第6話 お願い…僕を見ないで…

 いつもの駅…僕は女としてプラットホームに立っていた。


 緊張する…。


 いつもの電車が入ってきた…風が頬を撫でる…前髪が揺れた。


 えっ、どうしよう…前髪が崩れたかも…。


 僕は動く電車の窓ガラスを鏡にして前髪をチェックした。


 大丈夫…可愛い…。


 皆が僕を見ている?


 気のせい?


 僕が電車に乗り込むと、僕の女物のパンツスーツとよく似た制服を着た男子がいた。


 同じ学校の生徒だ。


 大丈夫、話に夢中で僕を見ていない。


 あっ!僕を見てきた!


 何か喋ってる!


 何を喋ってるのだろう?


 怖くて男子たちを見られない!


 僕は閉まった電車のドアに向かい景色を眺める振りをして、ドアのガラスを鏡にして男子たちを観察した。


 やっぱり、僕を見ながら話をしている…二人とも顔がニヤけてる…何を話しているんだ…手汗が出てきた…。


 電車は次の駅に到着した…うわっ、大量の男子たちがホームに溢れてる!


 この駅はJR線と連絡していて、ホームにいる乗客のほとんどが同じ学校の生徒だった。


 僕は反対側のドアに移動して後ろを向いた。


 お願い…僕を見ないで!


 皆が僕の噂をしている気がする…。


 こんな事なら自転車にすれば良かった…。


 ダメだ!帰りたい…。


 そうだ…無理をして学校に行かなくても良いんだ…今日も休もう…。


 やがて、電車は学校の最寄り駅に到着した。


 僕は身を潜め、反対側のホームに向かった。


「柏木!」


 僕を呼ぶ声がした…僕と同じクラスで隣の席に座る前田だ。


「久しぶり!体、大丈夫か?心配したぞ」


 前田は、いつものように僕に話しかけてくれた。


「おはよう…うん…体は大丈夫だよ」


「そうか…先生から事情は聞いたよ、大変だったな。でも、元気そうで良かった。先週の授業のノート、いつでも貸すから遠慮なく言えよ!」


「ありがとう。助かるよ…」


 僕は、前田の以前と変わらない態度に安心し顔を上げた。


 すると、前田は少し驚いた表情で言った。


「何か、少し雰囲気が変わったな…何て言うか…その…可愛く…」


 すると、後ろから大きな声が聞こえた。


「よう!おはよう!」


 同じクラスの田中と宮崎だ。


「ゆきりん!久しぶりだな!」


 田中と宮崎も、いつもと同じように僕に挨拶をしてくれた。


 因みに「ゆきりん」とは、僕のあだ名だ…。


 僕の名前は、柏木由紀かしわぎよしのり…そう、読みは違うが、あの国民的な女性アイドルと同じ名前だ。


 勿論、両親は狙ってこの名前を付けた訳ではなく、偶然、同じ名前になってしまったのだ。


 僕が小学生の頃に柏木由紀かしわぎゆきさんはアイドルとしてデビューし、それ以来、僕は皆から「ゆきりん」と呼ばれるようになった。


 そして、彼女がスキャンダルを起こす度に、僕のあだ名も「シャネリン」とか「テゴリン」に変わっていった…。


 頼むから、もう少し大人しい芸能活動をしてくれよ…柏木さん…。


 しかし、今思うと僕は、体が女性化する前に名前が女性化していたんだな…。


 「おはよう…久しぶり」


 僕が返事をすると、田中と宮崎はいつもの笑顔で僕に接してくれた。


 普通の対応だ…。


 僕は自意識過剰だったようだ。


 僕の緊張は解けていった。


 僕はクラスの男子たちと一緒に学校へ向かった。


 いつもと変わらない景色…いつもと変わらない会話…そして、いつもと変わらない学校…。


 あっ、生活指導の渡辺先生だ!


 何か言われるかも…。


 校門で仁王立ちしている生活指導の渡辺先生は、仁王のような表情で正規の制服を着ていない僕を睨みつけたが、何も言わずにスルーしてくれた。


 良かった!やっぱり僕は、制服以外の格好で登校しても問題ないんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る