7-2

 小一時間、絵を描きながら笑い続け、ボクの喉はカラカラだった。


「ジュースでも買ってこようか?」


 コンコン……


 日曜日の入院病棟の、あけっ広げのドアが音を立てる。ボクは白いカーテンの間からヒョコッと顔を出した。

 誰だろう? お父さんもお母さんもノックなんてしないし。看護師さんが真弓の様子を見にきたのかな?


「あっ……」

「お兄ちゃん、誰?」


 ウサギの柄のスリッパをはいて、ボクに続きカーテンから顔をのぞかせた。


「あっ、お母さん! と……誰?」


 真弓はキョトンとした顔でお母さんと、隣にいる男の子を見た。


「病室の前で、入りづらそうにウロウロしていたから声をかけたの。お兄ちゃんのお友だちだって」

「よう……」


 クスクスと子供みたいに笑うお母さんの横で、顔を真っ赤にした浅黄くんが、照れくさそうに立っていた。


「浅黄くん、どうして病院なんかに?」

「ん!」


 ボクの言葉の遮って、手にした箱を差し出す。


「お見舞い」


 ボクから目をそらしてぶっきらぼうにつぶやく。いつもの浅黄くんらしくない。まるで借りてきた猫のようだ。


「わぁ~、ケーキ? ケーキ?」


 真弓は目をキラキラと輝かせる。浅黄くんは真弓をチラッと見て、真っ赤な顔でコクッと小さくうなずいた。


「よかったわね~、真弓。けど、まずはお礼でしょ? ほらっ、晃も。浅黄くん、わざわざありがとうね。みんなでいただきましょうか?」


 勢いよく白いカーテンを引き、足元の方へ追いやってあるベッドテーブルの上で、ケーキの箱をあけるお母さん。クリームの甘い香りがパァッと病室に広がった。

 真弓はモジモジしながら、ピンクのウサギ柄のパジャマのすそをギュッと握りしめた。


「あ、ありがとうございます」


 そう言うやいなや、ベッドに飛び乗る真弓。


「コラッ! ケーキがあるんだから、そっと乗りなさい!」


 真弓はお母さんに怒られてもなお嬉しそうに、ニコニコと笑っていた。


「あっ……」


 イスの上にひらいたまま置かれたノートを見て、浅黄くんは小さな声をあげた。ボクは慌ててノートを拾いあげる。

 別に見られちゃマズいものが描いてあるわけじゃないけど、言わば落書きなんて、進んで人に見せるものでもない。


「浅黄くん、ケーキありがとう。今日はどうして?」

「ちょっと、話せるか?」


 浅黄くんはボクの目を真っ直ぐ見る。

 さすがのボクも察した。わざわざ会いにきてまで話さなければいけないことなんて、悪夢祓い倶楽部のこと以外にあり得ない。


「お母さん、ちょっと自動販売機に行ってくる。ボクと浅黄くんのケーキも残しておいてよ」


 お母さんも多分、察した。今までボクには友だちなんていなかったから。


「ハイハイ。浅黄くん、ケーキを食べに戻っていらっしゃいね? じゃないと、オバサン、太っちゃうから」

「お母さんが食べちゃダメでしょ? そこは真弓にあげとこうよ!」


 プッ……ハハッ……アハハハハッ!


 浅黄くんが体をくの字に曲げて、肩を震わせながらお腹を押さえる。何のことかよくわからずに、浅黄くんの笑い声につられて顔をほころばせる真弓。病室に木霊する、ボクたちの大きな笑い声。あけっ広げのドアの向こうで、廊下を歩きながら、何事かといぶかし気に病室をチラ見するほかの入院患者さん。


「じゃぁ、行ってくる。真弓も何か買ってこようか?」

「オレンジジュース!」


 手をあげて元気な声を響かせる真弓。

 ボクは指でOKサインを作り、真弓にウインクした。

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