第十三話 70年ぶりの同窓会

70年ぶりの同窓会

 

 いま生きている友だちだけで同窓会を開こうじゃないか、というハガキが舞い込んだ。いまどき、連絡は携帯かPCのメールだ。

 ポトンと郵便受けにハガキの落ちる音がした。

 少し音が華やかだとおもったら往復はがきだった。

 たまたま庭で女房の遺したバラに水やりをしていた。

 古典的な連絡手段が喚起するなつかしい音を聞いた。

 郷愁と懐古の情にひたりながら手に取ったハガキの文面は、それら二つの感情を満たすのに十分なものだった。

 でも、二度と帰るまいと思って後にした故郷だ。どうしたものだろう。

 生きている友だちだけでというが、そうだろうな。小学校の卒業が敗戦の翌年。

あれから70年。

 迫害されて故郷を出てから、綾小路きみまろ、ではないが「あれから40年」。

村八分はいまでいえば、モラルハラスメントだ。

 葬式と結婚式いがいは地域住民とのつきあいができなくなる。

 その二つの行事だけは、つきあってあげる。二分だけの許された交流。

 その二分のつきあいもなかった。これでは村十分だ。おやじとおふくろの葬式もじぶんたちでだした。暴力をふるわれるわけではないが、それだけに大変たちのわるい差別だ。

 受ける側の精神的な苦痛は計り知れないものがある。

 その迫害が――、大学を出て、結婚し東京で生活していたのに、両親の病気で呼び寄せられた東北の田舎町にもどってから、何年もつづいた。

「都会モンは、挨拶もできないんだ」

「バカダネ」

「さっさと出てけばいいのに」

「なにメソメソヤッテンダベナ」

 ゴミの集積場にポリ袋をさげていくと、まず近所のバーァさんたちの悪口を耳にしなければならない。

「ここにゴミだすな」

 などとカミサンが置いたゴミ袋をけとばす。

 カミサンには嘆かれたが、そのうち止めるだろうからと、とりあわなかった。

 イジメはエスカレートした。カミサンは小柄で、弱々しかった。

 田舎町の意地悪バーァさんのスケープゴートとしては手ごろだったのだ。

 裏庭で悲鳴が起きた。急いで駆けつけると、カミサンが指さす先に猫の死骸が投げ込まれていた。二、三匹死骸を投げ込んだ後。ついに首をきられた三毛猫がなげこまれた。

 カミサンは恐怖で寝込んでしまった。

 小学校四年生になる息子が担任の女教師にいじめられた。

 陰湿ないじめだ。

 教室でなにかなくなると、「あんたがやったのね」といって叱責される。

「ぼくやってない。やってない」と母の胸で息子は泣きじゃくっていた。

 運動会の日には、町内別に席がきまっているのだが、わが家の席はどこにもない。

 隣組の回覧板も回してよこさない。

 酒屋をしている会長が回さなくていいから、と言っているから――。

 イジメはエスカレートするばかりだ。学校帰りにカミサンと息子が犬をけしかけられた。

 ころんで、ふたりとも、擦過傷。満面に激しい恐怖と苦悶を浮かべて、息子は泣きじゃくっていた。我慢も限界だった。

 わたしは木刀をもって町内会長の〈酒屋〉に殴りこむ気で家をでた。

 カミサンが追いすがってきた。

〈わらの犬〉のデイビットのように危うくぶちきれるところだった。


 迷った挙句、出席しない。に○をつけた。

 池に小石を投げ込む人は、その石が池の中の鯉にとっては致命的打撃をあたえるなんてことは考えない。

 わたしの家族は東京に逃げもどったが、そのご不運つづきで、きれいに家族は解体してしまった。いまでは、わたしひとりが生き残っている。

 一週間後、さらに往復はがきが来た。前と同じ文面のものだった。ただし添え書きがしてあった。

 個人的な内容だった。発起人のひとりになっていた、田村信子からだった。旧姓橋本とあった――。

「あの村八分の元はわたしにあったのです。わたし村瀬くんことすきだった。だから、東京から、わかくてきれいな奥さんを連れてもどってきたとき、嫉妬した。『あんなひと、東京へもどればいいのよ』とつい口にしてしまった。それをきいたわたしのとりまきが、あんなことを、イジメをはじめるなんておもわなかった」

わたしは覚悟をきめた。こんどは出席します。に○をつけた。


 震災で街は一変していた。橋本御殿、彼女の家は造り酒屋だった。

 威容を誇った屋敷は津波で跡形もなくなっていた。

 村十分の先頭に立ってわたしたち家族を迫害した自治会長の酒屋さんもどこにもなかった。街は茫漠とした荒れようだった。橋本酒造、この街の旧支配者はどこにもその痕跡を残さず消えていた。小高い丘からみおろす街は、わたしの記憶に在る街はどこにもなかった。

 唯一つ残った丘の上の小学校。

 その教室に入ってた。まだ、誰もきていなかった。

 わたしが学び、息子が学んだ教室は静まり返っていた。

 もうこの教室には生徒がいなくなっていたのだ。

 街は全滅した。教室の引き戸がひかえめにひらかれた。

 腰の曲がった老婆がひたひたと足音を立てて近寄って来る。

 その後から、むかしの面影などない。どう見ても同級生とはおもえない老人たちが。よろよろと老婆につづいて教室にはいってきた。さいごの老人が、がたがたやって、引き戸をしめようとしている。力がないためなのか、地震のゆれで建てつけがくるってしまったためなのか。閉められない。

 苦労している。わたしは老人にかわって、やった。なんなく引き戸は動いた。

老人が誰なのか、おもいだせない。老人はわたしを見上げ「ヒロボウ」だよ。

「福田宏くんか」あのイジメッコだった。

 わたしは万感の思いで、ポケットの中の劇薬を握りつぶした。

「チョット、手を洗ってくる」


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