10-2

「よしっ! やってやろうじゃないか! ブルー、いつまでも休んでる場合じゃないぞ! 手伝え! ダークも!」


 浅黄くんがドカッとイスに座り直す。川緑くんは両手でパンッと頬を張った。青沼さんは痛む体を必死で起こして、川緑くんの隣に寄る。


「させるか~!」


 隙間なくボクたちを取り囲んでいたスイマーズが、一気になだれ込む。夢ヶ咲さんは再びゴーグルをかけニヤッと笑うと、巨大ハンマーを両手にスイマーズの波に突っ込んでいった。レインボーと勇者様も、夢ヶ咲さんに続く。


「いいか? アンインストールしたら、ある程度は自己修復がかかるはずだ。それに乗じて一気にプログラムを再構築するぞ! ダークは妹ちゃんとの思い出を余すことなく思い描け! 頼んだぞ、全日本絵画コンクール金賞受賞者!」


 ボクの仕事は頭の中のキャンバスに、思いっ切り絵を描くこと。やってやるさ! 今なら世界一位にでもなってやる!


「ブルーは音を入れろ! 息遣いから鼓動まで、ありとあらゆる音をだ!」

「わかりました! どんな音だって表現してみせます!」


 青沼さんは力強くうなずいて胸をドンッと叩く。


「迷うことなんかないからな! ボクが片っ端から不具合をチェックしてやる」


 ゾウの着ぐるみの川緑くんが、パオーンと雄たけびをあげた。


「いくぞ!」


 目にも止まらぬ早さで、キーボードを叩き続ける浅黄くん。瞬きをする余裕もなく、乾いた目から一すじの涙が頬を伝って流れ落ちた。

 ボクの頭の中に思い描いた絵が、深層ドリームの景色に反映され、数えきれないほどのスライドショーになって映し出される。それを食い入るように見つめながら、指揮者のように指を振る青沼さん。大きく開けた目を血走らせて、プログラムを凝視する川緑くん。


「いいぞ! 二人ともその調子だ。…………ん? イエロー、これって?」

「いいから続けろ! 気を抜くと、バグを見落とすぞ!」


 キョトンとした顔で振り向く川緑くんの顔を、グイッと押し戻す浅黄くん。


「キャッ……」


 夢ヶ咲さんの声に振り返るボク。そこには、片腕をダラリとたらし、もう一方の手でわき腹をおさえ、立っているのが不思議なくらいボロボロになった夢ヶ咲さんがいた。


「レッド! 眠るにはまだ早いぞ! このまま寝たら、間違いなく夢見が悪い」


 そう言うレインボーも、体中傷だらけな上におぼつかない足取りで、肩を大きく揺らしていた。そのうしろには、エクスカリバーを杖にして体を支えている勇者様。

 見渡す限りのスイマーズ。まるで減ったようには見えない。それでも三人は、巨大モニタ前のボクたちを守ろうと、必死にスイマーズをおさえていた。


「夢ヶ咲さん!」


 弱々しくボクを振り返り、クスリと微笑む。


「だから……レッドだって……」


 微かに動く口からもれる声にも、まるで力がない。ボクはいてもたってもいられなかった。ハリセンを片手にイスから乗り出す。


「ダーク、振り返るな! 今は妹ちゃんのプログラムに集中しろ!」


 血がにじむくらい唇をかみしめながらも、決してモニタから目をそらさない浅黄くん。川緑くんが苦笑いする。


「プログラムが直ったところで、ボクらが助かる保証はないけどね」

「怖いです。けど、スイマーズに夢を壊される方がもっと怖い」


 青沼さんは歯をくいしばり、震える膝にギュッと拳を押しあてた。


「夢ヶ咲さんがやられちゃったらどうなるの?」


 ボクは震える手でイスの背もたれを握り、浅黄くんを振り返る。浅黄くんは苦々しく顔をゆがめた。


「さぁな? タイマーズ解散か、紅子の心が壊れるか、そんなところじゃないか? 少なくともオレたちだって、二度と悪夢祓いはできなくなるだろうよ」


 そんな……みんなだって絶体絶命じゃないか? それなのに、真弓のために……


 グッ……


 ボールのように転がるレインボー。


 ガッ……


 ステッキに突き飛ばされて、背中からイスに突っ込む勇者様。


「ダメ……行かせない……」


 はいつくばり、スイマーズの足にしがみつく夢ヶ咲さん。しかし、それもたやすく振りほどかれ、夢ヶ咲さんのゴーグルが宙に飛ぶ。

 みんな、悪夢から真弓を救うために戦っている。じゃあ、傷ついているみんなを救うのは誰?

 片方のモニタと深層ドリームの空に、不意に真弓の顔が浮かびあがる。

 『お兄ちゃん……アタシはいい……大切なお友だちを助けてあげて』

 真弓の優しい言葉がボクの胸を締めつける。


「夢ヶ咲さん!」


 ボクの声に、夢ヶ咲さんは力なく顔をあげる。


「ボクは夢ヶ咲さんを信じたぞ! 今度は夢ヶ咲さんの番だ! ボクはどうすればいい?」


 夢ヶ咲さんは一度『大丈夫よ』と言いかけ、すぐにそれを飲み込んだ。そして首を振り、ボクの目を真っ直ぐ見つめる。瞳にあふれそうなくらいの涙をためながら。


「ダーク、お願い……妹さんを……みんなを……ワタクシを助けて」


 ボクは勢いよくイスから跳ねおりた。

 悪夢に悩まされている人たちを、悪夢祓い倶楽部のみんなが助けるのなら、ボクがみんなを助けよう。真弓もみんなもボクが助ける。夢ヶ咲さんはボクが守る。


 突然、強い光が辺りを真っ白く照らす。腕や手で目をおおい、たじろぐスイマーズ。


「ダークが……光っている」


 ポカンと口をあける青沼さん。

 ボク……が? 光って……? うわっ、本当だ。


「オイッ、チョロ崎! 何をした? オイラの体が光るなんて……」


 ポケットから勝手に飛び出したスマホの中で、眩いほど光り輝くアルプが、自分の体をキョロキョロと見まわす。


「そんなこと、今はどうだっていいよ! アルプ、戦うぞ!」

「よっしゃぁ! 何でも思い浮かべろ! オイラが全て形にしてやる! チョロ崎の想像力の限界まで…………オイッ! ちょっと待て! それ、本気か? そんなこと、できるのか?」


 あからさまにオロオロして、ブンブンと大きく首を振るアルプ。ボクは大きくうなずいて、お腹の底から大声を張る。


「勇者様! 力の限り、目の前のスイマーズを蹴散らして! 浅黄くん! これから描く絵も、全部プログラムの中に!」


 勇者様は神々しい光をまとったエクスカリバーを天にかかげ、最後の力を振り絞って、それを大きく横一文字に振り切った。


 ザンッ!!


 手前にいた何人ものスイマーズを一掃して、笑ったまま満足気にスゥッと消える勇者様。レインボーが、倒れる夢ヶ咲さんを抱え……引きずり、巨大モニタ下まで運ぶ。

 もの凄い怒りの形相で向かってくるスイマーズの山に、両手を突き出して手の平を大きく広げるボク。


「打ちあげ花火!」


 ドーン! ヒュー! ヒュー! ヒュー! ヒュー! ヒュー!


 激しく燃え盛るいくつもの火の玉が、スイマーズを飲み込みながら右へ左へと飛びまわる。


 ドーン! ドドーン! ドーン! ドーン! ドーン! ドドーン!

 ドーーーン! ドーーーーーン! ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!


 牡丹、菊、千輪と、激しい光を放ち咲き乱れる特大スターマインの最後に、世界最大の正四尺玉が大輪の花をひらく。お腹の底まで響く、重低音。


「クッ……雨雲!」


 スイマーズの呼び寄せた雨雲が、局地的ゲリラ豪雨となって、打ち上がる前の花火を次々と鎮火する。

 レインコートや傘で雨をしのぐスイマーズは、ボクを見てニヤリと笑った。

 ボクは片手を真上にかざし、宙に大きく円を描く。


「スーパーセル!」


 スイマーズの呼び寄せた雨雲を飲み込み、天をおおいつくす巨大な柱のような積乱雲が発生する。その巨大積乱雲が頭上にきた瞬間、水平方向に渦巻く突風と、息苦しくなるほどの横殴りの雨がスイマーズを襲う。


「バカな……何だ、この力は? ワタシの上をいくだと?」


 スイマーズが手にした傘は、瞬く間に根元から折れ曲がる。レインコートを着たスイマーズは、却ってそれが暴風を孕み、千切ったチリ紙のようにあちこちに吹き飛ばされた。

 そこに、ヤマタノオロチのような幾重にも枝分かれした稲妻が真横に走り抜ける。


 ズガガガガガガーーーーーン!! バリバリバリバリ……ゴゴゴゴゴ……


 すさまじい雷鳴と、激しい明滅。ビリビリと震える空気。

 山のようにいたスイマーズは、断末魔の叫びをあげるヒマもなく、あっと言う間に数えるほどまで減っていた。

 バケモノでも見るような目つきでボクを見るスイマーズ。


「凄い! ダークがやっているんですよね、これ?」


 青沼さんが目をパチクリさせ、ポカンと大きな口をあける。レインボーは我が目を疑ってプルプルと小さく首を振った。


「バ、バカな。あり得ない。こんな力をサポートできるバクがいるなんて。そもそもミサイルなみの力なんてリミッターがかかって出せるはずがない」

「バクじゃねぇ! アルプだ! ア! ル! プ! 魔法の帽子があるだろ!」


 ボクの足元でスマホがプクゥッとふくらむ。川緑くんはブンッと激しく振り返る。


「アルプ? 魔法の帽子? アルプって……バクの名前じゃなかったのか? 大きいし一風変わったバクだなぁとは思っていたんだけど……」

「オイッ!」


 浅黄くんに両手で首をロックされて、モニタに顔を戻される川緑くん。


「耳の穴かっぽじってよく聞けよ、虹色ちんちくりん! オイラにはバクのようなリミッターはない! が、オイラがチョロ崎に頼まれたのは、この夢と、オマエらを守れってことだけだ! これは全部、チョロ崎の力だ!」

「そう言えば、花火も飛んでこなかったですし、雨風すら影響ないですね? なんか私たちの周りにドーム状のバリアがあるみたい」


 青沼さんがポンッと手を叩く。

 今までモニタから目をはなさなかった浅黄くんも、ついつい振り返りボクを凝視する。


「バクの……アルプか? とにかく、夢の世界の住人の力を借りずにこれほどの表現力だって? 凄いヤツだとは思っていたけど、予想をはるかに超えてきやがった」


 今度は逆に、川緑くんに首をつかまれる浅黄くん。浅黄くんは面倒くさそうにそれを振り払い、体を真っ直ぐモニタに向けた。


 残ったスイマーズが再び分裂し始める。

 ボクは天を仰いで、目いっぱい両手を広げた。

 フッと真っ黒に染まった空に、宝石をひっくり返したような大小さまざまな光の粒が瞬いている。

 スイマーズが顔を強ばらせ身構える。明らかにボクを警戒している。


「流星群!」


 吸い込まれるような夜空にフッと突然現れた一つの光が、ひと際強い光を放ち、スウッと流れていった。それを皮切りに、一つ、また一つ、次から次へと光が現れては夜空に長い筋をつくる。それはすぐに、夜空全部をおおいつくすような光の糸になった。


「そう……これよ……」


 ただぼう然と空を仰ぐ夢ヶ咲さんの目から、キラキラ光る一筋の涙が流れ落ちた。


「ハッ……ハハハッ! 飛んだ拍子抜けですよ! 流星群など、一瞬で燃え尽きてしまう、宇宙のチリではありませんか!」


 人間の姿を捨て去り、おぞましい獣になったスイマーズの群れが、ギョロッとした目をむいて、ボクたちに向かって総出で突っ込んでくる。

 片手を腰にそえ、夢ヶ咲さんはスイマーズをビシッと指さした。


「スイマーズ! アナタの敗因は、ダーク……いえ、タイマーズライトの力をナメすぎたことよ!」

「こざかしい! 何が敗因だ! チリごとき、恐るるに足りん!」


 荒れ狂うスイマーズをキッと睨みつけたまま、夢ヶ咲さんは声をあげる。


「グリーン!」


 モニタをジッと凝視しながら、川緑くんは得意気に鼻をこする。


「彗星などから放出されたダストトレイルと呼ばれるチリの大きさは、確かにせいぜい数㎜から数㎝程度。重さも、ほとんどが一円玉より軽い。イエロー!」

「けどな、大気圏に突入するそのスピードは、一秒間に五十九㎞にもなるんだぜ? 計算すると、地球を一周するのに僅か十一分の速さだ。だから、そんなに小さく軽いチリが、激しい光を発するんだ。よしっ、プログラム修復完了! 後はブルーだ」


 ニヤリと笑う浅黄くん。バトンを渡された青沼さんは、強く真っ直ぐスイマーズを見つめた。


「もう、アナタに流れ込むマイナスエネルギーはありません。たぐいまれなる想像力と表現力のたまものです。ライトの流星群は……ライトの夢は燃え尽きない!」


 今にもみんなに飛びかかろうとしていたスイマーズの群れが、一斉にピタリとその足を止める。そして、飛び出るほど目をむいて、ワナワナと口を震わせた。


「まさか……」


 夢ヶ咲さんはスイマーズに背を向けて、フッと小さく笑った。


「つまり、そういうことよ!」


 ボクはパチンッと指を鳴らす。


 ヒュー! ヒュー! ヒュヒュー! ヒュー! ヒュー! ヒュヒュー!!


 もの凄い数の光の雨が、スイマーズの群れに降り注ぐ。

 ボクは天高く拳を突きあげ、静かに微笑んだ。ボクの体を包み込む光が、スウッと消えていく。


 『お兄ちゃん、ありがとう。いつもアタシのために、ステキな絵を描いてくれて』


 真弓の嬉しそうな声を聞きながら、ボクはスローモーションのように、その場にくずれ落ちた。


「ダーク!」


 ライトじゃなかったのかよ? 切り替えが早いな。

 薄れゆく意識の中、ボクに駆け寄る夢ヶ咲さんへのツッコミは、声になって口から出ることはなかった。


 そして、温かい何かに包まれるように、ボクは深い眠りについた。

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