7-4
紅子とオレは幼稚園の頃から一緒だった。と言っても、話したり遊んだりは一度もない。ただ同じクラスだっただけだ。四年生になるまでな。
紅子は誰にも話しかけなかったし、誰も紅子に近寄ろうとはしなかった。
不気味だったんだ。いつも一人、真っ暗な目でジーッと何かを見つめていた。
別人の話じゃないかって? いいから聞けって。
四年生になったばかりの頃、今から二年くらい前だな。紅子がオレの前に立った。うつむきながら、何かを言いたそうに口だけをワナワナと動かしていた。
紅子は『おはよう』とだけ言って、オレの前から走り去った。
驚いたね。
紅子が話しかけてきたってこともあるけど、その頃のオレはもうこんな体格で、怖がって誰も近寄ってこなかったからな。『見た目怖そう』ってだけで不良あつかいさ。別に悪さなんてしていなかったのにな。せいぜい、ケンカくらいだ。
ん? それが不良だって? ばっ、不良じゃないわ!
その日を境に、紅子はクラスのみんなに、ぎこちないながらも挨拶をするようになった。みんな、最初は変な目で見ていたっけ。今思えば、あの頃の紅子はかなり挙動不審だったな。今では立派な不審者だけど。
退夢師が全国で五十人もいないってのは話したよな? 何でだと思う?
そう、難しいからだ。って、そのままじゃねぇか!
ああ、危険だっていうのもある。けど、退夢師にまでなれるヤツらは、バグごとき敵じゃねぇよ。
退夢師は揺るぎない心の強さが必要なんだ。
笑われてもうしろ指さされても、たとえ嫌われていたって、その相手の悪夢を祓わなければいけない。
できるか? そんなこと?
オレだったら、嫌いなヤツが悪夢にうなされていたら、少なからずザマァミロって思っちまう。紅子は絶対にそんなことはない。悪夢を憎んで人を憎まずってヤツだ。それが退夢師の絶対条件なんだ。
絶対だぞ? 絶対!
人と関わると、感情移入してしまう。幼い紅子は退夢師であるために、心を殺すしかなかった。『好き』と思えば、一生懸命悪夢祓いをするし、『キライ』と思えば手を抜きたくもなる。だから紅子は、それまで誰とも接してこなかったんだ。
不器用なんだよ。
で、レインボーにこっ酷く怒られたってわけだ。『自分の心を素直に表現できないヤツが、一人前の退夢師になれると思うな! まずは仲間を、友を作れ!』ってな。
ちょうどその頃、何かを見て心が洗われたって、あとになって言っていたな。
なんだっけか? 写真? 映画? 忘れちまった。
レインボーは紅子の退夢師の師匠なんだ。
あっ? レインボーは誰かって? それはオレも知らない。いつもバクの姿だからな。
何? レインボーが誰か知ってる? ちょっ、教えろよ? えっ? 話を先にすすめろって? あとで絶対に教えろよ?
まぁ、退夢師の資格を取るのは、とにかく大変だってことだ。
考えてもみろ。ほんの少しでも悪意をもったヤツに、自分の夢をいじくりまわされたいか? 夢はオレたちの暮らしにもつながっているんだぞ? それが、どれほど恐ろしいことかわかるか?
何? スイマーズに聞いたって? 調子のいいことを言いやがる。
ヤツは人の心にできた隙をついて、言葉巧みに惑わすからな。気をつけろよ?
ん? ああ……何? アイツ、そんなことを黒崎に吹き込んだのか? だから、悪夢祓い倶楽部に顔を出さなくなったのか。そうか……オレはてっきり悪夢祓いが怖くなったのかと思ったわ。あっ、怖くなったことには違いないか。
これだけはハッキリ言っておくぞ?
プログラムに縛られる人間なんていない!
なっ、何だよ、その目は? 黒崎はそれが不安だったんだろ?
人の未来が大きな木だと思ってくれ。
そこにたくさんの枝があって、さらにその先にも、またその先にも枝がある。人はたくさんの道を選んで生活しているんだ。
スイマーズはそのプログラムを壊す。木の枝を切っちまうんだ。
人は道を選べなくなる。
サラちゃんの夢がそうだった。あの子はちょっとしたすれ違いがあって、クラスで一人ぼっちになっていた。だから、夢の世界に逃げた。夢の中なら、みんな自分に優しくしてくれる。サラちゃんは、現実よりも夢を選んだ。
最悪の悪夢だ。
その隙をスイマーズにつかれた。
行動プログラムの枝を片っ端から切って、壊してまわった。じゃなければ、サラちゃんは選べたんだ。勇気を出してみんなに話しかける道や、たとえケンカになっても、クラスメイトと腹を割って話す道を。スイマーズのせいでその道がなくなり、サラちゃんは夢の世界に入り浸った。それを、オレたちが祓ったっていうわけだ。
もっと早くに詳しく話すべきだった。本当にすまない。
紅子はもとより説明できないし、小鉄は鼻につく言い方、やよいは肝心なことを忘れる。オレ以外にまともに説明できるヤツがいねぇからな、ウチの倶楽部は。
実はな、オレたち三人も紅子に悪夢を祓ってもらった口なんだ。だから余計に、悪夢で苦しんでいるヤツらを放っておけないんだ。まぁ、タマゴがふ化したから、退夢師見習いになれたんだけどな。
聞いているだろ? バクのタマゴさ。
あん? オレのバク? バク之進って言うんだ。カッコイイだろ? 何だよ、その微妙な顔は? はぁ? カブった? 何が? 何だよ、言いたいことがあるならハッキリ言えよ!
小鉄のバク? 話をはぐらかしたんじゃねぇか? 小鉄のバクなんか……まぁ、いいけど。小鉄のバクはバクだ。まぁ、漢字だけどな。けものへんに、くさかんむりに、日を書いて大。そう……獏。
何だよ、話が横道にそれちまったじゃねぇか。えっと、悪夢祓い倶楽部ができた頃の話だったよな?
そう、オレも最初は黒崎と変わらなかったよ。不安だらけだったし、怖かったし。こんななりでもな。小鉄だって一時、学校を休みがちになっちまったし、やよいなんていつも泣いてた。
だから、何も恥ずかしがることはない。みんな同じだ。そして、怖がることもない。人間はプログラムの操り人形でも、結末の決まった物語の登場人物でもないからな。
それに、オレは黒崎を買っているんだ。あんなにも、紅子にハッキリもの言うヤツはいないからな。元々友だちがいなかったヤツだ。黒崎みたいにハッキリ言うヤツの方が、紅子にとってはいいんだよ。
と、そろそろじゃねぇかな? あっ、きたきた。ほら、見ろよ、黒崎。
何で紅子が病院にくるのかって? 実はアイツは病気で……な~んてな。ウソ、ウソ。
紅子は日曜日のたびに、病院や施設なんかをまわっているんだ。
何でかって?
ヒーローだからだよ。
紅子のヤツ、小学校にあがる前から特撮ヒーロー番組だけはしっかりと見ていたらしい。そんな風に見えなかったけどな。アイツのヒーロー好きは筋金入りだ。
で、日々のパトロールじゃねぇけど、悪夢に悩まされている人がいないかどうか、紅子は見てまわっているんだ。
この際だから、つけてみるか。こっそりだぞ? バレないようにな?
何やっているんだよ、黒崎。早く、早く。紅子を見失う……あっ、スイマセン。はい、はい、ゴメンナサイ。気をつけます。
ほら、見ろ。黒崎のせいで、看護師さんに怒られたじゃねぇか。
あっ、いたぞ。紅子だ、紅子。おいっ、そんなに顔を出すなよ。
病院は体だけじゃなく、心も弱った人が多いだろ? 特に、子供の入院患者を中心に紅子は一人、悪夢祓いをしているんだ。
人は夢を見ることで、心のバランスを保っている。人間には欠かせない夢。その夢で苦しむ人を見たくないって。紅子は自分の家族や大切な人を悪夢から守るために、退夢師を続けているんだ。例え自分がキケンな目にあってもな。ほら、ああやって。
スゲェ、いい顔していると思わないか? あれが、二年前までマネキンのように表情がなかった女子の顔に見えるか?
アイツは退夢師の大切さを知っている。退夢師であることの辛さも、怖さも。
いくら人よりガサツに見えても、紅子だって小六女子だ。折れそうになる心をグッとこらえて、強がっているんだ。だから、オレたちが助けてやるのさ。紅子はオレたちの大切な仲間だからな。まぁ実際は、オレたちが助けられる方が、ずっと多いんだけど。
ってわけで、みんなはともかく、オレからの個人的お願いだ。
また、一緒に悪夢祓いをやらないか?
黒崎の想像力と表現力は目を瞠るものがある。オレは確信した。
全国で一番になった絵もそうだけど、病室でオレたちの絵を描いてただろ? 頭の中のイメージだけで描いた絵とは思えないくらい上手かった。黒崎のダミーも凄くいいできだったし、悪夢祓いでの戦い方も堂に入ってた。意外にも、ほかの誰より夢に適したヤツなのかもしれない。ははっ、『意外にも』はよけいだったか?
とにかく、頼む。悪夢祓い倶楽部には黒崎が必要なんだ。
何だよ、その不満そうな顔は? 悪かったな、女子じゃなくて。
何? 『夢恋の君』にお願いされたかった? そうきたか。
んあ? 『夢恋の君』が誰かなんて、オレは知らねぇよ。
えっ、何? そんなにモゴモゴしゃべるなよ。らしくねぇな。
あ? やよいが『夢恋の君』じゃないかって? おやおや? もしかして、『いいな』とか思っちゃったり? いやいや、茶化しているわけじゃねぇって。そんなに、怒るなよ。
まぁ、ジョウダンはこれくらいにして、実際『夢恋の君』と会ったら、『この娘に間違いない!』って、すぐわかるから、それまでイライラして……? ハラハラ? ワクワクして待っていろよ。
デジャヴだってそうだろ? 例えば『この景色、見たことあるような気がする』じゃなく、『この景色、見たことある!』って言い切れることの方が断然多いし。当たり前と言えば、当たり前だよな。『気がする』んじゃなくて、読み出された夢で、一度見ているんだから。
悪かったな。時間取らせて。
病院の中、ウロウロしていて、紅子に見つかる前に帰るわ。四六時中あのテンションとつき合うのはキツイからな。
まっ、あとは黒崎の判断に任せる。たとえ、悪夢祓い倶楽部に戻らなくても、今まで通り話しかけてくれよ。
オレたち、友だちだろ? じゃぁ、明日、学校でな!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます