ステップ6 夢の怖さを知る
6-1
暗いトンネルのような場所を、横一列に並んで歩くボクたち五人。
戦闘服に身をつつんだボクたちを、奮い立たせるかのように、派手な曲が流れる。
夢の中に入ってしまえば、バクの姿でいる必要はない。ボクのバクは、腰にかけたスマホケースの中に戻っている。
戦闘服はその時々で変わる。
夢ヶ咲さんなんかは毎回同じ格好だけど。
ボクは基本、異世界ファンタジー系ファッション。今回、ボクの服装のコンセプトは、異世界ファンタジーの主人公風だ。
常日頃から不思議に思っているんだけど、異世界ファンタジーの主人公は、何でこんなに軽装なんだろう。戦いに向かう格好には到底思えない。なんて、思っていながら、こんな格好で悪夢祓いに出向くボクは、異世界ファンタジー小説好きの、ただのミーハーだ。
トンネルの出口から、真っ白な光が差し込んで、ボクたちの姿が暗いトンネルの中にボンヤリと浮かびあがった。
ゆっくり、ゆっくりと近づく白い光。トンネルの出口のその光に足を一歩踏み入れた時、ボクの視界は一瞬、真っ白に染まった。
「ここ……は?」
ボクは絶句した。何度も何度も目をこする。マヌケな顔でポカンと口をあけ、二度三度と目の前の景色を眺め見る。
小学校の教室。
それも、ショートカットの女の子のクラス、五年一組の教室だった。
白いチョークが所々消し切れていない黒板。黒板の上に貼られた、『元気にあいさつ』と書かれた紙。今月の標語。奥の先生の机の上に、昭和の香りがするテープレコーダー。教室のうしろの黒板には、今月の行事。ふれあいキャンプの日程。
全部、夢の中に入る前に見た景色。夢の中に入ったはずなのに、何で戻ってきてしまったのか? と、何度自分の目を疑ったことか。けど、決定的に違うところが一つだけあった。それは……
ショートカットの女の子が、周りの子たちと机を寄せ合って、とても楽しそうに笑っている。
そりゃぁ、寝ながら笑いもするさ。もし、本当にイジメられているのだとしたら、みんなと和気あいあいで平和な授業なんか楽しいに決まっている。
「オイッ! 目を覚ませ!」
浅黄くんが女の子の肩に手を置く。その手を払いのける隣の女子。
「何よ! サラちゃんにさわらないで!」
目を丸くして、引っ込めた手を撫でまわす浅黄くん。ニコニコ笑う女の子の近くの席の子が、一人また一人と立ちあがり、ボクたちをキッと睨みつけた。
「サラちゃんをイジメる人はゆるさない!」
口元にあやしい笑みを浮かべる、サラちゃんと呼ばれた女の子を守る様に、何人ものクラスメイトが取り囲む。
「サラちゃんはアタシたちが守る!」「そうだ! 帰れ!」
「か~え~れ、か~え~れ!」
「か~え~れっ! か~え~れっ! か~え~れっ! か~え~れっ!」
ビリビリと教室の空気を揺らす大合唱。
男子も女子も、サラちゃんの前に壁を作って、ボクたちをもの凄い顔で睨みつける。とても手出しできるような状況ではない。
これが、悪夢?
確かに、ボクたちにはこの上なく厄介な夢だけど、サラちゃんにとってはどうなんだろう? みんな彼女を守ろうと必死だ。
間違ってもこの夢は、サラちゃんを傷つけるような夢じゃない。本当にこれは、祓ってもいい夢なのかな?
「ダマされないで、ダーク! サラちゃん以外はみんなバグよ!」
夢ヶ咲さんが一歩前に出る。
五年一組のみんなが……バグ? こんな悪夢ってあり?
『お菓子を一口食べただけで体がパンパンに膨らんで、食べ物を口にすることできなくなった』とか、『友だちから仲間はずれにされて、学校へ行くのが怖い』とか、『口をひらくとしゃがれ声しか出なくて、人と話すのが怖くなった』なんて、そんな悪夢ばかりだったのに、今まで祓ってきた悪夢とは、まったく毛色が違う。
サラちゃんの夢が、日常に悪影響を及ぼすとは到底思えない。
「ワタクシが、サラちゃんからクラスメイトを引き離すから、みんなはキーを探して!」
「そんな……引き離すって、どうやって?」
「こうするのよ!」
夢ヶ咲さんは教室の前の引き戸をビシッと指さした。
ギョエ~ッ!
甲高い奇妙な鳴き声とともに、教室に入ってくる黒褐色の怪獣。それも、どことなく憎めない、あからさまに着ぐるみとわかる、雑な作りの怪獣だった。
ギョギョ、ギョエ~ッ!
怪獣は太いシッポを大きく振りながら、固まる五年一組のみんなに向かって、ノッシノッシと大股で歩く。
ざわつく教室。ただ、怪獣の格好が格好なだけに、怖がっている子は一人もいない。怪獣は五年一組のみんなの前で、ハリボテのような手を大きく振りあげた。
ギョエ~ッ! ギョエ~ッ!
「そこまでよ!」
教卓の上に仁王立ちして怪獣を指さす夢ヶ咲さん。突然流れるカッコイイ曲。
赤いジャケットと、ヒラヒラと揺れるミニスカート。革製の白いグローブに、同じく白いロングブーツ。風になびく一本三つ編みの長い髪と白い薄手のマフラー。キラリと光るミラー加工されたゴーグル。
ここは教室の中だ。間違ってもどこぞの崖の上なんかじゃない。もちろん風も吹いていない。それなのに、夢ヶ咲さんのまわりだけは風が渦を巻いている。
夢ヶ咲さんは教卓の上から大きくジャンプする。そして、天井スレスレで見事な宙返りをしたかと思うと、教室の真ん中の机に着地した。そして、やや腰をかがめてポーズを決める。
「タイマーズレッド!」
五年一組のみんなから歓声があがる。
続いて、金色にかがやく鎧のような強化スーツを着た浅黄くんが、夢ヶ咲さんの右隣へ駆け寄る。
「タイマーズイエロー!」
ユルフワの髪をアップにきめ、ブラックジーンズに青いライダースジャケットを合わせた、ちょっとヤンチャ系少女マンガファッションの青沼さんが、モデルウォークでレッドの左隣につく。同時に、カバの口から顔を出した川緑くんが、ドスドスと大きな体を揺らしながら、ブルーの斜めうしろで両手をあげる。
「タイマーズブルー!」
「タイマーズグリーン!」
さてと、みんなが夢ヶ咲さんたちに注目している隙に、ボクはキーを……
悪夢祓い倶楽部の四人だけでなく、五年一組のみんなも期待に胸を膨らませ、視線を一点ボクに向ける。一気に静まり返る教室。
わかったよ。わかりました。みんな、そんな目でボクを見ないでよ。視線が刺さって痛いから。はい、はい、ゴメンナサイよ。
ボクは少し腰をかがめ拝むような格好で、手を前後に振りながら、イエローの斜めうしろで腕を組んだ。
「タ、タイマーズ……ダーク…………です」
顔から火が出た。喉がカラカラだ。込みあげる羞恥心。
夢ヶ咲さんのように振り切ってしまった方が、返って恥ずかしくないのかもしれない。
夢ヶ咲さんは満足げに声を高々とあげた。
「悪夢祓い倶楽部、タイマーズ!」
ババーン!!
「悪夢、根こそぎ祓います!」
シュッと立ち、はすに構えて片手を振りあげる。
黒板の上の四角いスピーカーから、軽快な曲が流れ出す。五年一組のみんなの、嵐のような拍手と喝采。それを合図に悪夢祓い倶楽部の四人は、その場から大きくジャンプした。そして、着ぐるみ怪獣を取り囲む。五年一組のみんなは、我先にとボクらと怪獣に駆け寄った。
「みんな! 今のうちよ!」
コミカルな怪獣と対峙したまま、ボクらに向かって叫ぶ夢ヶ咲さん。
すぐさま教室の隅まで駆け出す、青沼さん、浅黄くん、川緑くんの三人。
ボクもキーを探さなきゃ。
「ああっ……ううっ……」
周りに誰もいなくなり、一人ポツンとイスに座ったサラちゃんが、机の上で頭を抱えてうめき声をもらす。頭に指を立て髪の毛をクシャクシャにして、大きく見ひらいた宙をさまよう目から、暗いドロッとしたオーラがあふれていた。
「うわぁぁぁぁぁ~っ!」
ガタン!!
イスを引っくり返して、サラちゃんが立ちあがる。
机に両手をついて下を向き、肩を大きく揺らしている。その口からはハァハァと荒い息がもれていた。それなのに、五年一組のみんなは、誰一人として振り返ることなく、夢ヶ咲さんの怪獣ショーに釘づけだった。
「イヤだ……」
五年一組のみんなの大きな歓声の中、サラちゃんの口が微かに動く。
「イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ!」
髪を振り乱し目を吊りあげ、周りの机やイスを手あたりしだい倒してまわる。さっきまでとはまるで様子が違う。今がまさに悪夢そのものだ。
鬼気迫るサラちゃん形相に、ボクはゴクッとツバを飲み込んだ。その時、倒れた机の横に、転がったUSBメモリを見つける。
「キー、あったよ!」
拾いあげたUSBメモリを、頭の上で小さく振る。レッドは高く飛びあがって、着ぐるみ怪獣に怒涛の蹴りをおみまいした。
ギョエ~ッ!
断末魔の叫び……にしては甲高い滑稽な叫びだけど、叫びをあげて倒れる怪獣。ワッと歓声をあげて、倒れた怪獣を取り囲む五年一組のみんな。
浅黄くんが真っ先にボクの元へ駆けつける。それを追うように、次々とボクの周りに集まる悪夢祓い倶楽部の三人。
「ちぇっ、またダークかよ」
「サラちゃんが……サラちゃんの様子が……ムグッ」
オロオロと慌てふためくボクの口に、白い革グローブをはめた手を押しつける夢ヶ咲さん。そして、小さく首を振り、ボクの手からUSBメモリを受け取った。
たくさんの倒れた机やイスの真ん中で、下を向いたまま、フゥフゥと肩で息をするサラちゃん。そんな彼女を優しく抱きしめて、夢ヶ咲さんは天使のように笑った。
「大丈夫よ。もう逃げなくていいから」
そして、夢ヶ咲さんはUSBメモリを教室の床に差し込んだ。
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