2-3

 悪夢だ。

 これが悪夢でなければ、一体何が悪夢なんだって言うくらい、正真正銘の悪夢だ。


 教室の机で両腕を枕にして、その上で頭をゴロゴロと動かす。

 ボクの心とは裏腹に、クラスメイトたちの元気な挨拶の声が聞こえてくる。


「ハァ……」


 口をひらけばため息しか出てこない。こんなにも、朝っぱらから気分がどん底まで落ちたことが今まであっただろうか? いや、ない。

 いくら、ついポロッとキツイことを言ってしまうボクでも、本人たちに『君たちが出てきた夢を祓ってほしい』なんて口がさけても言えない。

 どうせならまた、あの可愛い女の子の夢が見たかったなぁ。顔は覚えていないけど。


「ハァ……」


 悪夢祓い倶楽部の四人に、何とかこの悪夢を祓ってもらえないかな? 夢の内容は上手くごまかして、祓ってさえもらえればいいから。

 …………ん? そう言えば、肝心なことを聞いていなかった。今気づいたんだけど、悪夢祓いってどうやってやるんだろう?

 寝ている人の横で祭壇に火を焚いて、怪しい呪文を唱えるとか? 悪魔祓いみたいに、十字架や聖水を使うとか? 退夢師って言うくらいだから、寝ている人を力技で叩き起こす……とか?


「黒崎くん、おはようございます。次はケーキでも持っておじゃましますね?」


 腕に顔を押しつけたまま固まるボク。暑くないのに、イヤな汗が流れてくる。

 青沼さんは、今何て言った? 次? 何の次? おじゃまします? どこへ?


「オイッ、黒崎。わかってるんだろうな? バラされたくなければ、他言無用だからな?」


 浅黄くんが、固まっているボクに耳打ちして去っていく。

 わかってる? 何を? バラされたくなければ? 何を? 他言無用? だから、何を?


「おはよう、黒崎くん。絵に意見して悪かったね。まさか全国で一位とは。今度、絵の描き方を教えてよ。ハハッ」

「うわぁー!」


 大声をあげて跳ね起きるボク。笑いながらボクの肩をポンッと叩いた川緑くんは、ビクッと大きく飛びあがって、ヘンテコな格好で固まっていた。

 一斉にボクを振り返るクラスメイト。もういい加減、奇々怪々な珍獣を見るような、みんなの視線にも慣れてきた。


 おかしいぞ? 三人とも、言っていることがおかしい。

 まるで、本当に夢の中へ遊びに行ったとでも言っているようだ。

 まさか……本当に………現実?

 自分の部屋にみんなを招き入れたのも現実。見られてはいけないものを見られたのも現実。そして、夢ヶ咲さんの言葉も……


 ガラッ、バンッ!!


「おはよう!」


 朝っぱらから、ビックリするほどの高いテンションで、教室に飛び込んでくる夢ヶ咲さん。ボクの脳裏に夢ヶ咲さんの言葉が鮮明によみがえる。


 『今日からアナタもワタクシたち、悪夢祓い倶楽部の仲間よ!』


 サーッと血の気が引いていく。ボクの視線に気づいた夢ヶ咲さんは、屈託のない笑顔で、教壇の前で飛び跳ね大きく手を振った。


「おはようっ、黒崎くんっ! 今夜はアナタの新入部員歓迎会をかねて、さっそく悪夢祓いに行くわよ!」


 悪夢だ。これが悪夢でなければ、この世に悪夢など存在しないと言うくらい、完全無欠の悪夢だ。


 悪夢祓い国家資格認定退夢師、夢ヶ咲紅子……彼女こそがボクの悪夢。

 誰かこの悪夢を祓ってくれぇ~!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る