第十八話 老い舌出てよよむとも――永遠の愛

老い舌出てよよむとも――永遠の愛 

ねえ、あなた、いまでもわたしのこと好き?

こんなによよんでしまったわたしを、愛してる……。

「万葉研究会」で出会ったときのように愛してる。

わたしは、百夜かよってきて、なんてことは、いわなかった。

わたしはあなたを、深草少将のようにはあしらわなかった。

わたしは小野小町ほどの美人だとは思わなかった。

思ってもいない。

あなたにキレイダといわれるまで、わたしがきれいだとは思わなかった。そういわれて、わたしがどんなに、トキメイタか、あなたにはわからないでしょうね。

それなのに、どうしてこんなことが起きてしまったの……。

あなたは、わたしのところへ来るところだった。

わたしに向かって刻一刻と近寄って来るところだった。

あなたはわたしに会うために道を急いでいた。

あなたはささやかな金の糸でつくったような細い婚約指輪をもって、わたしのところへ来るところだった。

指輪はいまもわたしの左の薬指で輝いている。

だからわたしは、イツマデモ待つ。

この輝きが失せるまで。

あなたを待っているわ。

わたしは、あなたが来るまで、あなたがほめてくれたこの美しさ、若さを保って……あなたを待っている。

歯だって、インプラント。白いきれいな歯よ。

前よりずっと清潔感があるわ。

顎の肉のたるみだって整形した。

髪の毛だって霜をいただくようになったので、ウェグで装っている。

この髪の黒さはもう永遠にわたしのものよ。

庭にはバラを植えている。

わたしの体にはバラの匂いが滲みこんでいる。

香水はつけたくない。

体からほのかにバラの香りがする。

それがあなたへのわたしからの贈り物。

あなたが手に持っていたわたしへの贈り物。リングはたしかにとどいている。    

いまも、わたしの薬指にある。

いつでも、あなたの声が、聞こえるように補聴器だってしている。

あなたがきて、声をかけてくれることを待ちわびている。

そのとき、一言も聞きもらすことがないように、いつも、いつも着けている。

どうして、車になんか轢かれたの。

あなたはわたしのところへ、急いでいた。

それで周囲に注意を払わなかった――。

あれからずっとわたしは、あなたを待ちつづけている。

わたしはあなたがこの世にいないなんて信じていない。

あなたは……いつかわたしのところへ、もどってくる。

わたしはだからこうして老いないように苦労している。

いつでも、あなたを迎えられるように、化粧している。

何年待ったのかしら……。

もう……わたしにはわからない。


かれの声が聞こえてきた。

かたときも忘れたことのない。

甘いささやき。

心にしみこむような声。

そう。

声は彼女の内部から聴こえてきたのだった。

彼女の心にひびいている。

「ぼくは、ずっと一緒にいた。ぼくはずっと一緒にいたよ。だから、いまこそ、姿をあらわすことを神様にゆるされた。声をかけることができた。ぼくらは、ずっと一緒だった。楽しかったよ。そして……これからも、永遠に共にいられる。ずっと一緒だ」

彼女は庭のベンチにすわっていた。

バラに囲まれているベンチで合掌していた。

隣で彼が同じ姿勢をしている。

合掌しているのが感じられる。

そう……。わたしたちはずっといつも一緒だった。

ふたりを隔てる隙間がなくなった。

ふたりは合体した。

融合した。


ベンチには一輪の白いバラ。


百歳(ももとせ)に老い舌出てよよむとも我はいとわじ恋は増すとも  万葉集

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