ステップ7 夢の大切さを知る

7-1

 何から何まで白い部屋を見ていると、深層ドリームを思い出す。


 もう、悪夢祓い倶楽部に顔を出さなくなって一週間にもなる。

 その間、悪夢祓い倶楽部のみんなとは、教室で顔を合わせていた。けど、話す時も何となくギクシャクして、会話のキャッチボールは続かなかった。ボクもそうだけど、向こうが気を使っているのがヒシヒシと伝わってきて、いたたまれなくなる。


「お兄ちゃん、ボーッとしてるよ?」


 真弓が病室のベッドの上で体を起こし、ボクの顔をのぞき込む。

 大きな総合病院の入院病棟。

 この町に引っ越してきてから、真弓はこの病院から出たことがない。

 真弓の小さな小さなこの世界は、夢の中に似ているような気がした。


「元気ないね? 新しい学校に行ってから、お兄ちゃん凄く楽しそうだったのに。お友だちとケンカしちゃった?」


 白いベッドの上の、これまた白い布団を引き寄せて、ギュッと抱きしめる真弓。ボクは苦笑いを浮かべて頭をかいた。


「ん、ケンカなんてしていないよ。お兄ちゃんはいつもお友だちと仲良しだから」


 ウソはついていない。ボクの気持ちの問題なだけで。

 真弓はプゥッと頬をふくらませて、小さな口をとがらせた。


「あ~あ、ワタシもお友だちがほしいなぁ」

「大丈夫だよ。真弓ならすぐに友だちができるって」


 気休めでしかなかった。

 前の学校へもロクに登校できなかったせいで、友だちと言える友だちはいなかった。誰かが真弓のお見舞いにくるなんてこともなかった。それは今でも同じだ。

 新学期が始まっても、学校へ通えない真弓。

 けど、このところ、真弓の体調はすこぶるいい。もう少し安定したら、家に帰ってもいいと先生に言われている。そうしたら、真弓も一緒に学校へ通えるかもしれない。


「それには、早く元気にならないとね。具合どう?」


 真弓は小さな顎に指先を押し当てて、グッと上を見る。


「んー、もう元気だよ。前はね、イヤな夢ばっかだったけど、今はいい夢みるから」

「いい夢? どんな夢さ? お兄ちゃんにも教えてよ」


 真弓は布団を口元まで引きあげて、モジモジしながら上目づかいでボクを見た。


「え~、ヒミツ~」


 いたずらっぽく笑う。そして、ふと思い出したように目を大きくした。


「そうだ! ねぇ、お兄ちゃん。絵を描いてよ。絵。学校の絵を描いて?」

「そうだな。じゃぁ、今日はお兄ちゃんのお友だちの絵を描いちゃおうかな?」


 満面の笑みを浮かべて、キャッキャと喜ぶ真弓。

 ボクはベッドの横の引き出しの中から、一冊のノートと色鉛筆を手に取った。そして、静かに目を閉じる。


 ハッキリと思い浮かべることができないまでも、頭の中にイメージは広がる。ボクはいつだって、真弓の前でこうやって絵を描いてきた。毎日のように。

 それが、たまたまコンクールで金賞を取った。真弓にどうしても見せたかった、『夏』を描いた三枚。その内の一枚、ペルセウス座流星群の絵が、それだっだ。


 ボクはパラパラとノートをめくって、真っ白なページを探す。そして、七色に並んだ色鉛筆の上で手をスライドさせた。何気なく、本当に何気なく、ボクが選んだ色鉛筆の色は赤だった。

 ボクの持つ色鉛筆が、みるみるうちにノートを赤く染めていく。その様子を食い入るように見つめる真弓。


「お兄ちゃんのお友だちって、ヒーローなの?」


 真弓はボクの描いた絵を見て、不思議そうに首をかたむけた。

 赤いジャケットとミニスカート。風になびく一本三つ編みの長い髪と、白い薄手のマフラー。白いグローブをはめた手で、ポーズを決める女の子。

 悪夢祓い国家資格認定退夢師、夢ヶ咲紅子。

 ちょっと美人に描きすぎちゃったかな?


「ヒーローみたいな面白い格好だけど、お兄ちゃんの友だちさ」


 『目立たず、飛び出さず、ひっそりと』生活してきたボクを、騒がしい世界へ強引に引きずり込んだ張本人。ボクが真っ先に選んで描いた友だちの絵が、その夢ヶ咲さんだった。

 ボクは自分に言い聞かせるように深くうなずく。


「そう……うん、友だちだ」

「ふ~ん……お兄ちゃんのお友だちってカッコイイんだね」


 プッ……


 そう、カッコイイんだ。夢ヶ咲さんは。浅黄くんも、青沼さんも、川緑くんだって、ボクよりずっとカッコイイ。格好は変だけど。

 真弓は眉を八の字にして、ボクをポカポカと叩く。


「あ~! お兄ちゃん、ワタシを笑った~!」

「違う、違うって。真弓のことを笑ったんじゃないって」


 ボクは声に出して笑いながら、真弓の手をおさえた。真弓は頬をプルプルと揺らしながら、小さな体をよじる。


「もっと絵を描くから、そんなに怒らないでよ」


 怒っていたはずの真弓の顔が、一瞬で笑顔に変わる。チョロい。決して悪口ではなく、本当に愛らしいほど、真弓はチョロい。

 ボクは上機嫌で次々とノートに絵を描いた。

 一ページに、大小さまざまな絵をびっしりと。真弓はワクワクしながら、白いページを次々と埋めていく絵を見つめていた。


「全部、お兄ちゃんのお友だちだよ」

「え~、ウソだぁ~!」


 ケタケタと楽しそうに笑う。

 シロクマや少女漫画の女の子、宇宙服。五匹のカラフルな子ブタ、もといバク。クルッと一回転したささやかなシッポの黒い塊。自分の描いた絵を見て吹き出すボク。


ホント、ホント、ホント。ホント。みんなボクの友だちみんなボクの友だち


 突然のデジャヴにハッとするも、ボクはそれをあっさりと飲み込んだ。

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