6-2

「な……に? これ?」


 スライドショーのように、はたまたダイジェストのように、上も下も右も左も、当然前もうしろも、次々と変わる景色。ボクは言葉をなくして、ただ茫然と立ち尽くした。

 夢ヶ咲さんは気持ち斜めうしろを向いて、手を前へ振った。


「先を急ぐわよ!」

「どういうことさ? 誰かがもう、プログラムにアクセスしているってこと?」


 もう数えきれないほど、みんなと一緒に悪夢祓いをしてきたボク。

 いい加減、夢の中では常識が通用しないってことはわかったつもりだった。一言で言えば『慣れた』と思っていた。

 考え事をしながらでも辿りつけるようになった、小学校への通学路のように。

 甘かった。ボクはまだペーペーだ。未だ夢の世界はわからないことだらけだ。


「先客がいるんだよ。招かざる先客が」


 真っ直ぐ前を向いたまま、川緑くんが口だけを動かす。格好が格好なだけに、その真剣な表情もかすんで見えてしまうのがネックだ。


「招かざる先客って、やっぱり退夢師?」


 国家資格があるくらいだ。ほかに退夢師がいてもおかしくはない。けど今まで一度も、夢ヶ咲さん以外の退夢師と、夢の中で出くわしたことはない。

 浅黄くんが肩をすくめる。


「まさか。この街の誰もが退夢師を知っているのは、夢ヶ咲家があるからだ。実際には退夢師なんて、日本に五十人もいない。」

「五十人!?」


 驚いた。

 弁護士だって、毎年二千人くらい、国家試験に合格しているって聞いたことがある。もちろん弁護士は、日本中にその何倍もいることになる。それって、弁護士よりもずっとずっと難しいってこと? そもそも、日本に退夢師が五十人もいないなんて、国家資格として成立しているの?


 ボクは夢ヶ咲さんの背中を見つめた。

 悪夢祓い国家資格認定退夢師、夢ヶ咲紅子。退夢師のサラブレッド。


 突然立ち止まった夢ヶ咲さんが、右手を横に広げボクたちを制する。その前方に浮かびあがる、大きな二つのモニタ。片方は、もう何度も見た、英数字と奇怪な絵文字の羅列。そしてもう一方は、教室の中で孤立する、現実のサラちゃんの映像が映し出されていた。

 そのモニター前のイスに、誰かが座っている。


「これはこれは、タイマーズのみなさま。ご機嫌はいかがですか?」


 イスから立ちあがって、ボクたちに深々と頭をさげる男の人。

 シュッとした黒いスリーピースのスーツと、幅広のネクタイ。キレイに整えられた髪と口ヒゲ、首からぶらさがった銀色のチェーンの先は、掘りの深い目にかけられた片眼鏡につながっていた。

 見るからに上流階級を地でいっているようなシブいオジサン。

 オジサンは腰を折ったまま顔だけをクッとあげ、ボクたちに向かってニコッと笑った。


「お生憎さま、すこぶる最悪だよ!」


 浅黄くんが声を荒らげる。夢ヶ咲さんは手を横に広げたまま、英国紳士風のオジサンをゴーグルの下からキッと睨みつけた。


「おやおや、それはとても残念です」


 オジサンは直立して眉をひそめ、フルフルと小さく首を振った。川緑くんが、フーッと深いため息をついく。


「何、他人事気取っているのさ? オマエのせいに決まっているだろ?」


 オジサンは川緑くんの言葉をサラッと聞き流して、口ヒゲを指先でつまんで整える。

 ボクは青沼さんに耳打ちした。


「ボクたちよりも先にここにきていたってことは、あのオジサンも退夢師じゃないの? みんなの知り合い?」

「ちっ……違いますよ! あれは……」


 オジサンが目を丸くしてボクを凝視する。そして口の端をニィッとあげた。


「お初にお目にかかります」

「うわっ!」


 ボクは慌てて、転がるようにその場から離れる。

 耳元でオジサンの声が聞こえた。モニタ前のイスの横に、確かに今も立っているオジサン。それなのに、飛びのいて振り返ったその先にも、瓜二つのオジサンが立っている。


「タイマーズの新人の方ですか? 羨ましい限りです。こちらは退夢師のせいで、もう何世紀も人手不足だと言うのに」


 一世紀って百年だよね? って、何百年も人手不足ってこと? 退夢師のせいで?

 ってことは、このオジサンは退夢師じゃない。ボクたちより先に深層ドリームにいたのに? じゃぁ、このオジサンは何者?


「笑えないジョウダンね! 人ではないものがだなんて。警告よ! 早急にこの夢から立ち去りなさい! そして、二度と夢の世界に足を踏み入れないで!」


 珍しく、夢ヶ咲さんが語気を強める。常日頃からテンションが高い夢ヶ咲さんだけど、怒ったところを見るのは初めてかもしれない。


「夢の世界がワタシの家みたいなものですよ? そこから立ち去れだなんて、無茶なことを言うお嬢さんだ。」


 オジサンの声がステレオで聞こえる。


「そう……交渉決裂ね」


 最初からオジサンの答えがわかっていたかのように、眉一つ動かさない夢ヶ咲さん。

 ボクはもう一度青沼さんに近づき、小さな声で話しかけた。


「ねぇ、青沼さん? 夢ヶ咲さんがって言ってたけど、あのオジサンって?」

「あれは、睡魔……スイマーズです。スイマーズはプログラムを書き換えて、バグを、悪夢を意図的に作り出します。そして、その悪夢から生まれるマイナスエネルギーを取り込んで、自分の生命力に変えるんです」


 ボクは目を剥いて、ゴクッと生唾を飲み込んだ。

 

「もっと怖いのが、行動プログラムまで破壊して、人の未来を変えてしまうんです」

「は? ちょっと待って。何、それ? 行動プログラム? 未来を変えるってどういうこと? 今までの悪夢祓いで、そんなこと一度も聞いたことないんだけど」


 ボクの袖をキュッと握りしめて、スイマーズを睨みつける青沼さん。


「人は眠った時に、未来の行動を夢に読み出します。未来を一度、夢で見るんです。そのプログラが破壊されれば、人の未来は変わります」


 ボクはぼう然と立ちつくす。

 そう言えば、『未来の行動を読み出す』って、前に青沼さんが言っていた。

 人の未来が、読み出された夢? ボクたちはプロクラムどおりに行動している……いや、させられているってこと?

 自分の考えたことも、感情も、全部プログラム? 『夢恋の君』に会いたいって気持ちも、真弓が学校に行けないのも、全部プログラム?


「それ……本当?」

「デジャヴってありますよね? 『この言葉、前にも言った』って思ったり、初めて行った場所なのに、『見たことがある景色』と感じたり。あれは、行動プログラムが夢に読み出された証拠です。深層ドリームでの夢なので、普通は思い出さないんですけど」


 平然と話す青沼さんが、信じられなかった。浅黄くんも川緑くんも、当然夢ヶ咲さんも知っていたんだ。ボクたちがプログラム通りに暮らしているって。


 ボクは自分の肩に手をまわして、ギュッと力をこめた。

 悪夢祓いに伴うキケンなんかより、こっちの方がよっぽど怖かった。

 この肩に伝わる震えも、この心の底から沸きあがる不安も、全部プログラムされたもの?

 ボクたち人間は、プログラムの操り人形だったのか。


「でも、タイマーズに……キャッ」

「ずいぶんと興味深い話をしていますね? ワタシもまぜてもらえませんか? ミルクたっぷりのアールグレイでも飲みながら」


 話途中で目の前に突然あらわれた三人目のスイマーズに驚き、フラッと尻もちをつく青沼さん。ボクは青沼さんの手を引いて、脱兎の勢いでその場から逃げ出した。

 イスの横から動いていないスイマーズが、コキッコキッと首を鳴らして勢いよく腕を振る。すると、ボクたちのそばにいたスイマーズがパッと消えて、モニタ下に集結する。

 三人の同じ顔。三人のスイマーズ。


「のん気にティータイムにつき合う義理なんてないわ!」


 夢ヶ咲さんは振りあげた指先をスイマーズに向ける。


「悪夢、根こそぎ祓います!」


 先陣を切って駆け出す夢ヶ咲さん。そして、両手に握りしめた巨大なハンマーを目いっぱい振りあげ、モニタ下のスイマーズ三人に全力で振りおろした。


「イエローとグリーンはプログラムを修復! ブルーとダークは残りのスイマーズをお願い!」


 夢ヶ咲さんに続く青沼さん。浅黄くんと川緑くんは左右にわかれて大きく弧を描いた。


「それではご希望にお答えして、ワタシは青い娘を」

「では、新人くんはワタシが」


 夢ヶ咲さんのハンマーを軽々とかわし、同じ顔の二人のスイマーズは、もの凄い速さでボクと青沼さんに向かってくる。その隙をついて、浅黄くんと川緑くんが、モニタ前のイスに座った。

 何もできずに、ただぼう然と立ち尽くすボクに向かって、みるみる近づいてくるスイマーズ。


 ボクはシッポを巻いて逃げ出した。

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