3-2

「におうわね」


 アーケード街に入ってすぐ、夢ヶ咲さんはハタと立ち止まり、口元を手でおおった。そして、鼻筋にシワを寄せて顔をしかめる。

 ボクは鼻をヒクヒクと動かして、辺りをキョロキョロと見まわした。

 特別、変なにおいなんかしない。むしろ、どこからともなく、甘くて美味しそうなにおいがただよってくる。もしかして、こんないいにおいの中、夢ヶ咲さんは悪夢のにおいをかぎ分けているとか?


「これくらいなら、まだ我慢できるんじゃないかい?」


 夢ヶ咲さんの背中をポンッと叩く川緑くん。ボクは目を丸くした。

 まさか、みんなも悪夢のにおいがわかるの? 悪夢祓い倶楽部、凄いな。

 夢ヶ咲さんは気持ち青い顔で、コクリと小さくうなずき再び歩き出した。


 壁のように建ち並んだ店を横目に、つかず離れず四人のうしろを歩くボク。

 小さな衣料品の店や、露店、金物屋もあるし、ドラッグストアもある。日常生活で必要なものは、このアーケード街でほとんど手に入る。車でもっといけば、大型ショッピングモールがあるんだけど、ボク的にはアーケード街の方がワクワクする。何か冒険心がくすぐられると言うか、探求心が沸きあがると言うか。


 アーケード街のど真ん中を、我がもの顔で歩くのは、気分がいいと言うより、返って怖い。何でかって、人っ子一人いないから。

 つい今しがたまで誰かがいたかのように、フードショップにならんだ商品から、アツアツの湯気が立ちのぼっている。

 鮮やかな色で客寄せするネオン看板。喫茶店の大きな窓から中をのぞけば、テーブルにコーヒーと食べかけのトーストが置かれている。まるで、どこかのホラー映画のワンシーンのようだ。


「ねぇ、夢ヶ……レッド? アーケード街なのに何で誰もいないのさ?」

「たまたまよ!」


 振り返りもしない夢ヶ咲さん。

 ずっと思っていたけど、この子はあまりにも言葉が足りなすぎる。どこまで説明が苦手なんだろう? 

 ただ一人、振り返ってくれた青沼さんが、ススッとボクの隣に並んだ。


「あのね……」


 学校とは打って変わって凄く可愛らしい格好。正直、最初は誰だかわからなかった。恥ずかしながら、見とれもした。

 跳ねるように歩き、時々ボクの顔をのぞき込む。学校でもこのままなら、きっとモテモテに違いない。


「夢に出てくる人ってイメージなんです。例えば……エイッ」


 うしろにまわって、ボクの両眼を小さな手でおおう。


「今、ワタシの顔、思い浮かべられますか?」

「青沼さんの顔? そんなの簡単……」


 脳裏に浮かぶ青沼さんの姿。ゆるいウエーブがかかった髪。膝丈の青いワンピース。

 けど、どんなに頑張って思い出そうとしても、顔だけは朧気だ。


「あーっ、本当だ! 青沼さんだけじゃない。夢ヶ咲さんや浅黄くん、川緑くんの顔もボンヤリとしか浮かばないぞ? そんなこと、考えたこともなかった」


 大体のイメージはつかめるけど、ハッキリ思い出せない。絵にかいて、何度も何度も描き直せば、少しは近づくのかもしれない。けど、完璧に描きあげるのは絶対に無理だ。


「人の顔ってイメージだけで、記憶できないんです。だからに登場人物は、夢を見ている人の知り合いだったり、見たことある人限定です。あとは、余計な人が出てこなかったり、たとえ出てきてものっぺらぼうだったり」


 青沼さんはパッと手をはなして、ボクの前にまわり込んだ。青いワンピースがフワッと広がる。振り返った青沼さんは目を細めてニコッと笑った。


「ワタシたちはスマホの機能で、夢を見ている人のイメージを共有できるので、登場人物の顔が認識できますけどね」


 あのスマホに、そんな機能があるの? ただのスマホじゃないとは思っていたけど。

 イメージ……イメージ……かぁ。ん? ちょっと、待てよ?

 のっぺらぼう……顔がない……顔が思い出せない……


「じゃぁ、ボクの夢に出てきた女の子って、ボクの知っている人じゃなくて、元からのっぺらぼうだったってこと!?」


 ショックが大きすぎて、胸のドキドキが止まらない。

 『夢恋の君』……本当に可愛い女の子だった……はずなのに。


「うーん……必ずしも、そうとは言い切れないんですけど……ここから先はプログラムの話になってくるので……」

「プログラム?」


 また、わけのわからないことを言い出したぞ?

 プログラムって、ゲームとか機械を動かす命令のことだよね? あっ、計画表もプログラムって言うっけ。『遠足のプログラム』とか『コンサートプログラム』とか。


 夢の命令……夢の計画表……プログラム……

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