第9話 女性化と運動能力

 僕がグラウンドに到着すると、クラスメイトたちは既に集合していた。


 面白い!皆、僕の胸を見ないようにしているけど、目が泳いでいて視線が僕の顔と胸の間を行ったり来たりしてる。


「お前、服装は自由にして良いって学校に言われてるんだろ?だったら、無理しないで女子の服を着れば?」


 大島が僕の胸をがっつり見ながらそう言った…人と話す時は目を見て喋れよ…。


「女子の服って?」


 まさか、ブルマーとかを穿けって事か?


 今時は、誰もブルマーなんて穿かないよ…あれは、アニメの世界だけの物だ。


「スカートとか穿いた方がいいよ。ズボンは変だよ」


 あっ、制服の話か。


「変かなあ?」


 僕がそう言うと、男子たちは一斉に僕のパンツルックが如何におかしいかを力説してきた。


 こいつら…単純に僕の女性化した体が見たいだけだろ…。


 でも、確かに僕の制服姿は女子が男装している感じがした…。


「でも、スカートとか持ってないし…」


「俺の姉ちゃんのお下がりで良かったら持ってくるよ!」


「サイズを教えてくれたら買ってくるけど」


 何だこれ…そんなに僕にスカートを穿かせたいの?


「うん、考えておくよ」


 僕が話を終わらせようとすると、都合良く体育の先生がやって来た。


 今日の授業は体力測定を兼ねた走り幅跳びだった。


 僕は元々、運動が苦手ではなかったが、体が女性化し始めた中三の頃から足が遅くなっていた。


 体が女性化するという事は、狩りに適さない…つまり、運動に適さない体になるという事なのかもしれない。


 部活をどうしよう…。


 僕の学校は進学校で、部活には力を入れていなかったが、僕はバドミントン部に所属していた。


 文科省の通達によれば、僕は部活の公式戦に女子として参加出来るそうだが、男子校から女子の選手が出場する事は変だし、男子の試合に見た目が女子の選手が出場する事も変だ。


 それに真剣に部活をしている学校もある。


 もし戸籍上の性別が男である僕が、女子の公式戦に出場して勝ったりしたら問題になるだろう…。


 高校の部活は、教育の一環という建前になっているが、実際はプロスポーツやオリンピックへの登竜門にもなっている。


 仮に、僕が性転換手術を済ませ戸籍上の性別が女に変わっても、オリンピック等の国際ルール的には、僕の性別は男のまま一生変わる事はない。


 僕が女子選手として公式戦に出場出来るのは、日本の文科省が定めたローカルルールによる物で、国際ルール的にはアウトだ。


 僕が部活をするのは、避けた方が良さそうだ。


 学校サイドも困るだろうな…何か問題が起これば、僕に対する人権侵害とかになるし…。


 実は、男子校である我が校が、僕を受け入れる事になったのは、民間の人権擁護団体の存在が大きかった。


 僕自身は学校を辞めるつもりでいたのに、人権擁護団体が頼みもしないのに学校に圧力を掛けていた。


 彼らは誰かと喧嘩がしたいだけの団体だ。


「弱者」の威を借る虎だ。


 学校で問題が生じれば、きっと彼らが首を突っ込んで来るに違いない。


 面倒臭い事になりそうだ…。


 やっぱり、部活は辞めるしかないか…。


「ゆきりん!お前の番だぞ!」


 はあ、運動はしたくないな…。


 僕は本気で走り幅跳びをしたが、記録は5メートル96センチだった。


 5メートルって…。


 中学の時は、7メートル近く飛んでいたのに…。


 皆、何をニヤニヤしてるんだよ…そんなに僕の記録が面白いか?


 僕は少し不機嫌になって、出席番号順に大島の隣に座った。


「お前凄いな!」


 はあ?何を言ってるんだ?


 自分は7メートル近く跳んでるくせに…。


 嫌味か?…でも大島は空気が読めない奴だが、嫌味が言える奴ではない…。


「走っている時、凄く揺れてたぞ!何カップあるんだ?」


 グラウンドの空気が凍りついた。


 男子たちは、何を聞いているんだよ、という気まずい表情で僕から目を逸らせた。


 僕はノーブラの時の胸の揺れを経験していたので、今走った時は、胸が揺れる痛みを感じていなかった。


「そんなに揺れてた?」


「もう凄かったよ!こんな感じで、ワッサワッサ揺れてたよ!」


 大島は両手で僕の胸が揺れる様子を再現してくれた。


「やめとけよ!そんな事聞いたらダメだろ!」


 前田が大島に注意をした。


 前田だって、僕の胸を見てアソコを勃起させてたクセに…。


「あっ、ごめん…」


 大島は、ようやく自分が地雷を踏んだ事に気づいたようだ。


 僕は大島にペナルティを科せる事にした。


「気にしなくていいよ。次から揺れないように気をつけるから。教えてくれてありがとう」


 これで大島は、僕の揺れる胸を見る、という楽しみを奪われた男子たちから制裁を受ける事になるだろう。


 すると、田中が

「でも、本当に凄いと思うよ…確か女子の日本記録は6メートル50センチくらいの筈だから」

と言った。


 陸上部の田中は僕の記録を褒めてくれて、日本記録更新の為のアドバイスをしてくれた。


 田中は頭が良いが、むっつりスケベだ。


 その手には乗らない…田中のアドバイス通りに走れば、きっと僕の胸は大きく揺れる事になるだろう。


 それに、僕が女子の日本記録を更新しても、なんの意味もない…というか、もし県大会とかで日本記録を更新したら、色んな大人を巻き込んだ大問題になるだろう。


 結果的に僕の記録は一回目が最高記録になった。


 二回目以降は、胸が揺れないように注意して走ったからだ。


 踏切りが決まれば、あと20~30センチは記録が伸びていたかもしれないが、それでも中学時代の記録には遠く及ばないし、女子の日本記録に肉迫してしまう…。


 やっぱり、部活を辞めよう…。

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