3-3

「いたわっ! 佐々木京子ちゃんよ!」


 夢ヶ咲さんが指をさした先、京子ちゃんと思われる女の子が、お母さんらしき人と並んで、今にもソフトクリームを食べようとしていた。

 その時だった。京子ちゃんとお母さんは、ソフトクリームを高々とあげ、下を向いて足をバタバタさせる。まるで、何かを追い払うように。

 口元をおさえて走る夢ヶ咲さん、浅黄くんと川緑くんがすぐさまあとを追う。

 ポカンと口をあけている、ボクの手を引く青沼さん。


 そこには無数のゴマのような小さな粒が、二人の足の動きに合わせて右へ左へとうごめいていた。時には京子ちゃんの足をのぼり、振り落とされるゴマ粒。

 よく見るとそれは、アリの大群だった。

 アリに追われて右往左往する京子ちゃんの目の前で、夢ヶ咲さんがビシッとポーズを決める。流れるように、夢ヶ咲さんを取り囲む三人。それぞれが順番にポーズを取る。


 ジーッ……


 ポーズを決めたまま、目でボクを誘う四人。


 うすうす、想像はついていたんだよ。そうなんじゃないかなぁって。

 ボクも昔は好きだったよ。

 戦隊ヒーロー。

 幼稚園の頃なんて、毎日のようにオリジナルの戦隊ヒーローの絵を描いていたし。自分の描いた絵が、初めて新聞に小さく載って、凄く嬉しかったのを覚えている。


 ふ~……わかった、わかったよ。みんなが望んでいるのは、こういうことでしょ?

 ボクはみんなのうしろにまわり込んで、大きく両手を広げた。


「悪夢祓い倶楽部、タイマーズ!」


 ズガーン!!


 あがる白煙。そして、カッコイイ曲が流れ出す。

 夢ヶ咲さんが一歩前に出て、京子ちゃんとお母さんの足元のアリを指さした。


「悪夢、根こそぎ祓います!」


 タイマーズ……タイマーズ……どこかで聞いた? 見た? ん~……あっ、スマホのウラに書いてあったぞ? 『Timers』って、このことだったのか。


「イエローは二人をお願い! ワタクシたちはバグを倒してキーを探すわよ!」


 夢ヶ咲さんは素早くその場から飛び退き、二人の足元に、どこからともなく取り出した殺虫剤をまき散らす。二人にたかっていたアリは、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 その隙に、京子ちゃんとお母さんを、その場から引き離す浅黄くん。

 待っていましたとばかりに、残されたアリを挟み込む、川緑くんと青沼さん。二人の両手にも殺虫剤が握りしめられている。

 煙幕のように殺虫剤をまき散らしながら、アリとの距離をせばめていく二人。アリの大群は、まるで一匹の黒い生き物のようにウネウネとうごめく。


「一気に叩くわよ!」


 そこに、もの凄い勢いで駆け寄る夢ヶ咲さん。その両手に握りしめられたものを見て、ボクの目が点になる。本当に点になる。

 夢ヶ咲さんの、腕ほどの太さもありそうな柄。その頭の大きさたるや、ドラム缶に勝るとも劣らない巨大なハンマー。

 どれだけ目をこすっても、ハリボテには見えない。あやしく鈍色に輝くそのハンマーを目いっぱい振りあげ、身長の何倍もの高さまでジャンプする。


 悪夢祓い国家資格認定退夢師、夢ヶ咲紅子……まさに東洋の神秘。


 そんなわけあるかぁ!!


 あり得ない。どんな訓練を積んだら、いやいや、訓練でどうにかなる話じゃない。大の大人だって、スポーツ選手だってこんなことできっこない。それを小学六年生がやってのける? 無理でしょ? 無理だね。デタラメにもほどがある。

 川緑くんと青沼さんは、まったく驚いた素振りも見せず、サッと素早くその場から飛び退いた。

 そこへ、渾身の力を込め、巨大ハンマーを振りおろす夢ヶ咲さん。


「くらえ! 神々の鉄槌、ミョルニルくん!」


 ドッゴーン!!


 耳をつんざく轟音が辺りの建物をビリビリと揺らし、巨大ハンマーは半分ほどコンクリートタイルにめり込んだ。

 真っ白い砂煙……土煙? コンクリート煙が辺り一面霧のように立ち込める。ボクは尻もちをついて目を細めた。

 煙が目にしみて痛い。

 ゴホッ、ゴホッ……喉もイガつく。

 いくら大群とはいえ、たかがアリ。容赦もへったくれもない。ちょっとアリに同情する。


「やっつけた……の?」

「まだよ!」


 散り散りにとけて消えてゆく煙の向こう、夢ヶ咲さんと川緑くん、青沼さんは、めり込む巨大ハンマーを静かに取り囲む。割れて砕け、盛りあがったコンクリートタイルの一点をジーッと見据えていた。そこに浅黄くんが戻ってくる。


「キーは見つかったか?」

「これまた、まだよ!」


 一点コンクリートタイルを見つめたまま、ピクリとも動かない夢ヶ咲さん。浅黄くんは肩をすくめる。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……


 低く重いうなりをあげる、足元のコンクリートタイル。

 地響きはだんだんと大きくなり、ついには小さな揺れを従える。ボクは四つん這いで道の端っこまでさがり、鎖で連なった車止めのコンクリートブロックにしがみついた。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……


 さらに大きくなる地響きと揺れ。周りの店が、景色が大きく揺れる。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……


 ひと際大きくなったその瞬間、地響きも揺れも、まるでウソのようにピタッと止まった。

 さっきまでとは打って変わって、静けさが広がっていた。荒い息と、バクンバクンと踊る心臓の音が、まるで耳元で鳴っているように大きく聞こえた。


「くるわよ!」


 ズボッ!


 まるで穴に落ちるように、コンクリートタイルに吸い込まれる巨大ハンマー。

 穴の周りのコンクリートタイルが一気に盛りあがる。そこから、ボクの体ほどもありそうな、黒いパイプのようなものが飛び出てきたかと思うと、見あげるほどの巨大アリが姿を現した。


 うわぁー! 何アレ? 何アレ? 何アレ? 何アリ?


 ボクは両手でキツく口を押さえつけ、叫びたいのを必死でこらえる。

 巨大アリはまるで獲物を選ぶように、ブンブンと大きな首を振りまわす。そのたびに巻きあがる小さなつむじ風。

 顕微鏡で見ているわけじゃないのに、ハチの巣のような複眼までハッキリと見える。

 六角形の金属プレートをはり合わせたような、その複眼をあやしく輝かせて、巨大アリは夢ヶ咲さんの前で、ピタッとその顔を止めた。


「面白くなってきたじゃない!」


 巨大アリの上に飛び乗って、細い腕を振りあげる。その声にひかれるように、次から次へと現れる巨大アリ。巨大アリは地上に出てきた瞬間に、自分の獲物をロックオンして、わき目もふらずに動き出す。


「さぁ、かかってらっしゃい!」


 夢ヶ咲さんの声を皮切りに、三人が三人、それぞれ別の方向へ走り出す。そして、次に穴から出てきたアリが、未だコンクリートブロックを抱きしめて震えているボクに向かって、真っ直ぐ突進してきた。


「うわぁ~~~~!」


 今まで腰が抜けたように震えていたクセに、ボクは全速力で逃げ出した。

 カッコ悪い? 情けない? 知るか、そんなこと!

 ボクの歓迎会と称して、眠った後にこんなとこまで連れてこられ、何の説明もないままイキナリ、バケモノのようなアリと何をしろって言うんだ!

 こんな状況で、何の疑問も持たずに戦える人間なんて、つまらない小説の中にもいやしない。いたとしたら、その小説は十中八九駄作だ。


 だいたい、ボクに夢ヶ咲さんのような戦い方ができるわけがない!

 巨大アリを倒すどころか、負けちゃったりしたらボクはどうなるのさ?

 どうして、こんなことになっちゃったんだろう?


「たすっ、たすっ……助けてぇ~!」


 アーケード街にボクの裏返った声が響く。

 アリの一歩一歩がとてつもなく大きい。どんなに走っても、思ったほど逃げれていない。むしろ、距離をつめられている。


「夢ヶ咲さ~ん! 浅黄く~ん! 青沼さ~ん! 川緑く~ん! 誰でもいいから~、た~す~け~て~!」


 走るボクの体の動きに合わせて、声が大きく揺れる。うしろのアリに注意を払いながら、四人の姿を死に物狂いで探し、元の場所へ戻る。

 夢ヶ咲さんを除く三人の姿はもう、影も形もない。夢ヶ咲さんは、山のようなアリの頂上で、未だ巨大ハンマーを振るっていた。


「ハァ~、ドッカン! ドッカン!」


 奇妙奇天烈なかけ声をあげながら、同じ大きさのハンマーを今度は両手に一本ずつ持ち、群がる何匹もの巨大アリの上を渡り歩く。

 年ごろの女の子なんだから、もう少しおしとやかにした方が……けど、今はお願いですから、ボクの方も気にかけてください。


「夢……夢……夢ヶ咲さ~ん!」


 息も絶え絶え走り続ける。そんなボクの姿が、やっと夢ヶ咲さんの視界に入った。


「ダーク! これは夢よ!」

「知ってるよ!」

「考えて戦いなさい!」

「丸投げかよ!」


 耳を疑った。

 これが悪夢祓い国家資格認定退夢師、夢ヶ咲紅子のやり方か?

 考えたところで、戦える気なんてこれぽっちもしない。そもそも生まれてこの方、戦闘の経験なんてない。

 キチキチキチとイヤな音を立てて、足元のコンクリートタイルを割りながら、ボクに迫る巨大アリ。ボクは転がる様に逃げまわる。


「ドッカン! ドッカン! ドッカン! ドッカン!」


 アーケード街の屋根をつきやぶる勢いで群れる巨大アリを、次から次へとなぎ倒していく夢ヶ咲さん。ガバッとうしろからおおいかぶさってくる真っ黒なアリを、涼し気な顔でなぎ払いながら、逃げまどうボクを見おろす。


「あっ、ダーク! キーを見つけたら連絡ちょうだい!」


 ボクが助けを求めているのに、それをないがしろにしておいて、自分のお願いを聞いてもらおうなんてムシがよすぎませんか?

 そもそも、キーって何ですか? 食べられますか? 美味しいんですか?

 わかっているよ。カギのことでしょ? ジョウダンだよ、ジョウダン!


 ボロボロにくずれた噴水を大きく迂回して、狭い路地に入る。この道幅なら巨大アリは追ってはこられない。なんて甘い期待は、一瞬にして崩れ去った。

 建物をつきくずしながら、道幅を広げて追いかけてくる巨大アリ。


「わぁ~! もう……ハァハァ……ダメ……ハァハァ……だ……」


 息が切れる。胸が破裂しそうだ。

 ボクはうしろを振り返るのをヤメて、ただ真っ直ぐ、路地裏の先を見つめた。

 追いかけてきているとは言え、建物を壊しながらだから、今までよりずっとスピードは遅い。路地裏から、この先の広い道を折れて、素早く別の路地裏に身をひそめれば……


 ヌゥッ……


 路地裏の先、さし込む光を大きな影がさえぎった。ボクは目を疑った。夢であってほしかった。あっ……これは夢だった。

 路地裏からの出口で、大きな複眼を輝かせながらボクを待つ、新手の巨大アリ。いくも地獄、ひくも地獄。その前に、車は急に止まれない。人間だって急には止まれない。

 ボクは走るスピードを緩めることができずに、目の前の巨大アリに突っ込んだ。


 ズザザザザ……


 紙一重でボクはアリの足の隙間に滑り込む。そして、くびれた胸の下から大通りに向かって転がった。


 ガンッッッッ!!


 ボクを追ってきた巨大アリと、路地の出口で待ちかまえていた巨大アリが、もの凄い勢いで衝突する。両手で頭をかかえ、大通りの歩道にふせるボクの上に、建物の細かい破片が雹のように降り注いだ。


「イテッ、イテテテテッ!」


 何とか破片をやりすごし、四つん這いの格好で恐るおそる顔をあげる。

 今の今まで走っていた路地は、両脇の建物が半分以上くずれ落ちて瓦礫にうもれている。その瓦礫の山の隣で、ひっくり返ったダンプカーのような二匹のアリが、ピクピクと太いパイプのような足をゆらしていた。


「ハァ……助かったぁ……ん? 何、これ?」


 辺りに転がる砕けた建物の破片の中に、小さく光る何かが見えた。それは、コンピュータ機器のUSB端子に差し込むメモリだった。


「壊れたお店から飛んできたのかな? けどまぁ、こんなもので戦えるわけでもあるまいし」


 ボクはひっくりかえった巨大アリに向かって、USBメモリを力いっぱい投げつけようとした。その時……


 キチキチキチ……ゴゴゴゴゴ……


 仰向けに転がったまま、ゆっくりと体をくの字に曲げる巨大アリ。ボクはとっさにUSBメモリをポケットにねじ込んだ。

 投げたUSBメモリが見事命中したとして、怒った巨大アリに追いかけられるのが、目に見えていたから。


 キチキチキチ……


「ヤバい!」


 ノンビリしている場合じゃなかった。アリはすぐに巨大なその体を起こし、ボクに向かって長い触角をブンブンと振っていた。

 三十六計逃げるに如かず。そもそも、逃げる以外の選択肢はボクにはない。ボクはきびすを返し、大通りの三車線の道路に飛び出した。

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