第十九話 子猫ちゃんは殺処分になったの?

子猫ちゃんは殺処分になったの?


「子猫ちゃんたち、どうしたのかしら」

 妻は秋風の吹きだした裏庭のウッドデッキにひとりたたずんでいる。

 夜に雨が降った。デッキは黒く水をふくんでいる。板と板との間はふさがっている。子猫が置き去りにしたバッタが挟まっている。

「ようやく馴れてきて、頭をなでてやっても、逃げなくなったのに」

 親猫のシルバーはもう二、三年わが家の裏庭にあらわれていた。外猫としてかわいがっている。野良ネコではない、飼い猫未満というか、だが、妻にはスリスリするほどのかわいらしさだ。

 でも、子猫を連れてきたのは、はじめてだった。

「シルバー、おまえは、子持ちだったのか。そうだよな。ときどき、おなかが大きかったよな。こんどの赤ちゃんが最高傑作というわけか」

 一匹は真白。それに、ショートヘアーとみがまうほどかわいい毛並みの子猫。二匹はようやく乳離れしたところ。かわいいさかりだ。裏庭をよろこんで、とびはねている。

 蝶やバッタを追いかけて遊んでいる。

 あれほど大切にしている草花が踏み荒らされても、妻は文句ひとついわない。それどころか、わが家の老猫ブラッキ―の餌ではなく、子猫用の餌をVIVAのペット食品売り場で買ってきた。いそいそと餌皿にやまもりにしてあたえていた。

「すごい食欲なの。わたしが近寄っても、ものおじしないでガッガッ食べてるの。スゴク慣れてきたのよ」

「もっと馴れて、オスカメスかわかるようになって、メスだったら不妊手術をしてやろう」

 野良ネコの哀れな末路を何匹も、見たり聞いたりしている。

「まだ、つかまえられない。でも、すぐよ。ここまで馴れてくれば、すぐよ。でもどうしてこんなに警戒するの」

「イジメラレテいる。ヒトにタタカレタリ、追いたてられたりしてるんだ」

 二匹の子猫がぴたりとこなくなってから一週間がすぎた。

 妻はわたしが不妊手術のことを話したからだ。悪いのはあなただ。といいはる。猫がわたしの言葉を理解出来るはずがない。

 わたしは、子猫にヒトを恐がらなくてもいい、と教えて、餌をあたえたのが悪かったと思っている。餌をあたえて、馴れさせたのが悪かったと思っている。

 逃げなければいけないのに、ひとに近づき過ぎた。捕まって、保健所に連れて行かれたのだ。ガス室で殺処分にされてしまったのだ。

 妻はいつまでも、子猫に呼びかけている。

「かわい子猫だったから、誰かに拾われていったのだよ」


 庭には秋海棠の花が風にゆれていた。

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