第六章 ダガシ屋さがなくなった。
6 ダガシ屋さんがなくなった。
Oh、嫉妬。
若さにシット。
ジジイはおのが能無しぶりを年にかこつけてごまかそうとしている。
年はとりたくないものだ。
ジジイは女に無視される。
道端の石ころを見る目だ。
悲しいことだ。
ジジイが美人妻を同伴しているからだ。
と……思うことにしている。
思うだけならタダだ。
そう思わなかったら。
惨めすぎる。
年よりだとは、断じて認めたくない。
ジジイだから誰も関心をもってくれないとは。
認めたくない。
ジジイだから黙殺されるとは。思いたくないのだ。ケツしてジジイのためには世の中、心を開いてくれない。介護だ、福祉だといっても、タダではない。老人がたくわえた幾許かの金を……。……死ぬまでにきれいにもぎとろうとしている。だけのことだ。
だいいち、ジシイは年金にはいっていない。こうして〈翁〉となったいまも稼がなければならないのだ。そうなのだ。これでいいのだ。
どうあがいても、どうともならない。
どうともならないことで、あがくのはよしましょう。
このままだとほんとうに老人の干物になってしまう。
これでいいのだ。
そのほうがいいのかもれない。
あこがれの〈叟〉になれるのだから。
三途の川の渡し賃くらいのこしておかなければ。
ねえ、パパ、がんばっていい小説書いてね。
小説ってなんなの。
お話しの〈筋〉じゃないの。
ああ、おもしろい話し聞かせてよ。
キカセテチョウダイ。
枯れ葉が落ちる。
銀杏の葉が落ちる。
そんな話しを美女の前で話して聞かせるのが……。
ああ、十銭もらって駄菓子屋に「ちょうだい」ってかけこんだころがなつかしい。
「あなた、話しをほかにそらさないで」
ロマンチックな話を期待していた美智子さんが半畳をいれる。
おかあさん、オコズカイ頂戴。
「ちょうだい」っていうのは女の子みたいだい。
「おくれ」というのが男だい。
なんてこといってた。餓鬼大将の屋根屋のハッチャン。まだ生きてるかな。
そういえば、むかしは家の近所には駄菓子屋が何軒もあったな。
まず思いだすのは、北の通りから『あさうらや』のおばちゃん。
おじいさんが、毎日まいにち、丸い台のうえに古タイヤと麻の草履をのせて、背中をまるめ、丸いたたき口がひかった木槌でとんとん麻裏をつくっていたな。
おじいさんは蛇を手掴みにできる特技の持ち主だった。
隣近所のお上品な奥様や女の子たちが蛇がでて「きゃ、こわい」というと勇躍かけつけ三杯でなかった、
手をいっぱいにひろげて蛇の頭と尻尾をおさえこみ三尺九寸はあるべぇと独語してどこかえ捨てにいってくれる。ともかく、墓地が直ぐ裏手にあったので蛇はよくでた。女たちの悲鳴がひびき、麻裏屋のおじいさんの出番は、勇姿はよく見掛けた。
なつかしいな。
つぎが、中道にあった、『おゆき』ばあさんの店。
ばあさんは「わたしは若いころは雪のように白い餅肌だったんだよ」と若いものが酒の肴に酢イカをかいにいくと、びろんとたれさがったオッパイをみせて、若者を肴にしてからかった。いつでもお酒がはいっていていた。酔っていた。
電信柱にしがみつくわけにいかないもんね。まだまだ男が欲しいよ。とうめいていた。
話題の電柱があったのがこのあたりだ。
麻裏屋があったのはあのへんだ。
いまは公園となり下生えの雑草がびっしりとおいしげっている。
夏草や老いぼれジジイの夢の跡。
でも、蛇は生き残っているだろうな。まあ〈翁〉も幼少のみぎりだったので男が欲しいなどという意味合いは、そのへんのことを理解した記憶はない。その意味するところもわからなかった。
まあ、しかたなかっぺ、おゆきばあさんは、吉原の女郎衆だったんだからな。と国定忠治の四代目という鳶職のおっちゃんがいつも話しをしめくくる。そのへんの淫猥な内容もさっぱりわからなかった。
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