1-5

 夢ヶ咲さんは腕を組んで眉間にシワを寄せている。ボクは夢ヶ咲さんをジッと見つめ、ゴクッと息を飲んだ。


「時に、おいしそうよね?」

「食べるのかよ!?」


 悪夢祓い国家資格認定退夢師、夢ヶ咲紅子……大丈夫か、この子?


 四人とも再び大きな口をあけてボクを見る。ボクは片目に手をそえて弱々しく首を振った。

 夢ヶ咲さんのせいですべてが台無しだ。ツッコミ厳禁を心に誓ったはずなのに。

 ボクは夢ヶ咲さんと漫才コンビを組んだ覚えはない。

 浅黄くんは『面白い』って言ってくれたけど、『目立たず、飛び出さず、ひっそりと』を心がけるボクにとって、キャラクターの崩壊は今後の学校生活に支障をきたす。


「ハァ……」


 疲れた。何だかとても。

 結局、『夢恋の君』について、たいした情報は得られなかった。

 今日は帰ろう。早く真弓のところへ行ってやろう。学校に変な連中がいたと、面白おかしく盛って話をしてやろう。エンターテイメント小説のように。

 ボクは自分の席に戻ってランドセルを背負う。


「今日は色々と教えてくれて、ありがとう。もう、帰るよ。入院している妹のところに行かなきゃいけないんだ。じゃぁ、また明日……」

「待ちなさい!」


 夢ヶ咲さんが机の上を軽快に飛び跳ね、ボクを追ってくる。

 何? 何ごと?

 うろたえるボクの足は、無意識に逃げの一手だった。

 ガタン、ガタンと、机やイスにぶつかりながら、一心不乱に走るボク。小動物を追い詰める肉食獣のように、目をランランと輝かせる夢ヶ咲さん。そして、ボクが教室の引き戸にたどり着く前に、夢ヶ咲さんにランドセルをつかまれる。


「これを……」


 ランドセルに夢ヶ咲さんの体重がかかる。ボクは振り返りもせず、シッポを巻いてその場から逃げ出した。もう追ってはこない夢ヶ咲さんの大きな声だけが、誰もいない校舎にこだましていた。


「また、あとでね~!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る