第29話 Mikane cat ミカネキャット
その後も僕は、従姉妹たちに駅ビルの中を連れ回された。
僕は既に靴を二足も入手していたし、購入予定のなかったウィッグまで入手していた。
えっ、洋服?…洋服はもういいよ。
うわっ、女の子たちが僕を見てくる。
「いらっしゃいませ~」
ショップの店員さんだ…僕とは住む世界の違う人種…おしゃれで綺麗な人だ。
男子だった僕は、下校時に見かけるショップの店員さんたちが眩しく輝いて見えた。
きっと、学生時代はクラスで一番可愛くて皆からチヤホヤされて、今は読者モデルとかをしているんだろうな…。
あれっ…でも、よく見れば、僕の方がスタイルが良いかも?
僕とショップの店員さんが同じ鏡に並んで映った。
客観的に見ても、スタイルは圧倒的に僕の方が良い…理絵にメイクされた顔も負けていない…て言うか、僕の方が顔が小さいし可愛いかも…。
僕と比較すると、ショップの店員さんは出来の悪いおもちゃみたいだった。
顔が大きいし、背が低くて脚が短い…気合の入ったメイクから「頑張ってる感」が伝わってきて可哀想な感じがする。
僕の比較対象となるのは、このマネキンの方かも知れない。
僕はマネキンの前に立って、自分のスタイルと比較してみた。
「ゆき姉って、マネキンよりスタイルが良いね!」
千尋が店員さんに聞こえるように言うと、店員さんは逃げるように去っていった。
「そんな事ないよ…それより、そろそろ…」
僕が理絵の顔を見ながら言うと、理恵は僕に時間がない事を思い出してくれた。
しかし、下着屋さんの前を歩いていると、理絵は当然のようにお店に入ってしまった。
えっ、まだ買い物をするの?
このお店は、以前母と来た下着専門店とは趣が違う…商品の色使いが派手で変わったデザインの物が多い。
「これなんか似合うと思うよ」
理絵は派手なショーツを手に取り僕に勧めてきた。
「下着は何枚も持ってるからいいよ」
「ダメよ!おしゃれは下着から!ダサい下着ばっかり穿いてたら勿体無いよ」
理絵はガードルの事を言っているのだろう…僕も可愛い下着を穿きたいけど、体の構造的に無理なんだよね…。
理恵は頑なに下着の購入を渋る僕に負けて、自分用の下着を購入した。
「はい!これ、プレゼント!私たちとお揃いのキャミワンピ!」
「千尋ともお揃いだよ!」
理絵は僕に下着をプレゼントしてくれた。
きっと、僕が下着を買わないのは金銭的な理由だと勘違いしたようだ…。
確かに、会社の経営者とサラリーマン家庭とでは収入の格差があるが、うちは下着が買えない程に貧乏ではなかった。
しかし、理絵には悪気がない様子だったので、僕はお礼を言ってプレゼントを受け取った。
その後も理絵は色んなお店に立ち寄り、僕たちが家に戻ったのは夕飯前だった。
結果的に、僕は色んな化粧品や小物を買う事になったが、その全てが女の子に必要な物ばかりだった。
当初、一時間の予定だった従姉妹たちの僕を使った着せ替え人形ごっこは、結果的に三時間に及んだが、僕にとっても有意義な時間だった。
その後、従姉妹たちは僕たちと一緒に夕飯を食べた。
母の手料理は美味しいようで、従姉妹たちは母の料理を絶賛した。
仕事の忙しい伯母は、手料理をあまり作らないようだ。
僕が当たり前だと思っていた母の手料理は、従姉妹たちを感動させる程に美味しい物だった。
母の料理に満足した従姉妹たちは、父の車に乗せられて帰って行った。
部屋で一人になった僕は、自分の女としてのポテンシャルの高さに興奮していて、勉強が手につかなかった。
僕はドレッサーの空の引き出しに、買ったばかりの化粧品や理絵からもらった化粧品を整理しながら、鏡に映った自分の顔を見ていた。
やっぱり、ウィッグを被った僕は可愛い。
理絵から貰ったロングのウィッグも良いけど、新しく買ったショートボブのウィッグも似合ってる。
僕を見た父も嬉しそうにしていた。
男は美人を見ると無条件で笑顔になるようだ。
父のあんな顔を見たのは初めてだ…きっとあの顔は、夜のお店に行った時にする顔だ。
僕は本物の女性より女らしいかも…でも、ここが男なんだよな…。
僕は自分の股間を触った。
そうだ!小嶋先輩がしていたタックを試してみよう。
僕は、ネットで「タック 股間」と検索してみた。
凄い!いっぱい出てきた!
これ全部、男の股間なんだ…凄い…。
睾丸を体内に押し込むのか…不妊症になる危険性があるって書いてある。
でも、僕は既に不妊症だから関係ないか。
へえ、難しいテクニックみたいだ…睾丸を体内に入れられない人もいるんだ…。
なんか難しそう…でも、ちょっとお風呂で試してみようかな。
そうだ、忘れる所だった、理絵から貰ったプレゼントを仕舞わなきゃ…。
プレゼントの袋には、花柄のキャミソールが入っていた。
うわっ…凄く女らしい下着だ…キャミワンピって言ってたな…下着じゃないのかな…でも、外には着て行けそうにない…部屋着にするか…あれっ、まだ何か入ってる…。
袋の底には黒いレースの塊が入っていた。
えっ、レースのショーツだ…スケスケでかなり小さい…しかも、横が紐になってる…こんなのを穿いたら、通常の状態のおちんちんでもはみ出すよ…これは履けないな…。
僕は理絵からのプレゼントをクローゼットの中に仕舞った。
かなり女物が増えたな…一週間前とは大違いだ。
あっ、そんな事より自分の名前を考えないと…。
僕には宿題以外にする事が多くあった。
どうしよう…男の名前が「よしのり」だから「よしこ」?…ないな…。
でも、自分らしい名前の方が良いし…クラインフェルター症候群だから「クライン」?…どこの国の人だよ…。
オスの三毛猫だから「ミケ」?…猫の名前だ…。
三毛猫って英語で何て言うんだろう?…「Mikane Cat」…ミカネキャット…。
ミカネってどういう意味なんだろう?
へえ、ミカネは固有名詞なんだ…三毛猫って日本の固有種だったのか。
なるほど、ミケネコの英語訛りがミカネなんだ。
英語は単語の最後にあるKとかTを発音しないから、ミケネコがミケネになって、ミケネが訛ってミカネになったのか。
ミカネ…変わった名前だけど、いいかも…僕らしい。
僕は一階に降りて、母に自分の考えた名前を伝えた。
「ミカネ?…変わった名前ね…でも、いいかも!で、意味は?」
僕は名前の由来を母に伝えると、母の表情が曇った。
名前の由来が僕の病気であるクラインフェルター症候群から来ている事が気になるようだ。
「別に絶対にその名前にしたい訳じゃないし、母さんが考えてくれた名前でいいよ」
僕はそう言い残して、お風呂に入る事にした。
母を傷つけたかも…。
僕は少し後悔していた。
でも、僕がクラインフェルター症候群である事は事実だし、僕はその事に負い目を感じていなかった。
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