2-2

 うーん……ハッ!? ボク、眠ってた?


 ウグッ……ウウッ……声が……出ない……体も……全然……動か……ない……


 落ち着け、ボク。これは夢だ。頭が起きていて体が眠っている、レム睡眠時によくある現象。俗に言う『金縛り』ってヤツだ。

 そうとわかれば……ゆっくりだ。ゆっくり手をあげて……


 ガラッ、バン!!


「待たせたわね!」


 ズッテン!!


 ボクはベッドから転げ落ちる。あっ、金縛りがとけている。

 そんなことは、どうだっていい。何で……


「何で夢ヶ咲さんが、窓から入ってくるのさ? それに、ボクの部屋は二階だぞ?」


 何でもクソもあったもんじゃない。さっきまで金縛りにあっていたんだ。

 これは夢だ。何て夢だ。


「あら? ワタクシ、『またあとでね』と言ったわよね?」


 窓から勉強机を足場に部屋へ入り、フフンと鼻をならしながら、我がもの顔で腕を組む夢ヶ咲さん。

 

 確かに言っていましたね。覚えています。けど、それは起きている時の話だ。

 ほら、見たことか。やっぱり、ロクな夢にならなかった。


「ボクだって、『夢を見てみないと』、とも言ったけど」


 スッとあいた押し入れから、川緑くんが出てくる。もう、驚く気も起きない。

 押し入れから出てくるのは、ゴキブリか泥棒だけで十分です!


「遊びにきましたよ」

「間に合ってます!」


 こたつ布団の中から出てきた青沼さんは、ボクの冷たいあしらいに、凄く悲しそうな顔をして、再び布団の中に帰ろうとする。

 あっ、ゴメン。そんなつもりじゃなかったんだけど……


「何だよ、せっかくこっちから出向いてやったのに、つき合いの悪いヤツだな」


 勉強机の引き出しから飛び出てきた浅黄くんが、ムスッと不機嫌そうな顔をする。

 ん? ちょっと待てよ? 遊びにきた? 出向いてやった?

 ボクは四人を片手で制し、背を向け、頭を抱えてその場に座り込む。


 これは夢じゃない?


 いや、どう考えたって、逆立ちしたって夢でしょ? ボクの夢に悪夢祓い倶楽部の四人が出てきただけ。ボクの夢に遊びにきたかのような、夢を見ているだけ。

 何か、自分で言っていてもよくわからなくなってきたぞ?

 とにかく、夢だ! 夢!


 ってことはだよ? ボクはただ、思いっきり夢を楽しめばいいんだ。

 夢であれば、恐れるものは何もない。夢だとわかっている夢は最強だ。夢の中ならライオンの肉球だってプニプニできる。


「OK、OK! ようこそ、ボクの部屋へ。狭いところだけど、ゆっくりしていってよ」


 ボクはベッドに腰をおろす。

 ボクの座ったベッドの反対側に、ノートパソコンが置かれた勉強机。その向こう側に窓。勉強机の隣に、隙間なく本がつまった本棚。部屋の真ん中には、家具調こたつ。季節が季節だから電気コードまではないけど、こたつ布団はまだ健在だ。右手にはドア。左手は押し入れ。そして、ボクの頭の上、天井よりの壁には額に入った三枚の絵と、賞状。

 いつもと変わらないボクの部屋。夢なのに何の脚色もなし。


 登場時の高すぎるテンションとは真逆で、もの静かにその三枚の絵を見あげる夢ヶ咲さん。そんな彼女をよそに、ほかの三人は楽しそうに家探ししていた。

 浅黄くんは目を丸くして鼻を鳴らす。


「へぇ……夢なのに、ここまで細かく表現できるのか。やるなぁ」

「ワタシ、男の子の部屋に入るの初めてです」


 青沼さんは興味津々に、本棚の前で腰をかがめる。

 ボクは一瞬、ピクッと眉をあげる。

 本棚に並んでいるのは七割が小説で二割が専門書。残りの一割がマンガ。そのマンガの中には少女マンガもある。『恋からはじまるエトセトラ』はボクの愛読書だ。

 現実だったら200%見られたくない。だけど、これは夢だ。


「あっ、『恋からはじまるエトセトラ』発見! ワタシも持ってますよ。龍之介くんも好きですよね?」

「バッ……よけいなことを言うな!」


 どんな夢なんだ? 外見も中身も怖い浅黄くんが少女マンガを読むだなんて。しかも、『恋からはじまるエトセトラ』って、かなりベタなノリの少女マンガなのに。


「何だよ、黒崎? オマエ、読むだけじゃ飽き足らず、自分でも小説なんか書いちゃったりしているのか? このことを学校でバラされたくなかったら、やよいが言ったことは忘れろよ?」

「黒崎く~ん、この写真の女の子、妹さんですか? 可愛いですね~」

「紅子ちゃん、何見ているのさ? 絵? 『打ちあげ花火』に『スーパーセル』、それと『流星群』? 上手いと言えば上手いけど、『流星群』はなぁ……本当の流星群はこんな風に見えないし。おっ、賞状もあるじゃん。えっ? 全日本絵画コンクール金賞?」


 …………何で、みんなが遊びにくる夢で、よりによってボクの部屋なんだろう?

 夢だけど……夢なのに……穴があったら入りたい。


「スマホッ!」


 ずっと絵を眺め、大人しかった夢ヶ咲さんが、軽やかにベッドに飛び乗る。ポンッと小さく跳ねるボクの体。今まで散々、はしゃいでいた三人が、一斉に夢ヶ咲さんを振り返る。

 夢ヶ咲さんはクッションに埋もれたスマートフォン……スマホを拾いあげ、上目づかいで三人を順番に見まわす。三人は四つん這いで、おあずけをくらった犬のようにゴクッと息を飲んだ。


「それでは結果を発表します!」


 ダララララララララララララ……


 どこからともなく鳴り響くドラムロール。

 誰だ? ボクの夢に勝手にドラムを持ち込んだヤツは? って、ボクの夢だから、ボクが鳴らしているのか。


 ダン!!


「おめでとう、黒崎くん!」


 夢ヶ咲さんは満面の笑みで、ベッドに座るボクにスマホを向けた。ボクは激しく目をしばたたかせて首をひねる。何がめでたいのか全く分からない。

 あっ、スマホの画面に表示されていたタマゴが割れている。


 何、これ? ブタ?


 部屋中に鳴り響くファンファーレ。舞う紙吹雪。スタンディングオベーションで、はげしく両手を打ち鳴らす三人。

 そして、何百人にもなろうかの拍手と喝采が、六畳の狭い部屋でうずを巻いた。ボクは歓声の出どころを探して、部屋の中をキョロキョロとくまなく見まわす。


 夢ヶ咲さんは、挙動不審なボクの隣で膝を折る。そして、ボクの肩にポンと手を置いた。


「今日からアナタもワタクシたち、悪夢祓い倶楽部の仲間よ!」

「はぁ……………………はぁぁぁぁっ!?」

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