第31話 妨害

韓国プサン広域市 キメ国際空港



 在韓外国人の避難拠点の一つとなっているプサン、キメ国際空港。プサン広域市はスカッド短距離弾道ミサイルの攻撃を受けたが、北朝鮮の偽装ゲリラによる襲撃などは未だに無く、比較的秩序は保たれているように見えた。

 しかし外国人を輸送するバスの車列に続いて多数の韓国人がキメ空港に詰め掛けており、キメ国際空港の外周は騒然となっていた。一万名近い韓国人が助けを求めて声を上げている。


「助けてくれ!」


「せめて妻子だけでも!」


「お願いだ!」


「助けて!」


 韓国人達の悲痛な叫びは時間を追うごとに増している。フェンスの向こうにいる集まった群衆を前にキメ空港の一角を警戒する自衛隊員達は緊張した表情を浮かべていた。


「こちら警戒04、空港外周の民衆、なお増大中!指示を乞う!送れ」


 プサン退避統制センターECC警備隊として空港の警備に当たる中央即応連隊の小隊長、石見3尉は軽装甲機動車の車輛無線機で指揮所に呼びかけた。


『警戒04、こちら指揮所CP。そちらに増強部隊を向かわせる。民間人への警告は最小限にとどめ、威嚇などは禁ずる。対応は韓国執行機関に任せろ。送れ』


 石見は思わず舌打ちをした。本来空港の外の警備に当たるはずの軍や警察の姿は消えて久しい。しかもそれは既に指揮所にも報告していた。この上、ここにはいない警察や軍を頼っていてはいずれ限界を迎えるのは目に見えていた。

 そしてこれからやってくるであろう増強部隊のことを石見は思い浮かべた。目的地派遣群の中央即応連隊と空挺団の部隊の規模はとてもではないが足りておらず、その支援のため、対馬の一次避難所の支援のために対馬に展開していた第12旅団の第30普通科連隊の一個中隊がこのキメ空港には送り込まれていた。空中機動旅団として旅団隷下のヘリ隊を有する第12旅団がこの作戦に加えられたのは必然で、第12旅団はさらに今年度から国際緊急援助隊に指定されているものの、海外派遣に向けた準備も訓練も十分とは言えなかった。対馬警備隊のレンジャー隊員などの精鋭もそれに加え、警備と避難民の誘導などを支援している。石見は彼らと足並みが揃うかが不安だった。


「おい!イルボン!お前たちだけ逃げ出すつもりか!」


「卑怯者!見捨てるのか!」


「ここは韓国の空港だぞ!」


 群衆たちの声はやがて憎悪を孕んだ罵詈雑言に変わっていく。フェンスを揺さぶる市民たちが投石を始めた。飛んできた石が防衛線に立つ隊員達の傍に落ちてくる。

 石見は彼らを前にして無力感に囚われた。彼らは国こそ違えど同じ助けを求める文民であり、自分達が守るべき存在であるはずだ。彼らも家族を守ることに必死になっている。そして助ける力を持っている筈の自分達が傍観する理不尽に怒りを覚えるのは当然だった。


「どうします!?」


 軽装甲機動車の機関銃手の3等陸曹が指示を求めて叫んだ。装備した5.56mm機関銃ミニミは民衆に向ける訳にもいかず、空に向けられていた。


「韓国警察と軍が対応する!手出しするな!」


 石見が怒鳴った。群衆はフェンスを揺さぶり始め、大きく揺らいでいた。さらに投石が行われる。周囲に並んだ隊員達がその迫力にたじろいだ。


「フェンスを切れ!」


「韓国の空港を取り戻すぞ!」


 もはや集まった群衆は暴徒化しようとしていた。自衛隊員達は息を呑んだ。非戦闘員である文民シビリアンには武器を向けて警告することも出来ない。隊員達は凶暴化しつつある群衆に怯んでいた。もしフェンスが破られ、彼らが雪崩れ込めば食い止めることは出来ない。空港はパニックになり、邦人の脱出に必要な航空機の離発着も中断されかねなかった。


「CP、こちら警戒04!群衆がフェンスを破壊し、侵入を試みています!指示を!」


LRADエルラド装備車を向かわせた。武器を使用せずに群衆を下がらせろ』


 その言葉通り、すぐにLRADと呼ばれる長距離指向性音響発生装置を装備した軽装甲機動車と増援の隊員が高機動車に乗って到着した。


「下車!横隊に並べ!」


「威圧もやむを得ない!暴徒化した民衆の侵入を阻止しろ!」


 増強部隊を率いてきたのは警戒隊指揮官である白瀬1尉だった。


『こちらは国連軍です。この空港は国連軍管理下にあります。不法侵入には実力を行使します。直ちにフェンスから離れてください』


 長距離音響発生装置LRAD六角形ヘキサゴン型のスピーカーから隊員の読み上げた韓国語が群衆に向けて発せられた。しかし群衆はその警告を無視している。


「出力を増せ」


『警告します、フェンスから離れなさい!フェンスから離れなさい!』


 やがてLRADはその能力を発揮した。警告の声はそのまま攻撃となった。強力な大音響と音波が発せられ、フェンスに殺到していた群衆を襲う。指向性の音響兵器でもあるLRADはスピーカーとして声を増幅するだけでなく、人の平衡感覚を司る内耳に作用する周波数の音波を断続的に不快音として発し、暴徒を制圧する。人の聴覚障害の危険もあることから不快音波の照射は一度に数秒で、あとはピンポイントの指向性による大音響の警告文で群衆を圧倒した。

 大音量の警告を聞いた群衆たちが耳を押さえて逃げまどう。警告音がさらに音量を上げ、群衆が後退した。

 その時、銃声が弾けた。並んでいた隊員達は一斉に頭を竦める。


「正面で発砲音!」


 撃たれたのはLRADを装備した軽装甲機動車だった。ヘキサゴン型の音響発信部が狙撃を受け、破壊された。銃声は群衆の中から聞こえた。群衆の中で悲鳴が上がり、人々はLRADの音響が止んだが、空港から離れるべく逃げまどう。


「あの中に武装した人間がいるぞ!」


 空港の貨物リフトローダーの上で監視していた隊員が叫んだ。彼らはテロ対策のためにM24対人狙撃銃を持って警戒監視に当たっていた。


「射撃許可を!」


「撃つな、民間人に当たる!」


 白瀬が怒鳴る。石見はそれでも89式小銃の槓桿を引いて薬室に初弾を装填した。

 フェンスの向こうから突撃銃が連射される。フェンスの傍にいた韓国人が巻き込まれ、銃撃が自衛隊を襲った。軽装甲機動車の車体にも銃弾が当たって爆ぜる。その周囲にいた隊員が倒れた。


「島津が撃たれた!」


「金原、しっかりせんか!担架たんが!担架要員!」


 銃撃はさらに続いた。隊員達は負傷者を引きずって軽装甲機動車の裏に隠れ、銃撃から身を隠す。その間に群衆の中から現れた小銃を持った男達がフェンスに近づいてきて、ボルトカッターを当てる。


「やつら、フェンスを破壊します!」


 車の影からそれを覗いた陸曹が叫んだ。石見はメガフォンを取った。


「止まれッ!こちらは国連軍だ、直ちに武器を捨てろ!」


 フェンスに近づいていた男達の一人がM16らしき小銃を構えて発砲してきた。石見は慌てて軽装甲機動車の車体に隠れる。軽装甲機動車の車体を銃弾が叩く音が響く。7.62mm弾に耐える軽装甲機動車の装甲だが、それはあくまで搭乗員が乗り込む部分や車両の主要部品を守っているだけで薄い部分もあり、何発かがエンジンルームの反対側の装甲板を貫通する音まで聞こえて来た。


「やむを得ない、射撃を許可する。排除しろ」


 白瀬が命じ、石見は顔を強張らせながらも頷いた。


「しかし、民間人が……」


 自ら89式小銃を構えた白瀬に陸曹達が戸惑う。


「フェンスを破られれば敵に浸透される!今は背後にいる民間人を守ることを考えろ」


 白瀬はぴしゃりと命じると89式小銃の安全装置を解く。


(えらいことになった)


 石見もそれに続いて89式小銃を構える。今や日本にいる妻子の顔を思い浮かべる余裕もない。

 軽装甲機動車の裏で銃撃をやり過ごしていた汐見2曹は素早く膝射ちの姿勢から右肘を地面に着いて狙う変形伏射モディファイドプローンの姿勢を取って車体の下から銃を持った男達を狙った。単射で足を撃ち抜き、崩れ落ちたところで胴体や頭に撃ち込んでとどめを刺す。

 さらに後方のリフトの上で対人狙撃銃を構えていた狙撃手も発砲した。


「三名排除!」


 フェンスは一部が破壊されたが辛うじて無事だった。フェンスの傍には武装ゲリラの銃撃に巻き込まれた韓国人や自衛隊に射殺された武装した男達が倒れていて、今は暴徒化していた市民も戦闘に巻き込まれまいと蜘蛛の子を散らすように逃げている。


「警戒しろ!」


 その時、空港から離れようと逃げまどう民間人達の間からひときわ大きな悲鳴が響いた。群衆を蹴散らし、ディーゼルエンジンの唸りを上げながら大型トラックが突っ込んでくる。


「トラックが来ます!」


「撃て!突入してくるぞ!阻止しろ!」


 石見の声も虚しく、大型トラックはフェンスを突き破って空港に侵入した。隊員達が一斉に射撃し、トラックに銃撃を浴びせる。フロントガラスが穴だらけになって砕けたが、トラックの助手席からM4らしき突撃銃を構えた男が連射で射撃してきた。


「撃つな!友軍相撃になるぞ!」


 石見は慌てて怒鳴った。防衛線の中に侵入したトラックの背後に位置してしまった警戒部隊に射線が被っていた。トラックの正面に立ちはだかって発砲した隊員もいたが、トラックは止まらずにその隊員に突っ込んでいく。その隊員は寸前で横飛びをして交わしたが、トラックは設置されていた柵を蹴散らして突破し、空港内に侵入した。


「追跡しろ!」


 白瀬が怒鳴り、石見は手近な軽装甲機動車に乗り込んだ。トラックはさらにバリケードを蹴散らして飛行場に向かっていく。


「マズイ……ヘリを直ちに離陸させろ!大型トラックが飛行場内に侵入した!」


 石見が無線に怒鳴り散らすまさにその時、エプロン地区ではCH-47J輸送ヘリに邦人が乗り込んでいた。周囲でそれを警護する中央即応連隊の隊員は無線に錯綜する声を聞いて警戒を強める。


『キャリア22、こちらCP!直ちに離陸し、離脱せよ』


 エプロン地区で邦人を搭乗させていた第12ヘリコプター隊のCH-47J輸送ヘリのパイロットである荻野3佐は切迫した指揮所からの指示に思わずコ・パイロットと顔を見合わせた。搭乗作業はまだ完了していない。


「こちらキャリア22、どういうことだ?説明を」


『飛行場内に侵入車輛だ、今すぐ離陸せよ』


 CPからの指示に荻野はすぐに離陸する態勢を整え、エンジンの回転数を上げながらインカムで呼びかけた。


『離陸する、搭載を中断しろ』


『あと七名です!』


 後部のランプウェイで誘導に立っていた機上整備員FEが応答する。もう一人のFEは小銃を持っていたが、発砲音と共に飛行場のエプロン地区に大型トラックが姿を現したのを見た。


「なんだ、あの車輛は?」


 大型トラックが加速しながら反転し、CH-47J輸送ヘリの左側から突っ込んでくる。


『侵入車輛だ、撃て!』


 FEフライトエンジニアは小銃を構える。ここまで民間人達を誘導してきた中央即応連隊と第30普通科連隊の六名の隊員達も89式小銃を構えて射撃し始め、その銃声に驚いた機内の民間人が悲鳴を上げる。


「全員、乗りました!」


『離陸する!』


 パイロットは直ちにコレクティブピッチレバーを操作して回転数を上げ、メインローターのピッチ角を増して上昇に転ずる。四つのギアが地面から離れ、高度を取り始めたCH-47Jに大型トラックはまっすぐ突っ込んだ。

 間に合わない――!


『衝撃に備えて!』


 荻野の声がスピーカーを通してキャビンに響き、事態を察した民間人の悲鳴が響き渡る。次の瞬間、トラックは機体底部に接触し、左前部のランディングギアを破壊してCH-47Jの下を通り抜けていった。機体は激突を受けた左側に向かって大きくバランスを崩し、CH-47Jは横転しようとしていたが、荻野3佐は咄嗟にコレクティブピッチレバーとサイクリックスティック、フットバーを操作し、機体を辛うじて立て直した。

 それでもCH-47Jのメインローターは左側から地面に接触し、CH-47Jの巨体は推力を失ってエプロンの地面に叩きつけられた。後部左側のショックアブソーバーを備えたギアが荷重に耐えられずに潰れ、機体は左に傾き、機体の前後の回転翼ローターブレードを左側のエプロンに接触させて破片をまき散らした。


『キャリア22、墜落!キャリア22、墜落!』


「なんてことだ」


 大型トラックは警戒隊の軽装甲機動車に追尾されていた。その先には米海兵隊のCH-53E輸送ヘリが三機、ローターを回している。


「くそ、ぶつけてでも止めろ!」


「突っ込みます!」


 石見3尉はその大型トラックを阻止するために部下に命じて横からトラックの運転席に突っ込ませた。激しい衝撃が走り、シートベルトが身体に食い込み、車内の搭載品が前部に向かって突っ込んでくる。大型トラックは激突された衝撃で大きく蛇行し、ついに横転した。衝撃で顔を歪め、動けない隊員達を置いて石見はエンストした軽装甲機動車を飛び出す。89式小銃が車内で引っかかって咄嗟に取り出せなかったので、それを取る暇も惜しんで〈サファリランド〉のレッグホルスターから9mm拳銃SIG P220を引き抜くと、トラックの運転席に向かった。

 駆け寄る石見を見て、窓ガラスが割れ、血まみれの助手席にいた男がM16自動小銃の中国製コピーであるCQ311のカービンモデルを取り出そうとしている。


「武器を捨てろ!」


「指導者同志万歳!」


 石見は両手で構えた9mm拳銃の引き金を絞り、9mm弾を三発撃ち込んで射殺した。もう一人の運転席の男も拳銃を抜こうとする動作をしたため、石見はさらに三発撃ち込んで運転手も射殺する。石見は拳銃を構えたまま近づき、射殺した男が取り出そうとしていたカービン銃を車外に蹴り出し、左手で無線のPTTスイッチを押す。


「CP、こちら警戒04……大型トラックを阻止した。ヘリが墜落、二名射殺。応援と救護班を」


『警戒04、こちらCP、了解』


 CH-53Eの方向から海兵隊員達が全力疾走でこちらに向かってくる。墜落したCH-47Jにはすでに救助作業のために大勢の隊員が群がっていた。


「離れろ!」


 海兵隊員の怒声が石見に向かって浴びせられ、石見は驚いた。


車輛爆弾VBIEDの恐れがある!」


 背後から走って来た白瀬が怒鳴った。白瀬が率いている隊員達の腕にはEODの文字がある。爆発装置処理隊の隊員で一人は巨大な〈バレット〉社製のM82対物狙撃銃を背負っていた。

 石見は思わず横転した大型トラックを振り返った。次の瞬間、目の前が白く弾け、石見の意識は吹き飛ばされた。

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