第二章 美智子さん。玲菜。理沙、美人三姉妹???
2 美智子さん。玲菜。理沙、美人三姉妹???
ぼそぼそと絶えず独語していても、だんじて、痴呆ではないぞよなもし。
ああ、この語尾の感じいいな。
『坊っちゃん』の道後温泉あたりの会話に似ていないかな。
駄文を労する身にとっては仕事柄年中閉じ籠り。万年ヒキコモリ男。部屋からでることもない。外で女性をハントする甲斐性もない。女っけなしだぁ。これでいいのだ。
よかったのだぁ。
どこがいいのだ。
家庭円満なのだ。
芭蕉は40代から自分のことを翁とよびかけていたように記憶する。まちがっていたら御免なさい。ジジイも自分にむかって〈翁〉とよびかける。
されば美智子さんは〈嫗(おうな )〉。ジジイは喜の字の祝いまでにはまだ間があるが〈翁〉と自称してもさしつかえないだろう。美智子さんはまだ若い。
〈嫗〉とよぶには哀れである。
「パパ(美智子さんはジジイを、いまだにパパとよびかける)。パパはやくきてテレビみてよ。……パパのわたしへの幻想がきえるから」
おりしも、WOWOWでは。
『愛しのローズマリー』、グウイネス・パルトロウが特殊メイクで体重136kgの巨体に扮したコメデイをやっていた。
スレンダー美人のG・パルトロウが超巨体女性になる。話題をよんだ映画だ。スリムで知的で美しい理想の彼女の真の姿は……というコピーで人気を博した。あの映画だ。
「わたしは、もう若くも美人でもないのよ。パパにはそう見えるかもしれないけれど、そう見えているなら、ほんとうに嬉しいけれども、わたしはもう若くないのよ」
小柄で細身。フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』がここにいると初対面で思ったままで時が止まり、過ぎてきた。
彼女が時の座標軸に身をおく存在であると思ったことなどは、一度としてない。
青いターバンの少女ともいわれるあの絵の少女がいまわたしの前にいると陶酔してから時は止まってしまっている。
母の病気のため見習いで働いていたテレビ局を休暇をとり、もどったひさしぶりの故郷鹿沼だった。剣道の元道場というだけあって檜の分厚い板張の片隅に彼女はふいに現れた。そこだけ、白く霞んで見えた。
「いやいやまだまだ若いですよ。長女の玲菜は『真珠の首飾り』の少女に似ている。次女の理沙は『天秤を持つ女』そっくりだ。フェルメールの美少女にかこまれて毎日過ごすことができた。楽しかった」
「過去形にしないでくださいな。娘たちはお嫁にいきましたが、わたしはここに、パパのそばにいつまでもいますからね」
「この日々の暮らしが、ゆめまぼろしであるはずがない」
白く霞んで見える道場の隅にいた少女はいまは〈翁〉の側にいる。
あれ以来、年などとっていない。
直射日光にあたるのはお肌の敵と、絶対に紫外線をあびないのが気になるが、皺なし、たるみなし、いまだになめらかな白い肌をしている。
Oh、嫉妬。
毎朝。
美智子さんに飲んでもらう一杯の味噌汁をつくるため。
早く起きるのだろうか???
そんなこと、彼にはわからない。
ジジイにはババア。
オニのようなババアのきげんをそこなわないために。
ババアに叩き起こされたような恐怖から。
早朝から食事のしたくをするのだろうか。
イヤイヤソレハチガイマス。
だって。美智子さんはだんじてババアなどではないからだ。
そして、彼にとてもやさしいのだから。
ババババァチョコバー。
チョコレートはすきな美智子さんではありますが。ハイ。
「おれと美智子さんだけにしかわからないだろうな。おれが酷使虐待されているように、こんな文章を読んだ他人は思うだろうな」
「そうよ。やめてよ」
「美智子さんは、ダンジテババアデハアリマセン」
「だれにいっているの」
「ひとりごと、ひとりごと。モノローグですよ」
そうなのだ。最近ついたばかりの習慣なのだが。
なんとなく早く起きる。
玉葱を半分だけきざんでおく。
玉葱はきざんでから、30分いじょうおいたほうが。
なんとかいう栄養価がたかまるのだという。
人参を賽の目に刻み水をはった鍋にいれる。
人参はなかなか煮えない。
それから。南アフリカ産のカボチャをいれ。
玉葱をいれてから。美智子さんに声をかける。
最後に八丁味噌をいれたころになって、さく夜おそくまであれからデカプリオのタイタニックをみていた美智子さんがダイニング・キッチンにおでましになる。
美智子さんの微笑みをみたいために。
まい朝おなじ具の味噌汁をつくる。
そのうち調理のレパートリーをふやしたいものだ。
美智子さん専用の献立表でもつくれるようになるまで……。
つごうによったら料理教室にでもかよおうかな。
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