9-3

 深層ドリームの景色は2パターンある。

 一つは自分が立っているのかどうかすらわからない、四方八方が真っ白の空間。それともう一つは、夢を見ている本人の記憶や願望、または行動プログラムの内容がスライドショーのようにめまぐるしく変化する景色だ。


「何だよ、これ? こんな短時間で……?」


 川緑くんが眉を八の字にゆがめて目を見ひらく。驚いているのは、浅黄くんも青沼さんも同じだった。


「最悪だ。ここまでスイマーズに壊された夢は見たことがない」

「この空間が1シーンで固定されているのなんて初めて見ました」


 ボクの見慣れた景色。病室の真弓。

 スイマーズに昔の記憶や、ありとあらゆる選択肢を壊された、病院という名の白い牢屋に閉じ込められた真弓。

 その白い牢屋のベッドの上で、死んだ魚のような目で窓の外を眺めている。そして、ボクやお父さん、お母さんが見舞いにくると、あたかもずっと元気だったかのように振る舞う、その姿がいじらしい。

 ボクはギュッと胸をおさえた。フーフーと荒い息を繰り返して、肩を大きく揺らす。


 許せない。何で真弓がこんな目に合わなきゃいけないんだ?


 自然と早まる足。誰一人として、ボクに声をかける人はいなかった。

 夢ヶ咲さんがいればきっと、『大丈夫!』と言ってくれたに違いない。けど、その退夢師夢ヶ咲さんはもういない。


「おや、意外と早かったですね? まぁ、プログラムを破壊するには十分すぎる時間でしたが。それにしても夢ヶ咲紅子は、この程度の子供たちすらおさえられないのですか? 案外、たいしたことありませんね」


 大きな二つのモニタを背に、元の英国紳士風の姿になったスイマーズが、涼しい顔で肩をすくめた。それを見た瞬間、ボクの目の前が真っ赤に染まる。怒りに我を忘れ、スイマーズに向かって、ただがむしゃらに突進した。それをいとも簡単に、ヒラリとかわすスイマーズ。そのまま、ボクの後頭部に向かって鋼鉄製のステッキを振りおろした。


 バシッ!


「落ち着け、ダーク!」


 ゾウの着ぐるみの長い鼻で、素早くボクを引き離す川緑くん。スイマーズのステッキは川緑くんの体に直撃した。サーッと血の気が引くボク。


「かっ、川緑くん、大丈夫?」

「グリーンと呼べ、グリーンと。世界最強の動物、ゾウの防御力を侮るな! これくらいの攻撃なんて屁の河童……イタタタタ」


 やっと正気に戻ったボクは、川緑くんの苦笑いでホッと胸を撫でおろす。


「安心しろよ。プログラムはオレが完璧に直してやるから、心置きなく戦え!」


 浅黄くんと川緑くんが巨大モニタ前のイスに走る。スイマーズは焦る素振りも見せずに、指先を振る。すると、モニタを取り囲むように、いくつもの貨物コンテナが現れた。


「作業ロボット!」


 カーキ色の乗り込み型ロボットに乗った浅黄くんが、貨物コンテナを押しのける。

 駆け足の格好で足踏みしたまま、川緑くんが口を尖らせた。


「巨大ロボで、ミサイルバーンの方が早くないか?」

「バッカ! ミサイルどころか巨大ロボが規制されるかもしれないだろ?」


 モニタ周りの貨物コンテナをすべて押しのけ、二人はイスに飛び乗った。

 その二人を止める様子もなく、ニヤリと怪しく笑うスイマーズ。


「じゃぁ、ワタシたちも演奏開始といきましょうか」


 青沼さんが高くあげた手に、バチが握りしめられていた。それをスイマーズに向かって思い切り振りまわす。

 スイマーズは拍子抜けした顔で、難なくそれをかわし、鋼鉄製のステッキを振りあげた。次の瞬間、青沼さんの振りまわすバチの軌道の先、スイマーズの顔の真横に大太鼓が現れる。青沼さんのバチは、大太鼓を激しく打ちつけた。


 ドーン!


「グッ……」


 両耳をおさえて体を丸め、慌ててその場から逃げ出すスイマーズ。その逃げた先に待ち構えるように置かれた、三段積みの大きなスピーカー。スイマーズは目を丸くして、青沼さんを振り返った。


 ヒュンヒュンヒュン、ウワーン!


 大きなハウリングがスイマーズの周りの空気を激しく揺さぶった。いつのまにかエレキギターを手にした青沼さんは、ボリュームつまみをマックスにあげる。スイマーズは顔を真っ青にし、尻尾を巻いてその場から離れた。

 ギターのネックをグッと振りあげて、大きくジャンプする青沼さん。


 ギュアァァァァァァァァン!


 いくら動きが早いとはいえ、音速を超えられるわけもなく、スイマーズは三段積みスピーカーから放たれる音の波に飲み込まれる。


「グアァァァァ!」


 頭をかかえて、ゴロゴロとのたうちまわるスイマーズ。

 凄い。青沼さんならではの戦い方だ。よしっ、ボクだって。


「いでよ、勇者様!」


 スイマーズの目の前に、ポンッと現れる勇者様。手にはすでに、エクスカリバーが握られている。


「また勇者様ですか?」


 青沼さんが不満そうに口をとがらせる。ボクと勇者様は、そろって右手を前に出した。


「いやいや、レベル100だから」


 さぁ、行け勇者様! レベル100の力を見せてやれ!

 エクスカリバーをかまえて、疾風のように駆け出す勇者様。赤いマントが激しくはためく。スイマーズは鈍色に光るステッキを顔の前に立てて、静かにそれを前方につき出した。


「ぐはぁ!」


 突然、ボクのうしろであがるうめき声。スイマーズのステッキと勇者様のエクスカリバーが、交わる寸前でピタッと止まる。何ごとかと振り向いたボクの目に飛び込んできたのは、赤いコスチュームにいくつものキズを作りながらも、巨大ハンマーを両手に無表情で立ち尽くす夢ヶ咲さんだった。


「夢ヶ咲さんがここにいるってことは……まさかレインボーは……」

「ここだ!」

「レインボー! どこ?」

「だから、ここだ!」


 何もなかった場所に、突然現れるレインボー。それも、ペラペラの紙のような姿で。


「ハハハ……オマエたちを追ったレッドを止めようと、ここまできたんだが、巨大ハンマーにはさまれてしまってな。バーンと」


 ペラペラ、ヒラヒラの格好で、レインボーは照れくさそうに笑った。

 いや、そこは笑っている場合じゃないでしょ? 真横から見たら、まるで見えないし。

 青沼さんに空気入れで膨らませてもらいながら、レインボーは得意げな顔をする。


「それで確信した。レッドは完全に堕ちてはいない! 何せ、ワタシがこの程度だからな。ツメが甘すぎる」


 ツメが甘いって、どこが? 見事にペラペラでコテンパンにやられてますけど。

 それでも、夢ヶ咲さんがまだ、身も心もスイマーズに堕ちていないっていうのは朗報だ。何としても、元の夢ヶ咲さんに戻さないと。


「そんなの時間の問題ですよ」


 スイマーズは歯牙にもかけず、勇者様のエクスカリバーを押しのけ、ボクに向かってステッキを突きつけた。


 バシッ!


 寸でのところで、スイマーズのステッキを打ち払うボク。巨大ハリセンも捨てたもんじゃない。

 ボクは夢ヶ咲さんに頼まれているんだ。『もしもの時はお願いね』と。何かいい方法はないだろうか? 何とかしてスイマーズにギャフンと言わせてやりたいんだけど。

 ボクはフッと夢ヶ咲さんを見る。マネキンのように冷たい表情で立ち尽くしているはずの夢ヶ咲さんが、口をおさえて背中をまるめていた。


 何で? 何かあった? 夢ヶ咲さんがこうなる時って……

 あっ! レインボーのさっきの言葉だ。『ツメが甘い』って。スイマーズに堕とされかけていてもなお、甘いものは苦手だなんて、夢ヶ咲さんらしい。

夢ヶ咲さん、待っていて。絶対にボクが元に戻してみせるから。


 甘いもの……甘いもの……甘いもの……甘いもの……甘いもの……甘いもの……


 よしっ、これでどうだ!


 ポンッ!


 ボクが振るった指の先、夢ヶ咲さんの目の前に、勇者様が瞬間移動する。突然あらわれた勇者様に臆することなく、巨大ハンマーを振りあげ、真っ直ぐ突っ込む夢ヶ咲さん。


 ガキッ!


 エクスカリバーを振りあげ、夢ヶ咲さんの巨大ハンマーをいなした後、つまづいて転ぶ勇者様。その直後、夢ヶ咲さんの振りまわした巨大ハンマーにふっ飛ばされた。


「大丈夫です。これしきの攻撃、屁でもありません!」


 千鳥足で、明後日の方向を向いて笑う勇者様。全然、大丈夫なようには見えない。

 ひるむことなく、再び夢ヶ咲さんにつめ寄り、返り討ちに合う。その拍子にビリビリと大きな音を立ててやぶれる赤いマント。


「しまった! 父上にねだって買ってもらった、有名ブランドのマントが!」


 勇者様の整った顔が悲しみにゆがむ。けどすぐ、手の平を返したように肩をすくめて首を振った。


「まぁ、仕方ないですね。ワタシのせいじゃないですから」

「何ですか? この茶番は?」


 スイマーズは呆けて肩をすくめる。しかし、夢ヶ咲さんの動きが鈍くなっていることに気づき、みるみるとその表情を怒りに変えた。


「キサマ! 何をした!」


 赤いコスチュームからのぞく夢ヶ咲さんの白い肌に、びっしりと鳥肌が立つ。そして、ピタッと足を止めたかと思うと、口と胸をおさえて苦しみだした。


「夢ヶ咲さんを、スイマーズの仲間にする? はっ! チャンチャラおかしいって! 夢ヶ咲さんのことを何も知らないクセに」


 ボクは勝ち誇ったようにスイマーズを見た。青沼さんとレインボーがボクの脇に立つ。


「夢ヶ咲さんは悪夢祓い倶楽部タイマーズのリーダーだけど、その実態は、甘いものが大嫌いな普通の女の子なんだ!」


 腰に手をそえ、もう一方の手でビシッと夢ヶ咲さんを指さす。スイマーズは怒り心頭にステッキの先を足元に叩きつけた。


「だからどうした!」


 ボクは得意満面に、腕を腰に当てて胸を張る。


「夢ヶ咲さんの目の前に現れた勇者様は、さっきまでのレベル100の勇者様じゃない! 対夢ヶ咲さん用にモデルチェンジした勇者様だ!」


 青沼さんとレインボーでさえ、『まるで意味がわからない』と言いたそうに首を傾げる。ほくそ笑むボク。


「説明しよう! モデルチェンジ勇者様とは、攻撃の『ツメが甘く』、『脇が甘い』。夢ヶ咲さんを『甘く見た』上に『考えも甘い』。親の『甘い汁を吸って』育った『自分に甘い』、『甘いマスク』の勇者様なのだ!」


 ボクが『甘い』を連呼するたびに、夢ヶ咲さんはその場に倒れてのたうちまわる。


「さぁ、勇者様! トドメだ! 夢ヶ咲さん、戻ってこい!」


 ボクのお腹の底からの叫びが、ビリビリと空気を揺らした。勇者様が倒れる夢ヶ咲さんを優しく抱き起す。


「大丈夫かい、可愛いお嬢さん? 君のような可憐な女の子に戦いなんて似合わない。さぁ、笑ってごらん? 素敵な笑顔の君が大好きさ」


 勇者様の腕の中、一瞬体を強ばらせた後、夢ヶ咲さんはガクッとうしろに首を落とす。

 浅黄くんは懸命にプログラムを直しながら、ブルッと身ぶるいした。


「えげつねぇ~。『甘い言葉』まではきやがった」


 川緑くんは苦笑いを浮かべる。勇者様の『甘い言葉』に、手足をバタバタさせながら、興奮で鼻息を荒くする青沼さん。レインボーは『やれやれ』と言いたそうに、肩をすくめた。


「ふっ、ふざけるな! こんな戦い方があってたまるか!」


 目を真っ赤に染めて、プルプルと怒りに肩を震わせるスイマーズ。鋼鉄製のステッキをこれでもかと言うほど高く振りあげ、腕を組んでドヤ顔のボクに向かって一気に振りおろした。

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