ステップ10 夢の強さを知る
10-1
ガキッ!
「夢に常識を持ち込むなんて、スイマーズも焼きがまわったわね!」
スイマーズのステッキをいとも簡単に弾き飛ばす夢ヶ咲さん。苦々しく唇をかみ、大きく跳ねのくスイマーズ。
「夢ヶ咲さん!」
「チッチッチ……相変わらずね? ワタクシのことはレッドと呼んでちょうだい」
人差し指を立て、顔の前でワイパーのように振る夢ヶ咲さん。ところどころが破れ、ボロボロになったコスチュームと、たくさんの細かい傷跡。
ボクはレインボーをジトッと見る。
「これでも手加減したんだぞ!」
頬をパンパンにふくらませて口をとがらせるレインボー。元の姿を思い浮かべると全然可愛くない。
「ありがとうございます。意識はあったんですが、体がいうことを聞かなくて。レインボーのおかげで、みんなを傷つけずに済みました」
「オレは、ペチャンコのペラペラのヒラヒラになったけどな」
レインボーは腕を組んで……短すぎて組めていないけど、偉そうにふんぞり返った。
夢ヶ咲さんはすぐに巨大モニタを振り返る。
「イエロー、グリーン! プログラムはどう?」
「まだ、時間がかかる! いたるところにプロテクトがかかっていて、プログラムが読み取れない!」
浅黄くんがモニタを凝視したまま叫ぶ。
「じゃぁ、先にこっちを、ちゃちゃっと片づけちゃいましょう」
巨大ハンマーを肩にかつぎ、スイマーズを見てニヤリと笑う夢ヶ咲さん。ボクは勇者様を元のレベル100勇者様に戻し、夢ヶ咲さんの隣でハリセンをかまえた。スイマーズを囲むように、青沼さんとレインボーが陣取る。
「甘いものが弱点だとわかっていれば造作もない」
スイマーズは夢ヶ咲さんに向かってステッキを振るった。ドンッと目の前にそびえ立つ、塔のような生クリームいっぱいのケーキ。ボクはとっさに夢ヶ咲さんを背にかばった。そして、高い高いケーキに向かって指先を振りおろす。
「アリ!」
何十何百、何千万にもなる、小さなアリの群れが、スポンジのかけら一つ残さず、あっという間にケーキを食べ尽くす。前に悪夢で苦労したアリも、使い方によっては役に立つ。
「クッ……こちら側にこない退夢師なんぞ邪魔者でしかない! キサマらは、もう用済みだ。まとめて夢の藻屑にしてくれる!」
スイマーズは両手を広げ天を仰ぐ。ボクは背中を丸めて恐るおそる上を見あげた。しかし、何も起こらない。真弓の病室の景色が一面に広がっているだけだった。
「オマエ、本当に元退夢師か?」
レインボーが呆れた顔でため息をつく。
「大方、ミサイルか何かを出そうとしたんだろう? バクの代わりに睡魔の助力を得てマイナスエネルギーを力の糧にしたからと言っても、想像力が絶対的に足りていない。自分を過大評価しすぎだ」
悔しそうにグッと顔をゆがめるスイマーズ。
「ならば、これならどうでしょう!」
まるで細胞分裂するかのように、一人が二人、二人が四人、と次々と増え続けるスイマーズ。ボクたちは、みるみるうちにスイマーズの海に飲み込まれた。
「夢ヶ咲さ~ん! ボクたちも分身して戦えばいいんじゃないの~?」
スイマーズに囲まれハリセンを振りまわしながら、見えない夢ヶ咲さんに向かって大声をあげる。
「ダミーが戦えると思う~? スイマーズがやっているのは分身じゃなくて、分裂だ~か~ら~!」
ボクは思い浮かべて、イヤな汗をかいた。
何十人もいる、腹話術人形のような夢ヶ咲さんなんてゾッとしない。
セイッ、ヤッ!
レベル100勇者様がボクの周りのスイマーズを一掃してくれる。ボクはグルリと周りを見渡して、口に手をそえた。
「夢ヶ咲さ~ん! どこにいるの~?」
「モニタの前よ~! それから、レッドって呼びなさ~い!」
浮かびあがった二つの巨大モニタの前を、ふっ飛ばされたスイマーズが何人も横切る。スイマーズの波の向こうに、巨大ハンマーが見え隠れしていた。
「キャッ……」
ショートパンツからのびる白い足を傷だらけにして、青沼さんがボクの前に飛ばされてきた。ボクはフラフラになった青沼さんを抱え起こして、勇者様の援護の中、夢ヶ咲さんの元へ走った。
巨大モニタを見あげて目を血走らせる、浅黄くんと川緑くん。流れるように奇怪な文字がスクロールするモニタと、景色と同じように、真弓の病室のまま変化を見せないもう一つのモニタ。
夢ヶ咲さんとレインボーは二人を背に、スイマーズと戦っていた。ボクは青沼さんをモニタ前の長椅子に座らせる。
「レッド! このままでは全滅するのも時間の問題だ。一気にダメージを与えるか、プログラムを修復しない限り、コイツラは際限なく増え続けるぞ!」
レインボーが大分度器をたくみに振りまわして、流れるようにスイマーズの間をぬってまわる。チュン、チュン、とテレビゲームの敵キャラのように消滅するスイマーズ。
「イエロー、まだなの?」
「ダメだ、レッド! 選択肢が全部壊されている! しかも、病院での暮らしが無限にループしているし。このままじゃ、ダークの妹ちゃんは、ずっと病院から抜け出せない。悪夢は終わらない」
そんな……最近の真弓はずっと体調がよくて、もうじき退院できるんじゃないかと思っていたのに。ひどすぎる。ひどすぎるよ。
「選択肢を強制的に挟み込んで、正常動作を保てないの?」
「そんなのイエローがさんざんやっているよ! 何をやっても、無限ループで正常動作しちゃうんだ!」
グリーンが滝のような汗をぬぐう。夢ヶ咲さんはキッとスイマーズを睨みつけた。
ボクたちを囲む数えきれないほどのスイマーズが、一斉に高らかな笑いを響かせる。
「クハハハハ! ムダですよ、ムダ! ワタシの組み替えたプログラムが、アナタたちごときに修復できるはずがありません!」
いやらしく口の端をゆがめ、指先で口ひげを整える。
「いいですね~……その悔しそうな顔! 枯れぬ泉のようなマイナスエネルギーのおかげで、力がみなぎってきますよ。さぁ、人間の無力さを思い知って、そして消えてなくなりなさい!」
「アンインストールよ!」
みんな一斉に夢ヶ咲さんを振り返る。今にも一気に襲ってきそうだったスイマーズですら、大きく目をむいて足を止めた。
「ダークの妹さんの夢をアンインストール!」
アンインストールって……プログラムを消して、最初の状態に戻すってことじゃないの? それって、どこまで戻るの?
真弓の夢を……真弓の過去を……真弓の未来を……消すの?
「無茶だ! そんなことしたら、どこに影響が出るかわからない。よしんば、上手くいったとしても、夢が不安定になってバグが大量発生するぞ」
レインボーが真っ青になって夢ヶ咲さんにつめ寄る。夢ヶ咲さんはスッとゴーグルをはずし、真っ直ぐボクの目を見つめた。美しく、力強く、芯の通った眼差し。その瞳には一片の曇りもなかった。
頭をよぎった不安をかき消すように、ボクは勢いよく首を振る。
そうだ。ボクは心に決めたんだ。もう迷わないって。
ボクは信じる。悪夢祓い国家資格認定退夢師、夢ヶ咲紅子を。
夢ヶ咲さんの澄んだ瞳を強く見つめ返して、大きくうなずくボク。
そして、力の限り枯れるほどの大きな声をあげた。
「
ボクの脳裏に浮かんだデジャヴは、ボクが考えに考え抜いて選んだ、たった一つの希望への道だった。
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