第十章 高い化粧品使いたいわ。ジジィの目は涙。
10 高い化粧品使いたいわ。ジジィの目は涙。
それにこの前の上京時のように不可解なことが起こらないともかぎらない。
「特急券2枚、北千住まで」
「禁煙席は満席です」
「どうしても禁煙席でないと困るのですが」
「席が離れていてもいいですか」
駅員と美智子さんとの会話だ。
妻がどうしますかパパという顔で、後ろに控えている〈翁〉をみる。
いやいやをする。子どものように首をなんども横に振る。
美智子さんのとなりでなくっちゃいやいや。
「じや3と4番の席。通路を挟んで、離れてますよ」
ところがだ。席はがら空き。
空席がめだつなんてなまやさしい状態ではなかった。
春日部まで20%くらいの乗車率。
腹をたてた美智子さんが特急券を検札にきた車掌に「どうして駅員があんなことをいったのですか」と聞いてみると息巻くのをやめさせるのに苦労した。
3と4の席は隣あっている。
間に通路なんかない。
なんでこうなるの。
なにか意地悪されているようだ。
イャーナ気分になったものだった。
なにか〈翁〉陥れようとする陰謀が。
また始まったのではないかと心底不安になる。
すこしもたのしくはない。
美智子さんは隣の席でだまりこんでいる。
特急の座席指定でも、もし禁煙車両に乗れなかったら、咳こんでしまって、呼吸困難におちいってしまう。
平気で、ここは禁煙車じゃないのだから乗るほううが悪いとモクモクモクと煙りをはきつづける乗客に恨みの視線を向けるのでは、なんのために特急料金を払ったのかわからなくなってしまう。
特急に乗るだったら絶対に禁煙車だと思った。
それができないのなら……全車両禁煙の区間快速にのったほうがましだ。
「いいな、いいな、特急料金を倹約したぶんなにかおいしいもの食べようよ」
「パパは食べることしか考えていないのね」
「…………………」
「わたしは化粧品」
そうでしょう。そうでしょう。
美智子さんは化粧品のために特急料金を経済とっているのだろう。
など邪推する。
あのときだって、駅員の意地悪にあった時だって、向かうさきは、麻布十番『フジヤ化粧品店』閉店大安売りだった。
美智子さんの学友がやっている店だった。
美智子さんがトイレに立った際におとしていったメモ。
EXAGT(医薬部外品)美容液
コンセントレートa30m20000円
センチュリーエマルジュ125ml 30000円
センチュリーローション
150ml 20000円
センチュリークリーム
40g 70000円
UVカット特殊クリーム 50000円
あっちゃ、ためこんでいるんだぁ。
こんな金額の化粧品がよく買えますね。
だがよくかんがえてみたら、これは美智子さんの願望だとわかった。
わるいな。メモとるだけで『高値?』の華、買えるわけがないのだ。
前回、病院に通ったときの記憶をおもいだしながら。
巨体をせかせかと美智子さんがいるであろう。
タバコ屋さんの角にむかって運んでいた。
そのときだ、ふいに尿意がおそってきた。
さきほど一滴しかタラアットでなかった恨みをはらさんものと。
はげしい報復の尿意がわきあがった。
わきあがったところで、どうせまたたいした量はでないだろうとおさえこむ。
もうすこしだ。
ミチコサンに合流して、駅にいそげばすむことだ……と忍耐をおこたったのがわるかった。
携帯がなる。
猛禽の叫びのようにけたたましくひびきおもわずとりおとしてしまう。
溝にはめこまれた鉄格子のあいだからなんということか落下してしまった。
赤いストラップのついた携帯電話が排溝を半ば沈みながら流されていく。
ひろいあげる気力もない。
こんどはなんの予告もなしに肛門がいたみだす。
あまりいきばって尿意をこらえてきたのでイボジがおでましになったのだ。
この痛みには記憶がある、まちがいない痔だ。
肛門が唇のように腫れあがっているのだろう。
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