ステップ9 夢の厳しさを知る
9-1
「やっと決心がつきましたか? 待ちくたびれましたよ」
スイマーズが小さなため息をつき肩をすくめた。
楽しそうな笑い声をあげる真弓を背に、ボクは平静を装ってスイマーズに近寄る。
「本当にオマエの仲間になったら、そのキーをもらえるの?」
アルプがキーを奪うまでの辛抱だ。時間を稼がなきゃ。
スイマーズは小さくうなずき、軽やかにジャングルジムから飛びおりた。着地の瞬間、フワッと僅かに浮かびあがり、砂煙の一つも立てず静かに着地する。
今だっ!
バシッ!
大きく腕をうしろに振るうスイマーズ。そして、転がった黒いボールのように、ジャングルジムの前でくずれ落ちるアルプ。ボクは間の抜けた顔で、ポカンと大口をあける。
「新人くんがワタシの顔色をうかがっていたように、ワタシも新人くんの一挙手一投足に目を光らせていましたからね」
勝ち誇ったように笑う。ボクはジリジリと後ずさりした。
「バクがそこにいるということは、今のキミは丸腰ですよ?」
アルプが戻らないと、ボクの力は半減だ。けど、たとえアルプが戻ったとして、ボク一人でどうやってスイマーズと戦えば……
バサッ!
一瞬、空気が動いたような気がした。スイマーズは泡を食って尻もちをつく。
えっ? 何? 何が起きたの?
キキキキキキ!
甲高い鳥の鳴き声に天を仰ぐと、高い高い青空で、悠々と旋回する鳥のシルエットが見えた。その鳥は、ふいに降下すると、公園真ん中の、石山のような遊具の上に鎮座するゾウの肩にとまった。
「世界最速の生物、ハヤブサの狩りをよけられるわけがない」
ゾウは涼しい顔で、鳥のくわえた光る何かを受け取った。
悔しそうに唇をかむスイマーズ。その手にキーはない。
「さぁさぁ、真打の登場だ!」
近未来的な装甲をまとった全身タイツが、妙ちきりんなマジックハンドを振りあげる。それを合図に、ショートパンツの裾が見えるか見えないかの、ロングパーカーを着た女の子が、パチンと指を鳴らした。
「大丈夫ですか、ダーク?」
アクションヒーローの登場シーンのような、カッコイイ曲が公園に響き渡る。
そして、三人の真ん中でビシッとポーズを決める、長い一本三つ編みの赤い女の子。
「悪夢、根こそぎ祓います! 悪夢祓い倶楽部、タイマーズ!」
ドーン!
四人のうしろにあがる白煙。激しく鳴り響くミュージック。みんなの頭上に、映画のタイトルのような3D文字が飛び出す。
「みんな!」
スイマーズがみんなに注目している隙をついて、ジャングルジムの前に転がったアルプをスマホに戻す。そして、ボクはみんなに駆け寄った。
「ダーク、あなたは重大な法度違反をおかしたわ。覚悟はできているわね?」
夢ヶ咲さんは腕を組んで、ボクを見おろす。
怒っている。当然だ。ボクは一人で夢の中に入ったんだから。けど、真弓が心配だったんだ。ボクの気持ちもわかってほしい。
「レッド、何もこんな時に言わなくても……」
「ダメよっ! 協会の法度は絶対よ! 悪夢祓いをお友だちごっこと一緒にしないで!」
夢ヶ咲さんのキツい言葉に、浅黄くんは言葉の終わりをゴニョゴニョとにごす。
パン、パン、パン……
ゆっくりと大きな拍手をしながら、スイマーズが面白くなさそうに苦笑いする。
「スバラシイ。アナタは退夢師のカガミだ。しかし、人としてはどうでしょう? 新人くんの、大切な妹さんへの想いは頭から無視ですか?」
パチンッ!
片手を高々とあげて大きく指を鳴らすスイマーズ。
「あっ、お兄ちゃんのお友だちだ」「お兄ちゃん、いっしょに遊ぼうよ~!」
「お兄ちゃんにお友だちなんていらないもん」「お兄ちゃんはアタシの」
「お兄ちゃん……」「お兄ちゃん……」「お兄ちゃん……」
何人……いや、何十人もの真弓が公園中にひしめき合う。右を見ても、左を見ても真弓、真弓、真弓。真弓が滑り台に列を作り、真弓が全部のブランコを占拠する。真弓と真弓でシーソー。真弓だけの鬼ごっこ。
「さて、どう出ますか? 退夢師、夢ヶ咲紅子? そして、新人くん?」
スイマーズは大きく飛びあがって、ジャングルジムの上にスタッと着地した。夢ヶ咲さんは石山の上で横一文字に手を振った。
「どうもこうも、全部バグじゃない。蹴散らすまでよ!」
巨大ハンマーを肩に背負い、自信に満ちあふれた夢ヶ咲さんの言葉とは裏腹に、三人の表情が曇る。
「や……でも、ダークの妹さんですし……」
青沼さんがボクの顔をチラッと見る。何人もの真弓に両腕を左右に引っ張られながら、ボクは力なくみんなを見あげた。
振り払おうと思えば振り払える。戦おうと思えば戦える。けど、バグとは言え、真弓に攻撃するなんて、ボクには考えられない。
「それが、どうしたの? バグはバグよ!」
夢ヶ咲さんは石山の天辺から大きく飛び立ち、真弓たちに向かってそれを力いっぱい振りおろした。
ガシッ!
レインボーゆずりの巨大ハリセンで、夢ヶ咲さんのハンマーを受け止めるボク。
ん? 何か手ごたえが変だぞ?
ボクに顔を寄せ、ニヤリと笑う夢ヶ咲さん。そして、ボクに耳打ちする。
「ダーク、安心しなさい。これはピコピコハンマー……フェイクミョルニルくん一号よ。ダークは戦うフリをしながら、スイマーズに死角を作って」
巨大ピコピコハンマーを目いっぱい振りあげる夢ヶ咲さん。何人もの真弓がキャーキャーと叫びながら、蜘蛛の子を散らすように逃げまわる。
ガシッ、バシッ、ズバッ!
「そんな……死角を……作れって……言ったって……ようするに……見えなければ……いいんでしょ?」
ボクは夢ヶ咲さんのピコピコハンマーをハリセンでいなしながら、ポケットからスマホを取り出した。
「アルプ! みんなに退夢ライン! サングラスをかけろって」
「ヨッシャー! スイマーズのヤツ、オイラを力一杯殴りやがって。バク扱いした罪は重いからな! チョロ崎、目にものを見せてやれ!」
ボクは夢ヶ咲さんから飛びのいて、巨大ハリセンを思い切り引く。
シュシュシュシュ……
巨大ハリセンに集まる光の筋。その光を一気に開放するボク。
「ライトニングハリセンアターック!」
振り切ったハリセンが、神々しいまでの強烈な光を放つ。まるでテレビゲームの必殺技のように。その強い光の中、夢ヶ咲さんは足元にキーを差し込んで、ジャングルジムの上に立つスイマーズに飛びかかった。
腕で目をおおったスイマーズは、夢ヶ咲さんが素早く持ち替えた本物の巨大ハンマー、ミョルニルくんをストレートに受け、公園を囲む金網までふっ飛ぶ。ガシッと金網をつかみ、ヨロヨロと立ちあがろうとするスイマーズに、巨大ハリセンのトドメの一撃。
「日本なのに英国紳士風って、なんでやねんボンバー!」
バシーーーーーーッ!!
やっとツッコめた。ずっと、気になってたんだよ。
ひしゃげる金網と、立ち込める煙。
あれだけ何人もいた真弓の姿は一人もなく、静けさだけが公園に広がっていた。
ボクはニッコリ笑って、夢ヶ咲さんとハイタッチをする。
やった。スイマーズを倒したぞ。あとは真弓のプログラムを元に戻すだけ。
「ぬるい……ぬるすぎるわ!」
煙の中から突然飛び出す黒い影。身構えるヒマもなく、ボクと夢ヶ咲さんは吹き飛ばされる。頭を振って体を起こすボクと夢ヶ咲さんに、ゆっくりと歩み寄る、鷲鼻でシッポの長いギョロ目の獣。スイマーズ。
「ワタシを怒らすとどうなるか、骨の髄まで教えてさしあげますよ。オマエたち全員、夢の藻屑にして……ん? 残りの三人はどこへ?」
スイマーズは鼻筋に深いシワを寄せて、辺りをキョロキョロと見まわした。
「フフッ……」
夢ヶ咲さんが小さく肩を揺らす。スイマーズは公園の真ん中に、深層ドリームへの扉を見つけギョロッと目をむいた。
「まさか……」
「そのまさかよっ! そろそろモニタを立ちあげている頃じゃないかしら?」
勝ち誇ったように笑う夢ヶ咲さん。スイマーズはガクッとうなだれる。
「イエローとグリーンの手にかかれば、あっと言う間よ! プログラムさえ元通りになればこっちのもの。無尽蔵のマイナスエネルギーはアナタには流れ込まない。あとはアナタをコテンパンに打ちのめすだけよ!」
小刻みに、毛むくじゃらの肩を揺らすスイマーズ。その時、深層ドリームへの扉から、慌てて飛び出してくる三人。
「レッド! 壊されているところが見つからない!」
「デバッグしても、正常動作していたから間違いないよ」
は? それってまさか、壊されているところが見つからないんじゃなくて、壊されていないってことじゃ……
「ワタシたち、正常動作しているプログラムにアクセスしちゃいました」
青沼さんの顔が真っ青になる。夢ヶ咲さんはキッとスイマーズを睨みつけた。
「フッ……ククッ……クハハハハッ!」
スイマーズは悔しさに震えていたんじゃない。笑いをこらえていたんだ。
「ナメすぎですよ、退夢師……夢ヶ咲紅子。所詮アナタがたは、チェスの駒でしかありません」
したり顔で、ニヤリと不気味な笑いを浮かべるスイマーズ。
「アナタは何の権限があって、問題のないプログラムに仲間をアクセスさせたのですか?」
ブンブンと激しく首を振る夢ヶ咲さん。スイマーズはなおも饒舌に言葉を続けた。
「退夢師法度、その肆! 退夢師または退夢師見習いは、いかなる理由があろうとも、正常動作しているプログラムにアクセスしてはならない! 協会の法度は絶対なのではなかったのですか?」
「ちっ、違……あれは、騙され……」
「騙されたから? プログラムが壊されたと思ったから? そんな理由が、協会に通用すると思っているのですか? 図に乗るな! 修正の必要がないプログラムに仲間をアクセスさせたアナタは、紛うことなき侵略者です! ワタシと同じだ!」
「ダーク! スイマーズを黙らせろ!」
ふいにうしろから声があがる。振り返った先にいたのは、転がるようにこっちへ向かって走ってくるレインボーだった。
「遅い!」
黒く骨ばった細い指を大きくひらき、右手を突き出すスイマーズ。左手は、支えるように右腕にそえている。そのひらいた右手を一気に握りしめる。次の瞬間、ダランと力なく肩を落とす夢ヶ咲さん。顔にまるで生気がない。マネキンのようだ。
「クハハハハッ! 堕ちた! 堕ちたぞ! この程度の揺さぶりで心に隙を作るなど、所詮は子供。退夢師、夢ヶ咲紅子はもういない。スイマーズ、夢ヶ咲紅子の誕生です!」
えっ? 何? 何が起こったの? 堕ちたって、何? 何で夢ヶ咲さんがスイマーズ?
「スイマーズは退夢師のなれの果てだ」
レインボーが苦虫をかみつぶしたような顔で弱々しく首を振る。ボクはただぼう然と、夢ヶ咲さんを見つめる。
ハッと我に返り、巨大ハリセンをスイマーズに叩き込む。
バシッ!
ボクとスイマーズの間に割って入った夢ヶ咲さんに、いとも簡単に払いのけられる巨大ハリセン。スイマーズは、まるで抵抗しない夢ヶ咲さんの首筋にするどいツメをつきつけ、ニヤリと気味の悪い笑いを浮かべた。
「スイマセン、新人くん。おかげで目的が果たせました。アナタと言うエビで、夢ヶ咲紅子と言うタイが釣れたってわけですよ」
浅黄くん、青沼さん、川緑くん、レインボーですら二の足を踏む。
胸がギュッと締めつけられる。ボクはハリセンを握りしめたまま、血がにじむくらいギリリッと唇をかんだ。
退夢師、夢ヶ咲さんを仲間に引きずり込みたいがために、スイマーズは真弓を夢の中に閉じ込めた。ずっと入院している真弓が喜びそうな夢を演出して。
目を覚まさない大切な妹を案じて、ボクが一人で夢に入り込むことまで読んでいたスイマーズ。
さもプログラムを破壊したような顔で、深層ドリームへのキーと引き換えに、ボクをスイマーズに誘う芝居をうつ。騙されたボクが、スイマーズからキーを奪おうとしていた時、みんなが夢に現れた。スイマーズにとって絶好のタイミングだったに違いない。
『キーを奪おうとしている=プログラムが破壊された』という図式が、みんなの中にも夢ヶ咲さんの中にもできあがる。くわえて、大量のバグで悪夢が作りあげられているかのように装い、何人もの真弓を出した。
夢ヶ咲さんはボクと戦うフリをして、スイマーズを自分に引きつける。深層ドリームに向かった浅黄くんたちの邪魔をさせないために。それが仇となった。
全部、スイマーズの手の平の上だった。こんなにも悔しいことはない。ボクがみんなを待ってさえいれば、夢ヶ咲さんがこんな目に合うこともなかったんだ。
「おやおや、ワタシが憎くてしかたがないって顔ですね? 君の心も実につかみやすそうだ。まぁ、君を迎えにくるのはまた後日として、今日のところは引かせていただきます」
耳までさけた大きな口をパカッとあけ、にぶく光るキバをむいて笑うスイマーズ。夢ヶ咲さんの首につきつけたツメがわずかに食い込む。
「次に会った時、堕としやすいよう、念のために心のキズを広げておきましょう」
ボクを含め、動けない四人を勝ち誇ったように見まわす。次の瞬間、大きくうしろに飛びのいた。
「スイマーズ夢ヶ咲紅子! ヤツらを蹴散らせ!」
スイマーズは目にも止まらぬ速さでピョンピョンと飛び跳ね、深層ドリームの扉へ向かう。
「しまった!」
レインボーが声をあげた時にはすでに、スイマーズは扉の向こうに姿を消した後だった。かわりに、巨大ハンマーを両手に携えた夢ヶ咲さんが、まるで扉を守るように仁王立ちしていた。
レインボーは短い手をチョンッと振りかざして、高らかに声をあげた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます