第26話 女としての名前
僕は返品可能でサイズが合わない新品の制服を男子たちに返却し、新しい制服に着替える事にした。
一口に制服と言っても、色んなバリエーションがあるんだな…これなんか、可愛いかも!
僕はセーラー服なのに、ワンピースになっている制服を手に取った。
コスプレ衣装じゃなくて、本物の制服だ…へえ、熊本の高校の制服なんだ…どんなルートで手に入れたのだろう?
僕は、しっかりとした作りの制服に袖を通した。
いいかも!可愛い!
水色がベースのセーラー服は、襟と袖が白色で清涼感のあるデザインだった。
白いスカーフが付属してる…これで、いいのかな?
僕は、昨日のファッションショーの時に、従姉妹から教えてもらったリボンの結び方でスカーフを装着した。
でも、やっぱりスカート丈が短い…。
身長が172センチもある僕は、どんな洋服も丈が短くなる傾向が強かった。
スカート丈は、長さによって呼び名が変わるそうで、最も長いタイプを「マキシ丈」と呼び、それより短くなると「ロング丈」「ミモレ丈」「膝丈」「膝上丈」「ミニ丈」「マイクロミニ丈」と名称が変化した。
恐らく、この制服のオリジナルのデザインは「ミモレ丈」か「膝丈」の筈だが、僕には「ミニ丈」の長さになっていた。
まあ、いいか…今までで一番長いし。
僕は付属品のベルトをウエストに巻いて、窓ガラスに映った自分の姿を確認した。
凄い!脚が長く見える!
それに、シンプルなデザインだから、僕のベリーショートの髪型とも相性がいい。
でも、上履きと靴下が最悪だ…。
家を出る時に母から借りた、足の裏だけを覆うフットカバーという靴下が、まるで裸足で上履きを穿いているように見えた。
パンツスタイルの時は足首だけが見えていたので違和感がなかったが、ミニスカートを穿くと生脚の露出が多すぎて下品に見える。
昨日、履いていた靴下は家に持って帰ってしまったし…何か代わりの靴下はないのかな…。
あった、でも…タイツかな?…いや、長いソックスだ…あっ…ニーハイソックス…コスプレ用だ。
これはコスプレ衣装の付属品だ…でも、品質は普通のソックスと同じだ…そうか、靴下は既製品の方が安いから、コスプレ用でも普通のソックスが付属されているのか。
僕はニーハイソックスを履くことにした。
うわっ、脚の露出が減ったのに、何故かエロく感じる…これが噂の絶対領域か…。
でも、生脚よりもずっとマシだ。
僕は改めて全身を窓ガラスに映してみた。
正規の制服なのに、ニーハイソックスのせいでコスプレ感が強いな…でも、可愛いかも…これで、いいか。
僕の見た目からは、生脚を強調した風俗嬢感がなくなり、アニメに出てくる女子高生っぽくなっていた。
僕は最後の確認で、両手を上げてみた。
ダメだ…ワンピースがずり上がって下着が見えそうだ…。
仕方ない、今日も見せパンを穿こう。
僕は更衣室を出て、廊下に集まっている男子たちにセーラー服姿を披露した。
今までで最も丈の長いスカートなのに、僕を見た男子たちの反応は上々だった。
やっぱり、男子はニーハイソックスが好きなんだな。
でも、今時の女子でニーハイソックスを履いている子なんていないので、この格好は校内限定にしておこう…。
昼食を食べ終わった僕は、渡辺先生と会う為に職員室を訪ねた。
すると、女性教諭たちが僕の周りに集まり、僕の制服姿を「可愛い」と言って褒めてくれた。
女性にも、この制服は評判が良いんだ。
「悪いな…こっちに来てくれるか」
生徒指導の渡辺先生は僕を見つけると校長室に案内した。
ここって応接室になってるんだ…校長は不在か。
あっ、教頭先生が来た。
「そこに座って…今日来てもらったのは、君の学生証の件なんだが…」
学生証…?
僕が呼び出されたのは、意外な要件だった。
女子生徒として、この学校に通う事になった僕は、通称名の使用が許されていた。
通称名とは、将来僕が戸籍上の女になった時に改名する予定の名前の事で、学校では僕を差別しないように女性の名前で呼ぶ事になっていた。
それは、心の性別が女性の生徒が、男の名前で呼ばれる事で傷つかないように、文科省が定めたルールだった。
僕は偶然にも、女性でも通用する「由紀」という名前だったので、その事について深く考えていなかった。
由紀の読み方を「よしのり」から「ゆき」に変更すればいいだけの話だったが、戸籍の性別や続き柄を「長女」に変更する僕は、全く違う名前に変更しても手続き的な難易度には影響がなかった。
女の名前か…考えてなかった…このまま由紀でもいいけど、この名前は国民的アイドルと同じ名前だ…変えられるなら、変えた方がいいかも…。
「…で、急かして悪いんだけど、来週までに通称名を決めて報告してくれないか?」
教頭先生は、未記入の家庭環境調査票を僕に渡しながら申し訳なさそうに言った。
恐らく、教育委員会に報告しないといけないのだろう。
面倒を掛けて、ごめんなさい…。
教室に戻った僕をクラスメイトたちは心配してくれたが、要件が名前の件だと分かると、皆、色んな名前を提案してくれた。
いや…君たちに名付け親になって欲しい訳ではないんだけど…。
やっぱり、自分の名前を自分で決めるのは変だ…親に決めてもらおう…。
放課後になり、僕が下駄箱に入ったファンレターを回収していると、小嶋先輩がやってきた。
僕は、昨日約束していた女物の洋服と、大きすぎて着られなかった女子の制服を入いれた紙袋を渡した。
先輩はオカマっぽい仕草で喜びを爆発させた。
えっ!いいの?皆に性同一性障害だってバレるよ…。
しかし、先輩を見る彼の同級生たちは、驚いたリアクションをしていなかった。
そうか…同級生にはとっくにバレてるのね…。
そうだよな…全校生徒から注目されている僕は色んな噂をたてられていたが、先輩と一緒にいる事に対する噂は一つもなかった。
先輩は、この学校での唯一の同性だった。
取り合えず先輩に喜んでもらえて良かった。
僕はローファーに履き替える前にトイレに行く事にした。
性別がややこしい僕は、駅等の公共のトイレを使用出来なかったからだ。
戸籍の性別が男である僕は、男子トイレを使用しても法律的には何の問題もなかったが、もし、僕がミニスカートを捲って立小便をしていれば、トイレ内は軽いパニックになるだろう。
勿論、そんな事をするつもりはないが、僕が男子トイレに入る事は避けた方が良さそうだ。
しかし、僕が女子トイレを使用すると、建造物侵入の罪に問われる可能性があった。
僕が公共の女子トイレを使用出来るようになるには、最低でも性同一性障害の診断書が必要で、性同一性障害の診断書を貰えるのは、早くても二年後だ…十八歳になるまでは、なるべく家と学校のトイレで用を済ませよう。
僕が来客者用のトイレに入ると、何故か小嶋先輩も後を追ってきた。
「ゆきちゃんに良いものを見せてあげる!」
僕は嫌な予感しかしなかった。
小嶋先輩は僕の背中を押して、誰もいない来客者用のトイレの個室に僕を押し込んで便座に座らせると、自分も一緒の個室に入り、制服のズボンを脱ぎ始めた!
えっ!何してるの!
先輩はズボンとパンツを膝まで下ろし、僕に自分の股間を見せて来た!
「凄いでしょ!」
便座に座った僕の目の前にある先輩の股間には男性器がない状態だった!
えっ?何?これ…。
「今日ね、ゆきちゃんに見てもらおうと思って、気合を入れて作ってきたんだ!」
先輩の股間にはペニスがない状態で、その代わりに少し恥丘が盛り上がった女の子の割れ目があった…。
「これが、昨日言ってたタックよ!今日は特別に接着剤を使ってるから本物みたいでしょ!」
確かに、先輩の股間は女の子の股間に見えた…しかし、体毛が濃い…陰毛は剃っているみたいだけど、お腹や太ももに縮れた毛が生えてる…それに、肌質が男だ…毛深かった晴香とも肌質が違う…。
汚い…男の下半身だ…。
僕は先輩の股間を「女の子みたいですね」と言って褒めてあげた…早く仕舞ってくれよ…。
小嶋先輩は自分の股間の自慢をすると、個室から出て行ってくれた。
あんな方法があるんだ…体毛や肌質は兎も角、形状は本物の女の子に見えた…。
僕は自分の男性器を見ながら、自分が先輩と同じようにしたら、どうなるかを考えていた…。
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