第八章 尿一滴たらし立ち去る翁かな。

8 尿一滴たらし立ち去る翁かな。


 Oh、嫉妬。

 Oh shit。

 クソッタレジジイがいるくらいには彼女たちも見てくれているのかもしれない。

 そういえば、そういわなくても、山本有三先生はおげんきなのかな。

 しばらく会っていないな。

 わが郷里栃木の大先達だ。

 ナンチュッタッテ文部大臣にまでなった『路傍の石』の大作家だものな。

 これって、やっぱボケ発言だよな。

 わたしの恩師は木村学司先生。その先生の先生が山本有三先生。

 でもね、これはわかるよね。

 つつこみとぼけのボケ、わざとボケテルの。

 安心して。

 真正のボケ症状じゃないからね。

 

 oh、shit

〈翁〉は朝食をすませてから散歩にでた。

 街の公園でスケッチブックになにか、絵か文字をかいている老人がいたらそれが翁〉だ。


 かわいそうだよオヤジ刈りおいら刈られる髪もなし。拙作。


 禿げかくしの毛糸の冬帽子が目印だ。


 Oh、それ見栄。

 公園を散策している〈翁〉に美智子さんから携帯がかかってきた。

 着メロはゴットファザーだ。


 翁はおりしも、尿意をもよおし、公衆便所をさがしていた。

 

 なんども利用しているのに木立ちのかげのそのcomfotable placeがみつからない。

 トイレはいずこ。

 トイレはいずこと、さがしあぐねていると携帯がなった。

 翁の所在確認の呼びたしだろうとたかをくくってでなかった。

 それよりトイレをさがすのがさきだ。

 モレチャウヨ。

 モレチャウヨ。

 かわいそうだよおいらのパンツ箸でつままれ洗濯機 ……畏敬する親友、飯田一男さんの傑作だ。


 トイレはいずこ、五月の雨でぬかるんだ道をいそぐ。


 このみちはいつかきた道。


 ヌカルンデなんかいない。

 アサハルトの道だ。


 トイレはなんたることか、変質者が出没するので見晴らしのきく公園正門の脇に移築されていた。

 だから、いまジジイが公衆トイレに入ろうとしているところは。

 街の人によって目撃されているはずなのだが、街頭に人影はみあたらない。

 トイレの移転の話はなんどもきかされていた。

 すっかり失念してしまっていたのだ。

 どこにいけばオシッコできるか頭のなかに街のオシッコマップがインプットされているはずなのに。

 場所をおぼえておかなければだめじゃないか。

 あまり自分を責めないで……やっとたどりついたトイレだ。

 トイレはいずこ……バカ、だからぁ、もう探し当てたから……安心しなさい。

おまえは、芭蕉じゃない。

 きどるんじゃないチュの。

 さあ、どうぞ……たまっているものを放出しなさいな。

 ところが、尿がでない。

 あんなに、もれるほど膀胱がぱんぱにはっていたというのに。

 さわやかな放出感がないのだ。

 とびちる、波紋のようにひろがる。

 飛沫がたたない。

 わずかに泡立つだけの尿をじっとみつめる。


 尿一滴たらし立ち去る翁かな。

 

 悲しいな。

 悲しいな。


注。田一枚植えて立ち去る柳かな。芭蕉。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る