第3話 初めてのブラジャー

 胸の膨らみを隠す必要のなくなった僕は、女性用のブラジャーを装着する事にした。


 それは、サポーターで胸を潰す事が苦しかったからだ。


 しかし、胸を押さえる物がない状態…つまり、ノーブラになると、僕の胸は歩く度に大きく揺れ痛みを感じた。


 その痛みは激痛ではなかったが、乳房が上下に弾む度に肋骨や肺に衝撃が伝わり、まるで、ゴリラがドラミングをするように、常に胸を叩かれている感じだった。


 また、敏感になった乳首も、胸が揺れる度にシャツと擦れて痛みを感じた。


 特に、壁や扉に乳首を擦った時の痛みは激痛で、その場でうずくまる程だった。


 女性と同じ乳房が出来た僕には、女性用のブラジャーが必要だった。


 日曜日に母と二人で買い物に出掛けると、僕が女になる事に理解を示してくれた母は、いつもよりも嬉しそうにしていた。


「今だから言うけど、お母さん、本当は女の子が欲しかったの。だから、由紀よしのりが女の子になるのは嬉しい!」


 僕の染色体異常が自分の責任だと思っている母は酷く落ち込んでいて、僕が女の性別を選んだ理由の一つは、母のショックを和らげる為でもあった。


 生まれた時から心が女だった僕が体も女になる…その方が母の心の負担が軽くなると考えたからだ。


 僕は母に対し、仲の良い娘のように振る舞う事にした。


 しかし、初めて行った女性下着専門店は、男の僕には眩しく感じ、女物の下着を直視する事が出来なかった。


 女性下着専門店には、淡い色のブラジャーやショーツが氾濫し、下着姿の女性の写真が至る所に貼られていて、僕はどこを見て良いか分からなかった。


 僕は恥ずかしくて下着を触る事が出来ず、母に

「シンプルなデザインなら、どれでもいいよ…」

と言って、下着選びをキャンセルしたが、試着室で店員さんに測られた胸のサイズを聞いて自分の耳を疑った。


 アンダーバストが68センチ、トップバストが85センチ…。


 僕の胸は半年前に測った時よりも大きくなっていた。


 すると、店員さんは同じデザインのブラジャーを三枚も持って来た。


 えっ、全部サイズが違う?…C75にD70、それにE65…えっ!Eカップ!半年前はAカップだったのに!


 確かに、通常の三倍の速さだ…。


 僕がブラジャーのタグを見て驚いていると、店員さんが

「失礼します」と言いながら、僕がいる試着室に入って来てカーテンを閉めた。


 えっ、どういう事?


「それじゃあ、トップスを脱いで貰えますか?」


 店員さんは、僕が初めてブラジャーをする事を母から聞いていたので、僕に正しいブラジャーの装着方法を教えてくれるようだ。


 おっぱいを他人に見られるのは恥ずかしい…でも、仕方ないか…。


 僕は若い女性の前で、母から借りたブラトップを脱いで上半身裸になった。


 このブラトップは、僕が初めて着用した女物で、見た目はタンクトップと全く同じ物だったが、装着方法が普通ではなく、ズボンのように下から穿く物だった。


 女物と男物とは、見た目以上の違いがあるようだ。


「まあ!綺麗な形ですね!本当に大人のブラは初めて?」


 本物の女性なら胸の形を褒められる事は嬉しい筈だ…。


 しかし、男の僕にとっての胸の膨らみは、単なるコンプレックスでしかなかったので、店員さんのお世辞も嬉しく感じる事はなかった。


「はい…」


 すると、店員さんは僕の胸に、サイズの異なるブラジャーを次々と当てていった。


 何だこれ!どのサイズもぴったりだ!


 僕のおっぱいは、CカップもDカップもEカップも、全てにフィットしていた。


 どういう事?


 僕はブラジャーを手に取って見比べてみた。


 そうか!カップの幅と深さが違うんだ!


 C75のカップよりE65の方が、カップの幅が狭く、膨らみが深く作られていた。


 なるほど、どのカップも容積は一緒なんだ!


 男の僕は、友達とグラビアの女性を見ながら、カップのサイズの大小で盛り上がっていたが、乳房の大きさはアンダーバストのサイズと一緒に検証しないと意味がない事を知った。


 同じおっぱいでもアンダーバストのサイズによってC~Eまでのバラつきがあるなんて…。


 おっぱいの下のラインと、ブラジャーのワイヤーの形状が一致する物を選べば良いのか…。


 そいう事なら、僕にはD70のブラジャーが一番しっくりくる。


 すると、店員さんは試着室から出て行き、ワンサイズ小さいC70のブラジャーを追加で持って来た。


 C70のブラジャーは、先ほど試着したD70と比較すると、カップの幅が一緒で、膨らみが浅く作られていた。


 やはり、Cカップだと小さい…僕はDカップだ!間違いない…。


 でも、いつの間にDカップになったのだろう?…巨乳じゃないか…。


 いくらサポーターで押し潰しても、Dカップの大きさを隠す事は無理だ…皆にバレるのも当然か…。


 僕は自分のブラジャー姿を改めて確認した。


 D70のブラジャーは、僕の外に向かって膨れている乳房を内側に寄せ、それと同時に上に向けて持ち上げていた。


 凄く盛り上がってる…谷間が凄い…お尻の割れ目みたいだ…。


 今までの僕は、胸の膨らみをサポーターで押し潰していたので、常に胸が苦しい状態だったが、胸が膨らんだ人の為にデザインされたブラジャーは着け心地が良く、見た目ほど窮屈な物ではなかった。


 それに、動いても胸が揺れる事はなく、乳首が擦れる事もなかった。


 凄い発明品だ!


 ブラジャーを発明した人は、きっとノーベル賞を受賞したに違いない!


 もっとも、ダイナマイトとブラジャーは、どちらが先に発明されたかは知らないが…。


 いずれにしても、僕の乳房の痛みは全て解消されていた。


 僕はブラジャーが気に入った。


 しかし、誕生日に母からブラジャーをプレゼントされる日が来るとは…人生、何が起こるか分からない…。


 その後、女物の洋服を売っているお店にも連れていかれたが、僕は既にブラジャーを装着しているのに、女の子らしい洋服に抵抗があった。


 可愛いワンピースを勧めてくる母に対し、僕はなるべくユニセックスなデザインの女物を選ぶ事にした。


 そして、意外だったのは財布やバッグ等の小物にも男女の違いがある事だった。


 女になるのも大変だ…。

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