ステップ5 夢の厳しさを知る

5-1

 フワァァァァ……


 拳が入りそうなくらい大きな口をあけて、体中の空気が抜けるほどのアクビをする。ボクは眠い目をこすりながら、ポリポリと頭をかく。


 連日連夜、悪夢祓いにつき合わされて、寝てはいるのに、まるで寝た気がしない。

 夢ヶ咲さんが毎日のように、授業中寝ているのはこのせいなのかもしれない。だとしたら、小学生に退夢師をさせるのは、どうなんだろうと思う。

 小学生の本分は勉強じゃないの? そりゃぁ、夢ヶ咲さんのオツムが大変残念なのも、さもありなんってヤツですよ。


 ボクがこの学校に転校してきて一か月半。

 悪夢祓い倶楽部のこともだいぶわかってきた。


 全校生徒のほか、先生たちからも一目置かれている悪夢祓い倶楽部。

 学校公認のクラブ活動として、もちろん顧問の先生もちゃんといる。なんと、担任の尼寺先生だ。別に意見をするわけでもないし、活動に顔を出すわけでもないけど。ただクラブ名簿に名前があるってだけのユウレイ顧問。


 驚くことに、悪夢祓い倶楽部が部室にしている、放課後の六年三組のドアをノックする人は、毎日あとをたたない。相談にくる人の夢の九割が、悪夢には入らない、ただの悪い夢だけど。それでも悪夢祓いは、休みなしでこなしても一か月待ちだ。


 倶楽部員は総勢五人。

 悲しいかな、ボクもふくまれている。入部届を出したおぼえもなければ、『よろしくお願いします』と言った記憶もない。それでも倶楽部をヤメられないのには理由がある。それはただ一つ、『夢恋の君』に会いたいから。

 『調べてみる』、『見つけてあげる』、なんて口車に乗せられて、気づいた時には片足どころか頭の天辺までズッポリとつかっていた。ボクが『夢恋の君』の話題を出すと、誰もが生返事を返すだけで、実際に探してくれる気配はまったくない。

 みんな、ウソつきだ。


 学校では、カーテンのような前髪の向こうのビン底メガネで目を隠し、猫背で少女マンガのイラストを描きながら、いつもニヘラと笑っている青沼さん。悪夢祓い倶楽部のみんなとは普通に会話するのに、ほかのクラスメイトの前では、こっちから話しかけても、うなずくだけで一言もしゃべらない。けど、ハッキリ言って、青沼さんは可愛い。ただし、悪夢祓いの時だけ。夢の中ではメガネもはずし髪もキレイにまとめ、アイドルを超えるオシャレな格好と仕草で、いつもボクをドギマギさせる。音楽が得意で、夢の中に流れる曲は、夢ヶ咲さんのリクエストで、青沼さんが作曲した曲らしい。どこか心の片隅で、『夢恋の君』が青沼さんなんじゃないかと、思っていたり、いなかったり。


 小学生にしては体が大きくて、見た目ちょっと怖い浅黄くんは、ロボットアニメ好きのメカオタク。その風体には似合わず、少女漫画も読んでいる。さらに意外なことに、算数の成績は誰よりもいい。一説によると、算数だけなら大学生にも匹敵するという。夢の中ではプログラマを担当している。バグが発生したプログラムを直すのが、浅黄くんの役目だ。適材適所と言うか、何と言うか。夢ヶ咲さんにもらった……もとい押しつけられたスマホも、市販のスマートフォンを、浅黄くんがタイマーズ専用に改造したものらしい。バクとの交信や、夢の管理用に。凄いね。小学生がそんなことできるなんて。


 川緑くんは学校では優等生。しっかり授業も聞いているし、率先して手をあげてハキハキと発言したりもする。どの科目も成績優秀だけど、特に理科がずば抜けている。星とか、電気とか、川緑くんの理科の知識には舌を巻く。本人はその中でも動物が一番好きみたいだけど。悪夢祓いの時の格好も、着ぐるみばっかり。ホッキョクグマから始まって、ゴリラ、ライオン、カバにゾウ。もう、緑色なんてまったく関係ない。あえて、今さら何も言わないけど。ボクのツッコみを、『打てば響くのがいい』って喜ぶ浅黄くんと違って、川緑くんは本気でヘソを曲げるから扱いにくい。夢の中ではデバッガを担当している。浅黄くんが直したプログラムが、ちゃんと動くかどうかをチェックするのが、川緑くんの仕事だ。


 そして、悪夢祓い倶楽部唯一の退夢師、夢ヶ咲さん……は、もう十分でしょ? お嬢様で、見た目も大人っぽくてキレイなだけに、内面を知れば知るほどガッカリする。とにかく普段から、無駄にテンションが高い。甘いものが大キライで、給食の煮豆や煮カボチャですら食べない。みんなが喜ぶデザートなんてもってのほか。説明下手で勉強もちょっと……だけど、運動神経は群を抜く。目もいいし、鼻もきく上、地獄耳。まさに野生児。本当に日本で生まれ育ったのかも疑わしい。無類のアクションヒーロー好きで、『タイマーズ』の名づけ親は、もちろん夢ヶ咲さん。そんな夢ヶ咲さんだけど、ここぞという時には、すばらしいリーダーシップを発揮する。夢ヶ咲さんが『大丈夫』と言えば、本当に大丈夫な気がしてくるから不思議だ。悪夢祓い倶楽部の中だけでなく、クラスでも……いや、学校中の人気を一人占めしている。風のウワサによると、生徒会ですら裏で操っているらしい。


 意外とみんな、楽しそうに悪夢祓いしているけど、逆にやられちゃった時は色々と面倒なことになる。

 夢を見ている人は、危なくなったら目が覚めるからいいけど、ボクらはそういうわけにはいかない。人の夢の中に入るのは実体だからだ。あっ、いや、実体とはまたちょっと違うらしいけど、川緑くんの説明が難しすぎてよくわからなかった。

 実体であって実体でない。プログラムのデータみたいなものらしい。

 普通の夢と違って痛みや疲労も感じるし、そういった感覚は記憶として残るから、バグにやられると、最悪その時の恐怖で二度と戦えなくなる。実際これまでに、悪夢祓いのせいで、ボクは一度学校を休んだ。その時は、筋肉痛で歩けなかっただけだけど。

 ただ、バグ自体には殺意がないのがせめてもの救いだ。

 夢ヶ咲さんはいつだって、『ワタクシが守るから大丈夫よ!』って言う。

 何でそんなにまでして、夢ヶ咲さんは退夢師を続けるんだろう?


 フワァァァァ……


 止まらないアクビ。ボクは机に突っ伏した。ああ、ダメだ。この格好だと本当に寝てしまう。ボクは肩に力をこめて首をひねる。クキッ、クキッと小さく鳴る肩。


「どうした、黒崎。授業は退屈か?」


 尼寺先生が黒板に計算式を書きながら、首だけをグリッとこっちへ向ける。ボクはビクッと肩をはずませて、勢いよく立ちあがった。


「あっ、いえっ……退屈ってわけじゃ……キライではありますけど」


 ドッと沸くクラスメイト。笑い声の渦に飲まれながら、ボクはバツが悪く、苦笑いして頭をかいた。

 『目立たず、飛び出さず、ひっそりと』なんて言っていた頃が、とてつもなく昔のことのように思える。悪夢祓い倶楽部のみんなと話しているうちに、自分の言いたいことをガマンして、ひっそりと生活しているのがバカらしくなってきた。


 浅黄くんは手をたたいて大笑いしている。

 川緑くんはボクをチラッと見て、一言一言ハッキリと口を動かす。声には出ていないけど、何て言っているのかはわかる。『バ』、『カ』、だ。何だと? バカだと?

 青沼さんはボクに目を向けることなく、机におおいかぶさるように、必死に何かを書いている。たぶん、いや絶対、少女マンガに出てくるような、カッコイイ男の子を描いているに違いない。あの口元に浮かぶ笑みは、間違いない。

 そして、夢ヶ咲さんは……


 やっぱり、寝ているし!


 机に伏せて、リズミカルに肩を上下に揺らす夢ヶ咲さん。授業中に寝るなんて、トンデモナイことをしているはずなのに、その姿は威風堂々としている。ある意味、羨ましい。

 ただ、尼寺先生にはその『厳か』さが伝わらない。まぁ、授業中に寝ているのだから、たとえ『厳か』であろうとなかろうと、先生が起こすのは当たり前なんだけど。

 日々、夢ヶ咲さんの目覚めに尽力する尼寺先生。それを返り討ちにする夢ヶ咲さん。毎日がその繰り返し。


 そして今日もまた、恒例となった夢ヶ咲紅子vs尼寺先生の四十分一本勝負が始まろうとしていた。

 ぼくの頭の中で、威勢のいいゴングが鳴り響く。


 カーン!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る