基本課程と呼ばれる水陸機動団の隊員必修の各種教育を修了して得られる水陸両用徽章、その後洋上斥候に必要な技術の教育を修了して得られる洋上潜入徽章、偵察ボートCRRCの艇長として洋上生存術等の各種技術の教育を修了して得られる艇長徽章の三つを得て初めて得られる徽章だ。


「了解です」


 剣崎は偶然玄関に通りかかったにすぎないようで、そのまま廊下を那智が向かう方向とは反対の方向へ歩いていった。那智はそのまま廊下を歩き、地下への階段へと進んだ。

 地下室も上と大して変わらないが、掲示物等が全くなく生活感は無い。ただし多くの隊員達が行き来していて中には防弾チョッキを身に着け、小銃を持った完全武装の隊員もいる。


「那智3曹、お久しぶりです」


 廊下を行き交う隊員の一人が声をかけてきた。小銃を二点式スリングで吊り、官給品ではない私物のプレートキャリアを身に着けた若者で、人の良さそうな笑みを浮かべている。


西谷にしがや3曹、お久しぶり。今日から合流だ」


「遂に編成完結ですね。荷物を持ちますよ」


 西谷は那智が持っていたダッフルバックを取って先を進み始める。

 西谷は水陸機動団の偵察中隊に配属されている隊員で、臨時編成された部隊に正式に合流する前から行われている戦力化訓練で一緒だった。

 屈強な隊員達が行き交う廊下は決して狭くないはずだが、広くは感じない。堂々と歩く西谷の後ろに続くことが出来て内心那智はほっとしていた。

 作戦室と呼ばれる広い会議室では数名の隊員達が談笑していた。新参の那智を見るやそのうちの顔見知りの一人が荷物の置く場所を示し、壁際のコーヒーメーカーでコーヒーを淹れて紙コップを渡してくれた。


「これに目を通しておいて下さい」


 9mm拳銃を収めたホルスターを取り付けたベルトキットにコンバットシャツのラフな滑降の坂田3曹はそう言って書類の束を那智に手渡した。防衛秘密の指定を受けていることを示す判が押された作戦計画書だ。思わず那智は眉根を潜めた。


「お察しの通りでしたね」


 隣のパイプ椅子に腰かけながら坂田が面白そうに言った。

 何がお察しの通りだ最悪だ、と那智は心の中で呻いた。作戦計画書の内容は那智の予想通り、朝鮮半島における策源地攻撃だった。


「ノドンハント、それに邦人保護……」


 北朝鮮の保有する弾道ミサイルにはKN-2、スカッド、ムスダン、ノドン、KN-08、テポドン等がある。スカッドの射程は西日本の一部を射程に捉えているが、これは対韓国に使用されるとみられており、特に日本の脅威となるのはムスダン、ノドン、KN-08、テポドンだ。特にノドンとKN-08はTEL(Transporter Erector Launcher)と呼ばれる移動発射台を使用し、任意の位置から発射可能であることからその位置の捕捉、特定が難しく脅威となる。ムスダンも移動式だが、射程は中距離弾道ミサイルIRBMでグアム等米国が標的と予想されていた。そのため、ノドンの自走式ランチャーが優先する攻撃目標とされている。

 そして“朝鮮半島内の邦人保護”という曖昧な目標だが、内容は在韓邦人の保護のみならず拉致被害者の奪還を示すものだった。


「湾岸戦争のスカッドハントみたいな任務ですよね」


「ブラヴォー・ツー・ゼロは御免だぞ」


 那智の言葉に西谷は苦笑交じりに肩を竦めた。湾岸戦争でスカッド破壊のためにイラクに潜入し、イラク軍に発見された英国陸軍特殊空挺部隊SASのブラヴォー・ツー・ゼロチームの末路は言わずもがなである。

 作戦会議MMの時間が迫り、多くの隊員達が作戦室に集まって来た。ほとんどの隊員が見慣れない顔だ。那智を認めると軽く挨拶してくる者もいる。中には小銃を携行したままだったり、拳銃を所持していたり、装具をつけたままだったりとラフな雰囲気だ。規律が乱れているというよりは部隊のスタイルを表しているようだった。

 やがて戦闘服を着込んだ幹部達が入って来た。その先頭が剣崎1尉だった。


「気を付け!」


 先に作戦室に入っていた幹部が声を張り上げるとそれまで雑談していた隊員達は一斉に立ち上がり、姿勢を正す。


「休め。今日から新たに那智3曹と板垣3曹が合流した」


 板垣3曹と呼ばれたのは空自の隊員だった。陸自の衛生科隊員ではなく、空自の救難員が支援として陸自の部隊に配属されるのは異例中の異例だ。青磁色を基調としたデジタル迷彩の救難服を着ていて一人だけ浮いているが、本人は気にしていないようだった。那智にも視線が集まる。


「那智3曹、板垣3曹共に山に精通したプロだ。お互いに情報と技術を共有し、戦力化訓練に備えろ。我々は本日より作戦終了まで偵察中隊より独立し、偵察分遣隊を名乗る。地位は水陸機動団直轄だが、任務においては陸上総隊直轄運用となる」


「フォースリーコンみたいですね」


 隣にいた西谷が囁いた。剣崎を始め、この場にいるほとんどの隊員達は元々水陸機動団偵察中隊所属だ。元々那智のような一般隊員から見れば水陸機動団偵察中隊すら特殊な存在だった。


「北朝鮮の軍事行動が懸念されている。我が国に対する具体的な脅威は、弾道ミサイル攻撃だ。政府は策源地攻撃を含む弾道ミサイル防衛を計画。米軍と共同し、脅威となるノドン・スカッドの移動式発射台を捜索・破壊。同時に朝鮮半島における邦人保護を実施する」


 資料の計画通りだ。板垣3曹は表情を変えずに剣崎の説明を聞いている。


「偵察分遣隊も北朝鮮に水路潜入。ノドンハントを行う。以上だ」


 話の短い上官は好かれる。


「作戦要員はこのまま作戦室に残れ。命下し、編成完結する」


 号令をかけた近藤2尉が声を張る。作戦を支援するための後方支援要員などは退出していった。残ったのは三十人の作戦要員だった。山城1曹というまだ二十代後半の若い陸曹が那智や坂田、西谷に並ぶよう指示する。

 作戦室に残った選抜された隊員達の顔ぶれは屈強そのものだ。しかしそんな男達の中に端整な顔立ちの女がいた。活発そうなショートカットで、身長は165センチほど。まだ二十代前半と思われる若い2等陸曹だ。精強な男達に混じって険しい表情をしているが、似合わなかった。


「野中2曹は野戦特科ヤトク出の火力誘導員です。綺麗な顔してますけどヤバい人です。手出しちゃ駄目ですよ」


 坂田が那智の視線を追って、からかいまじりに言った。火力誘導員とは空自の戦闘機の航空攻撃や海自の艦砲射撃、迫撃砲や特科の砲迫射撃を誘導する重要な役職だ。


「そんなことしないよ……。それより女性って大丈夫なのか?敵性地域に潜入する任務だろ、捕虜になる可能性だって無いわけじゃない」


「野中2曹は米国でJTACジェイタックを取った、まだ数少ない自衛官の一人です。部隊には欠かせません。それに北が捕虜取ってくれますかね?」


 坂田の困った顔に那智は閉口した。


「捕まれば耐え難い拷問の末に殺されますよ。自分は降伏するよりも最後まで戦います」


 西谷の目は据わっていた。

 現在陸自で行われている統合火力誘導教育よりもより実戦的で高度な技術を学ぶため、前線航空管制FACを行う火力誘導員の中から選抜された志願者を米国の統合末端攻撃統制官JTACの教育課程に参加させる施策が行われていた。

 JTACの訓練課程は特殊部隊要員を育てるのと同等に厳しいものだ。それを乗り越え、なおかつ精強な水陸機動団に所属しているのだからただ者ではない。

 考えるだけ無駄だ。剣崎が壇上に立った。精悍な顔立ちの中にあった温和さは微塵もない厳しい表情をしている。


「気をつけ!これより当分遣隊の指揮を剣崎1尉が執る」


 剣崎が真剣みをさらに増した声を張る。これは儀式としての意味合いがあった。指揮官自ら責任を持って指揮を執り、各人の職責を明らかにする。


「命下。副長、近藤2尉。1班長山城1曹、2班長宮澤1曹。各班長は班員を命下」


 1班長を指名された山城が回れ右をして振り返った。


「1班、A分隊那智3曹、分隊員坂田3曹、西谷3曹、海保3曹」


 那智達は基本的には前方警戒──ポイントマンと呼ばれる重要な役職を担う。敵を警戒しつつ、地図判読を行い、主力の進路を維持しなくてはならない。北朝鮮の地形と格闘しなくてはならない運命を悟ったメンバーたちの表情は天を仰ぐようだった。


「以降外部との連絡や外出は制限される。分遣隊は明日、移動。山岳地帯における行動訓練を実施する。期間は一週間、北アルプスにおける山地潜入訓練となる。経路については現地にして示すが、岩壁登攀クライミングや懸垂下降が必要な剣俊な地帯を縦走することになる。本日中に戦闘準備を整え、即応態勢を取るように。各班長は班員を掌握し、連携訓練と所要の措置を取れ。以上、じ後の行動にかかれ」


「じ後の行動にかかります」


 剣崎に班長らが敬礼を返す。次に班長達が班員に向き直った。山城1曹はなかなか砕けた雰囲気で、圧迫感がない。


「ということだ。着いて早々だが、準備することは山ほどある。まずは武器・通信だ。俺は運用幹部ウンカンに調整してくるので、それまで各人は個人物品の準備をしておいてくれ。分かれ」


「分かれます」


 那智達は山城に敬礼するとすぐに作戦室を出て自室へ向かった。那智の部屋は二人部屋で、事前に送っていた荷物が放り込まれたままだった。向かいの部屋は坂田と西谷の部屋だ。那智の同室は、同じタイミングでここに移動した空自の衛生要員の板垣3曹だった。


「板垣3曹、小松救難隊所属のメディックです」


 板垣が作業の合間に自己紹介した。板垣は見るからに社交的で気さくな性格で、体は鍛え抜かれていた。

 航空自衛隊の救難員は高度三千から水深三十メートルを活動領域として救難救助任務をこなす精鋭だ。当然雪山での山岳救助も行うため、山地作戦にも精通している。そして小松救難隊は冬の日本海の荒波や石川県周辺の山岳地帯において救難任務をこなす部隊だ。


「第1水陸機動連隊レンジャー小隊の那智3曹です」


「山に精通しているそうだね」


「ええ……水機団に来る前は松本にいたので」


「山岳レンジャーか。トラッカー?」


 板垣の表情が好奇に変わった。

 那智は第1水陸機動連隊への転属以前、長野県松本市の松本駐屯地に駐屯する第13普通科連隊に所属していた。13連隊は日本アルプスが存在する長野県を担任地域とするため、特に山地機動、山岳戦能力に秀でており、山岳連隊の呼び名も名高い。その山岳連隊において行われるレンジャー教育は特に山地作戦能力を重視するため、差別化のために山岳アルペンレンジャーと呼ばれ、他の部隊レンジャー教育とは異なる。山岳連隊で山岳レンジャー教育を修了した山岳戦のプロである那智が選抜されたのだ。


「まあ、そんなとこです」


 那智は肩を竦めた。追跡者トラッカーとしての技術に那智は特に長けていた。山の中で猟犬のようにわずかな痕跡から敵を追いかけるのだ。那智は第1水陸機動連隊のレンジャー小隊に転属してからもその技術を遺憾なく発揮し、実績を積んだ。

 山の話は弾み、那智と板垣はだいぶ打ち解けた仲になった。もっとも板垣が非常に社交的なのが主な理由だが。

 途中、山城がやってきて武器を掌握するよう指示された。那智は山城以下、坂田と西谷、海保3曹、久野3曹ら一班の班員と板垣と共に武器庫に向かい、武器を受領する。

 自衛隊の制式小銃に加え、山城と板垣は、陸自で制式採用されていない7.62mm小銃Mk17だった。ベルギー〈FN〉社が米特殊作戦軍SOCOM向けに開発したSCARライフルの7.62mm口径であるSCAR-Hの米軍採用名称Mk17はポリマーフレームを多用する近未来的な自動小銃だった。


「どうしてこんなものがあるんだ?」


「選抜射手用だ。装備開発実験隊そうじつの予算で試験名目で調達してたのを特殊作戦群Sから分けてもらった」


「すげえ」


 坂田も西谷も珍しそうに見ている。国産やライセンス生産以外の小火器は自衛隊の一般部隊ではほとんどお目にかかることは無い。自衛隊でも試験用に購入され、評価されていたが、一般部隊への配備は無かった。


「HK417よりは高精度らしいな」


「噂じゃ反動凄いって」


「だから近接戦CQBでは減装弾を使う」


64式小銃ロクヨンの?」


「いや、新規採用だ」


 山城は自慢するようにMk17を見せつけ、槓桿を引いて薬室を点検して見せた。操作性も89式小銃と比べるとかなり向上している。Mk17は那智達の視線を釘付けにしていた。

 さらに拳銃も受領した。拳銃を持って那智は顔をしかめた。ステンレス削り出しの拳銃は弾を込めれば一キロにもなり、予備弾倉も携行しなくてはならない。


「我々の任務は強襲ですからね」


 久野3曹が顔をしかめた那智を見て言った。拳銃は銃身を交換され、減音器サプレッサーが取り付けられるようにカスタマイズされていた。そのため照門リアサイト照星フロントサイトもそれに対応したものに交換されている。

 西谷の小銃はすでに夜間照準具やウェポンライトなどの付属品が装備されていた。予算の少ない自衛隊では小銃のアクセサリーは乏しいので私物だと分かる。よくも金をかけたものだと那智は感心する。


「ライトもレーザーも必須か」


「そりゃあもう。重たいですけど外して後悔するよりマシです」


 峻厳な北朝鮮の山々を克服して山地潜入するためにはやはり一グラムでも軽くしておきたいものだが、夜間戦闘にウェポンライトや不可視レーザー照準具は必須だ。


「グレネードランチャーを持ちたい者」


 そんな会話をしている中で山城1曹が40mm擲弾発射機グレネードランチャーM320を持ってきたものだから誰も良い顔はしなかった。ドイツ〈H&K〉社製のM320グレネードランチャーは手榴弾と迫撃砲の間を埋める火器だ。これもまた陸上自衛隊一般部隊の標準装備外で調達された武器になる。

 40mm擲弾発射機は決して軽い装備ではないが、火力の限られる少数精鋭の部隊には貴重な武器となる。

 坂田と西谷の視線が那智に向き、それにつられて海保3曹も那智を向いた。押し付け合いが始まったことに那智は冷や汗をかいた。


「……自分ですか?」


「那智は分隊長だろうが。お前ら三人の中で持つ者を決めろ」


 山城は呆れた顔をする。すると直ちに坂田は西谷を向いた。


「間接照準火器は西谷の専門だろ?」


「グレランと迫は一緒じゃないですよ……」


 坂田の言葉に文句を言いながらも元迫撃砲小隊の西谷は渋々40mm擲弾発射機M320を受け取った。


「わー、色々外したのに元より重くなった……」


「良かったな、隊に貢献できるぞ」


「ういーす」


 那智の皮肉に西谷はふざけた返事を返す。


零点規正ゼロインに行くぞ」


 全員が銃を取ると山城が呼びかけた。銃自体の個癖と個人差があるため、照準を調整して自分に合わせなくてはならない。那智は私物のNightforce社製のショートスコープを取り付け、高機動車に乗って射場へと移動した。


「ショートスコープってデカいですね」


 高機動車で向かいに座った海保3曹が那智の小銃を見て聞いた。海保の小銃にはアメリカ〈トリジコン〉社製の四倍率固定の戦闘光学照準器ACOGが装備されている。


「気に入ってるんだ」


「倍率も高けりゃ高い方が良い」


 西谷も等倍率から六倍率まで可変可能なショートスコープを乗せている。至近距離射撃から狙撃までに対応した優れモノの私物だ。


「各人に合った物を使用できるのがここの強みでもあるだろ?」


「そうそう、なんでも良いけど当たればいいんだよ」


 那智に同調した坂田の小銃にも西谷と同等のショートスコープが装備されていた。


「まあ、そうですけど」


 海保は肩を竦めた。


 至近距離射撃から三百メートルの基本射撃に対応する射場に到着すると水陸機動団の隊員達が射撃を行っていて銃声が絶えず鳴り響いていた。

 空いているレーンを借りる手続きをするとすぐに弾薬を受領し、準備する。


「いつもこんな感じなのか、分遣隊は」


「まさか。こんなに自由度が高い訓練は無いですよ」


 坂田は肩を竦める。各組ごと各個に射撃しているらしく、一見すると皆、適当に撃っているように見えた。

 射座と呼ばれる射手が射撃を行う土手の後ろの待機位置で弾倉に三十発の5.56mm弾を詰める。弾は一般部隊用の89式5.56mm普通弾ではなく、対外有償軍事援助FMSで調達された米軍で使用されているM855A1弾だった。

 この小銃の真価が、海外製の弾薬や弾倉に対応するよう改修されたことだと気付き、那智は思わず唸った。現行の89式普通弾は耐水性が低く、新たに開発された89式普通弾(C)から耐水性と徹甲能力が強化されM855A1弾級となっているが、配備先の優先は水陸機動団の連隊や空挺団だ。

 減音器を装備した際に使用する亜音速サブソニック弾に対応した規整子ガスレギュレーターの調整の仕方などの説明も弾込めを行いながら受ける。

 弾込めを終えて全員が射座に入り、山城の号令で各個に撃ち始める。那智も伏射ちの姿勢を取ると取り付けたショートスコープを通して三百メートル先の的を狙った。

 那智のショートスコープは等倍率から八倍率に切り替えが可能で、遠い目標を狙う際は八倍率にして狙う。普段の三百メートル射撃ではサイトやスコープは乗せずに小銃の照門と照星を使うため、的は大体ぼやけて見えた。八倍率ではっきり見える的に感動を覚えつつ、那智は射撃した。

 三発撃ってから射座に設置された弾着を表示するモニターを確認する。弾痕を見て、そのずれ分サイトを調整、三発撃ってサイトの調整を繰り返し、スコープの照準線レティクルを着弾点に近づけていく。

 二十一発を射耗して零点規制に満足した那智は安全装置をかけた。板垣も射撃を終えて弾倉を銃から取り外すところだった。


「ゼロインはいいな?」


 全員が射撃を止めたのを見て山城が確認した。それからは精密射撃の錬成射撃を残った弾薬で行った。三百メートル先の目標を狙ってとにかく正確に、可能な限り素早く五発撃ち込む。零点規制で弾倉に残った弾と弾倉もう一本分を撃ち終え、那智は再び安全装置をかけて薬室を点検し、弾が残っていないことを確認する。


「至近距離射撃の諸元を取ろう」


 山城が言った。抜弾して銃を安全化すると至近距離射場へ向かった。至近距離射場では拳銃弾も六十発受領し、拳銃射撃も行う。

 二十五メートル離れた的に向けて迅速単発連射で二発ずつ撃ち込み、着弾点を確認する。小銃は弾道上、二十五メートルと三百メートルの照準は同じだ。二十五メートル以遠では高い位置に弾着し、近ければ低い位置に弾着するため、照準点を変えなくてはならない。

 拳銃射撃は一般の自衛官では幹部か対戦車火器の携行手、狙撃手、国際任務部隊、特殊部隊を除けば実施する機会は殆どない。那智自身、拳銃射撃は苦手な方だ。

 ある程度の諸元を取ると個人ごとに錬成射を行う。那智は人型の鉄板的の胸に二発、頭に一発のモザンビークドリルと呼ばれる射法で連続して弾を撃ち込んだ。

 5.56mm弾は初速が速く貫徹力も高いが、その分マンストッピングパワー──銃弾が人間の心身に与える致死的な影響力は7.62mm弾に劣る。実際、ソマリアではアドレナリンや麻薬を常用して痛覚が麻痺した敵が数発の銃弾を受けても倒れることなく反撃してきた事例もある。確実に敵の動きを止めるため、バイタルゾーンにダブルタップ(間を置かずに単射で二発発射すること)で二発撃ち込み、頭を撃って確実に制圧するモザンビークドリルのように少し多めに弾丸を浴びせるくらいが良いのだと那智は持論を持っている。

 那智の隣ではEOTechのホロサイトを乗せた89式小銃でダブルタップを二回ずつ行い、一つの的に四発撃ち込む隊員がいた。その隊員はやや離れた位置にある二つの的に向かって歩きながら正確に弾丸を浴びせていた。最後は撃ち尽くした小銃をスリングに預けて落とし、レッグホルスターの拳銃を抜いて至近距離から撃ち込む。洗礼された動きに那智が魅入られているとその隊員が待機線へと戻って来た。野中2曹だった。

 身長は女性にしては高い方だが、屈強な男達に囲まれているせいかやはり小さく見える。野中は那智の視線に気がつくとオレンジの偏光シューティンググラス越しに目を細めた。


「なにか?」


 野中の抑揚のない冷たい声に那智はびくりとした。


「いえ。失礼しました」


 咄嗟に謝って自分の武器をチェックする。野中はちょうど撃ち終わったようで武器を片づけて去っていった。


「今、気が立ってるんだ」


 近くに立って山城が囁いた。那智は何となく察して頷いた。

 各人が錬成射を終えると薬莢を箒で掃き寄せてまとめて回収し、数を数える。膨大な弾数を消費しており、それだけでも一苦労だ。どれだけ自分の銃で射撃したのかを射場出入り口の紙に記入して薬室の点検をダブルチェックで行うと射場を出て高機動車に乗り込み、再び隊舎へと戻る。

 途中、頭上をUH-60JA多用途ヘリがパスしていった。陸自のUH-60JAには標準装備されていない空中給油プローブが取り付けられている。この名護駐屯地では偵察分遣隊以外にも作戦に投入される部隊が訓練を行っていた。沖縄は気候こそ北朝鮮と違えど訓練環境は非常に充実していた。



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