ステップ3 夢のムチャクチャさを知る
3-1
SF映画のオープニングのような壮大な楽曲が、どこからともなく鳴り響く。
ボクの家から、お父さんの車で五分の商店街。
奇妙奇天烈な格好をした夢ヶ咲さんが、胸の前で拳を握った。
「今夜の悪夢祓いは、五年一組の佐々木京子ちゃんの夢よ!」
赤いジャケットに、赤いミニスカート。革製の白いグローブに、同じく白いロングブーツ。風になびく一本三つ編みの長い髪。そして、白い薄手のマフラーと、ミラー加工されたゴーグル。
とても、いいとこのお嬢様とは思えないいでたち。どこかのショッピングモールで日曜日の昼に開催される、ヒーローショーのヒロインのようなその格好。
「で、レッド……どんな悪夢なんだ?」
体にピッタリとフィットした、クリーム色の宇宙服のような格好で、ヘルメットのバイザーをあげた浅黄くんが振り返る。
「虫よ!」
「フワッとしすぎでしょ!」
事態が飲み込めないまま、ボクのツッコミだけが今夜も一段と冴え渡る。
目に入れたくない、できることなら一切ツッコみたくない格好の川緑くんが、夢ヶ咲さんの前へスッと出る。
「食べることが大好きな京子ちゃん。けど、夢の中で何かを食べようとすると、虫が出てきて食べ物を奪っていってしまうらしい。五年生になって、体重が増えたことを気にしていて、食べちゃいけないって思いと、食べたいっていう欲求との葛藤が生み出した悪夢だね」
「つまり、そういうことよ!」
夢ヶ咲さんは川緑くんの肩をポンッと叩く。川緑くんは鼻をこすりながら、大きな白い体をゆすり、うしろにさがった。
メガネをはずし、ゆるいウエーブがかかった髪をオシャレにまとめた、膝丈の青いワンピース姿の青沼さんが、細い片腕を目一杯高くあげる。夢ヶ咲さんはビシッと青沼さんを指さした。
「はいっ、ブルー!」
「ワタシも虫が苦手です!」
少し不安そうに、上目づかいで夢ヶ咲さんを見る青沼さん。夢ヶ咲さんは大きくうなずいて、川緑くんを振り返った。
「殺虫剤が効果的かな。まぁ、スイマーズより100倍マシだって」
トンデモナイ格好で、さわやかに笑う川緑くん。
どうしよう、この集まり。いくら場所が場所とは言え、ここまでツッコミどころしか見当たらないのも珍しい。
ツッコむべきか、ツッコまぬべきか? 大体、悪夢はともかくスイマーズって何?
「まずは、京子ちゃんを探すわよ! ダークはワタクシたちのあとをついてきて!」
みんなから少し離れたところ、車止めの赤い鉄柱に座って、始終傍観を決め込むボクを振り返る四人。ボクもつられてうしろを向く。
真昼間にも関わらず、車一台通らない三車線の広い道。その向こうの中央分離帯に規則正しくならんだ植え込みが見える。
人もいない。動物もいない。
「ダークッ! 聞いてるの?」
声を張る夢ヶ咲さん。
ダークなんてどこにいるのさ? ボクは口に手をそえて、気が抜けた声をあげた。
「ダークさ~ん! 夢ヶ咲さんが、呼んでますよぉ~! 早く行かないと、怒られちゃいますよぉ~!」
「アナタのことよ、黒崎くん!」
「ボクかよ!?」
落ち着こう。ちょっと、落ち着いて考えてみよう。
明日の学校にそなえて早くに寝たんだ。それなのに、またもや夢の中に現れて、ボクを強制連行した四人。連れてこられたのが、佐々木京子ちゃんって女の子の夢。まるでロールプレイングゲームのオープニングのように、強制的に進んでいく話を他人事のように眺めるだけのボク。これからボクたちはここで、悪夢祓いをするらしい。
よしっ、ここまでは問題ない。有無を言わさず連れてこられたって言うのは納得できないけど、想定の範囲内だ。
次にコスチューム。
仮にも悪夢祓いって言うくらいだから、神社の神主さんみたいな恰好でやるのかと思っていたんだけど。
なのに、ボクのパジャマ姿はともかく、みんなの格好はいったい何? ご乱心?
これは、想定の上にいきすぎていて、ちょっと頭が追いつかない。
ボクは鉄柱から立ちあがって真っ直ぐ手をあげる。
「はいっ、ダーク!」
ボクをビシッと指さす夢ヶ咲さん。
ああ、やっぱりダークは、間違いなくボクなんだ。
「二、三、質問があります。まず、みんなの格好だけど、それ……何?」
ボクの質問の意味がまるでわからないように、不思議そうに顔を見合わせる四人。
「戦闘服ね! 何か問題でも?」
「せせせ……戦闘服!?」
落ち着け。落ち着こう。落ち着くんだ。
息を吸って、はいて。スー、ハー、スー、ハー……
「前にも説明したけど、悪夢って言うのは主にバグで成り立っているんだ。悪夢祓いはバグとの戦いから始まる。だから戦闘服。自分がもっとも戦いやすい格好だね」
肩をすくめて呆れたように笑う川緑くん。ボクはポンッと手を叩く。
「なるほど……だから、この夢に入った瞬間、みんなのコスチュームが変わったんだ。臨戦態勢に入ったってわけだね? なんて……納得できるかぁ~!!」
夢ヶ咲さんの格好は、アクションヒーローのそれだ。百歩ゆずって、まぁよしとしよう。浅黄くんは、たぶんロボットアニメの操縦士……なのかな? わかりづらいけど、ありと言えば、ありだ。
じゃぁ、青沼さんの格好は何? 戦闘服って、少女漫画の主人公のような格好で? 『クラスの男子と恋のバトル開始! ワタシの青い
そして川緑くんに至っては……
「クマですよね?」
「ホッキョクグマだよ」
「それって、着ぐるみですよね?」
「これがボクの戦闘服だからね」
「口から顔が出ているけど……食べられているんじゃないよね?」
「だから、戦闘服なんだってば」
何でこの格好で、涼しい顔して話ができるんだろう? 今ここに、優等生川緑くんの姿は微塵もない。むしろ、アホウだ。
川緑くんは、どんなリアクションがお望みなんだ? 正解は? 考えろ、ボク。頭をフル回転させて。
「何で、クマ?」
川緑くんは目をパチクリさせて、小さく首をかしげた。
「何でって、ホッキョクグマは世界最大の肉食動物で、防御力こそゾウやサイ、カバに劣るけど、寒さや空腹にも強く、泳ぐのも得意で、どんな状況にも臨機応変に……」
「わかりました! もう結構です」
話の腰を折られて、チッと舌打ちする川緑くん。
危なかった。ホッキョクグマの生態を永遠に語られるとこだった。
触れるとキケン。きっと、これが正解だ。
「夢ヶ咲さん…」
「レッドって呼んでちょうだい!」
ボクはグッと言葉を飲み込んだ。
みんなも『レッド』って呼んでいるし、ボクも言わなきゃいけないんだろうか? このノリがひたすら恥ずかしいんだけど。『郷に入っては郷に従え』とも言うし。
「レッドは分かる、夢ヶ咲さんは紅子だから。青沼さんがブルーなのも。読み方が違うけど、川緑くんは緑って漢字が入っているからグリーンなんだよね? じゃあ、浅黄くんは? 何でイエロー?」
夢ヶ咲さんはハァーッと大きなため息をつく。
「言っている意味がわからないけど……グリーンと同じよ! イエローの苗字には『黄』という文字が入っているじゃない!」
「青だよ! あ! お! 浅黄は青色なの! 黄色じゃないから!」
夢ヶ咲さんはショックで目をむく。
その場にくずれ落ち、四つん這いの格好で弱々しく首を振る浅黄くん。
「オレ……青だったのか? 青……青……青……」
茫然自失で、壊れた再生機のように、同じ言葉を繰り返す。
この四人、本当に大丈夫? 心配になってきた。
みんながそれぞれ、色にちなんだ格好しているのに、川緑くんだけ白なのも気になるし……
ん? ホッキョクグマの着ぐるみの、お尻の辺りが緑色だぞ? あれって、動物園のホッキョクグマによく見かける……コケ? まさか、あのコケで緑を主張しているとか?
おっと、聞くのはヤメておこう。触れるとキケンなんだった。
「最後に一つだけ、夢ヶ……レッドに質問です」
夢ヶ咲さんは両手を腰に、グイッと胸を張る。
もう、自信回復したの? 頑丈な心臓の持ち主なんですね?
「ボクの苗字をお願いします」
「黒崎ね!」
ちゃんと、わかっていただけているようで何よりです。
「ボクの呼び方は?」
「ダークよ!」
「黒はブラックだ! ダークだと『暗い』とか『闇』になっちゃうでしょ? それだと、ボクが悪夢の親玉みたいじゃん!」
ハァ……ハァ……ハァ……言ってやったぞ。今、言いたいことは全部言えたと思う。
夢ヶ咲さんはキョトンとして首をかしげる。
「あらっ? だって黒崎くん、根が暗いじゃない」
「そう……ボクは人とつき合うのが苦手だから……って、意味わかっててダークって呼んでたのかよ!? 心外だ。ボクは暗いんじゃなくて、大人しくしているだけなの!」
ボクは握りしめた拳をプルプルと震わせた。それを見た夢ヶ咲さんは、両手で口をおさえ、クスクスと笑う。
「まだボクのことをバカにする……」
「ダークって根は面白いのねっ」
目を細め無邪気に笑う夢ヶ咲さんの言葉に、ボクは顔を赤くしてグッと言葉を飲み込んだ。
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