4-2

 暗いと思えば暗く、明るいと思えば明るい、霧の中のようなボンヤリとした場所に、階段だけがハッキリと見える。


「どこへ続いているの、この階段?」


 試しに両手を広げてみるも、ボクの指先は何にも触れることはなかった。

 ボクはブルッと身ぶるいして背中を小さく丸め、前をおりる青沼さんの背中がハッキリと見える距離まで近づく。


「今までいた場所が、表層ドリームです。みんなが覚えている夢のほとんどは表層ドリームですよ。そして、これから行くのが深層ドリーム。夢の管理をする場所です」


 夢の管理って、何? 夢に浅いも深いもあるの?

 そう言えば退夢師は、夢を管理するために陰陽道から分かれたって言っていたっけ。バグを倒すことだけが悪夢祓いじゃないんだ。


「ふふっ……百聞は一見に如かずです。退夢師の本当の仕事がすぐにわかりますから。ほら、すぐそこです」


 気持ち振り返って微笑む青沼さん。

 階段の終わり。ボクたちがたどり着いた先は、ただただ広いだけの場所だった。

 いや、広いのかどうかもよくわからない。右を見ても左を見ても、上も下も真っ白で、自分が浮いているような気さえする、不思議な空間だった。


「ここが……深層ドリーム?」

「そういうことよ! ここが夢の管理室よ!」


 夢ヶ咲さんが横一文字に手を振るう。そして、手にしたスマホを指先で操作した。


「ダーク、準備はいいかしら? それでは……括目せよ!」


 ブンッ……


 突然、大きなモニタが宙に現れ、その前に横長のイスが浮かびあがる。イスに飛び乗る浅黄くんと川緑くん。そして、二人は自分のスマホを目の前に置いた。

 何もないはずの空間に、まるでそこにテーブルがあるかのように、浮かぶ二台のスマホ。ボクはビックリして目を丸くする。


「なっ……何これ?」


 他人の夢の中で巨大アリに襲われるなんて、あり得ない体験をしたばかりのボクも、さすがにあいた口が塞がらなかった。

 浅黄くんと川緑くんが、宙に浮いたスマホの上に指を走らせる。まるでピアニストのように。すると、モニタに映し出される英数字のほか、解読不能な絵文字が下から上へ凄い速さで流れていった。それと同時に、ボクたちを囲む不思議な空間に景色が浮かびあがる。


 スライドショーのように、ボクたちを囲む三六○度の景色が次々と変わる。足元が空だったり、頭の上が道路だったり、立っているだけなのに目がまわってくる。

 浮かびあがったモニタを見あげながら、小さく口を動かす青沼さん。


「夢はプログラムでできているんです」

「は?」


 ボクは素っ頓狂な声をあげて、青沼さんを振り向く。夢ヶ咲さんは、得意げに鼻を鳴らして、両手を腰に添えた。


「つまり、そういうことよ!」

「まったくわかりません!」


 夢がプログラム? 聞いたことがない。ボクたちが見る夢は、誰かの作りものってことなの?

 青沼さんが、ボクのパジャマの裾を引っ張る。


「見ての通り、ここで夢のプログラムの管理ができるんです。そのプログラムに発生した不具合……バグが悪夢なんですよ。ほかにも未来の行動を読み出したり……」


 未来の行動を読み出す?


「外野! うるさい!」「静かに!」


 振り返りもしないで、同時に怒鳴る浅黄くんと川緑くん。青沼さんはバッと両手で口をふさいだ。そして、ボクのそばにススッと近寄って耳打ちする。


「イエローがプログラムを直して、グリーンが動作チェックをしているんです。いつもは仲が悪いのに、この時だけは息ピッタリなんですよ」


 クスクスと小さく笑い、ハッとして口の前に人差し指を立てる。

 『悪夢祓い』って、夢を見せるプログラムから悪夢の原因を探して直すってことなの?


「そんな、非常識な……」


 夢ヶ咲さんが肩をすくめて、ヤレヤレとでも言いたそうにフルフルと首を振る。


「ダーク、アナタの頭はダイアモンドなみの固さね? 夢に常識を求めるなんて、『コノグッチョウ』よ!」

「それを言うなら『愚の骨頂』! って、誰が『愚か者』だよ!」


 ショックを受けたように、ポカンと大口を開ける夢ヶ咲さん。


「よしっ、終わった!」


 両手を組んで頭の上でのばし、ググッと背をそらす浅黄くん。川緑くんは指先だけ出たフカフカの両手でゴシゴシと目をこすった。


「お疲れ様! どうだった、ダーク? 悪夢祓いの初仕事は?」


 夢ヶ咲さんがボクの肩をポンッと叩く。ボクは眉を八の字にして少しうつむいた。

 『どう』と言われましても、ツッコんだり、追いかけられたり、ツッコんだり、ツッコんだりで、全く気が休まらなかった……としか。

 ただ、ボクの中の常識が音を立てて崩れ落ちたことだけは確かだ。

 未だわからないことも山のようにあるし。


「これで、アナタの将来は退夢師で決まりね!」

「就職先、決定!? もっといい夢、見させてよ!」


 スライドショーもモニタも消えた、元のボンヤリとした空間に、ボク以外のみんなの笑い声が広がった。

 みんなの楽しそうな笑い声を聞きながら、ボクの心には表現しようのないモヤモヤが浮かんでいた。


 夢はプログラム。『未来の行動を読み出す』って、一体何のことだろう?

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