第23話 将来の不安

 部活がなくなった僕は、今日も早めに帰宅した。


 あれっ、今日も家の駐車場にベンツが停まってる…。


 すると、ベンツの運転席から伯母が降りてきた。


「おかえり!」


「あっ、こんにちは…昨日は、ありがとうございました」


「いいのよ!そんな事より…伯母さん…謝らないといけない事があって…昨日は変な事を言って、ごめんね…ニューハーフとか…」


「いえいえ!そんな事、気にしてませんよ!それよりも、お洋服とかエステとか、とても嬉しかったです!改めて、ありがとうございました!」


 伯母は、僕が学校から帰って来るのを車の中で待っていたようだ。


 きっと、晴香から注意されたのだろう…謝罪なら電話でいいのに…。


 祖父のお葬式の時と同じくらい神妙な表情をしていた伯母は、僕の言葉を聞いて安心したのか、いつもの騒がしい伯母に戻り、僕と一緒に家に入った。


 家のリビングからは、昨日と同様に女性の姦しい声が溢れていた。


 リビングには、伯母の長女と三女が座っていて、僕を見るなり

「凄い!綺麗!本当によし君って女になったんだ!」

と騒ぎ始めた。


 我が家には、騒がしい女性が三人も集まっていて、狭いリビングは完全に容量オバーの状態になっていた。


 確か、伯母の家は鉄筋コンクリート造だった筈、木造の我が家は伯母たちの喧しさに、いつ倒壊してもおかしくない状態だった。


 やがて、従姉妹たちの興奮は収まり、この家が倒壊する危機は去ったが、彼女たちの僕に対する興味は尽きないようで、僕が部屋着に着替えたいと言うと、昨日は回避出来た即席のファッションショーを開催する事になってしまった。


 僕はアイコンタクトで、母に助けを求めたが、母も嬉しそうにしていて、昨日貰ったお下がりの洋服を全てリビングに運び込んだ。


 いつの間に整理したんだろう、ダンボール三箱分の洋服は綺麗に選別されていた。


 母は、頑なに女らしい洋服を着ない僕に、可愛い洋服を着せたかったようだ。


 まるで見世物だな…。


 でも、いいのかな?…僕が着る洋服は、全て目の前にいる理絵のお下がりで、僕が着ると彼女のスタイルの悪さが際立つけど…。


 しかし、僕の予想に反し、理絵も三女の千尋も、僕を見て興奮し喜んでいる様子だった。


「ねえ、次はこれ着て!…うわっ!凄い!腹筋が割れてる!」


 理絵は僕の下着姿を見て驚き、僕のスタイルを羨ましがった。


 男子は僕の胸やお尻にしか興味がないのに、やっぱり女性は腹筋を見るんだ…。


 身長172センチ、バスト85センチ、ウエスト55センチ、ヒップと股下が88センチの僕に着こなせない洋服はなかった。


 僕のファッションショー見て興奮しているのは、従姉妹たちだけではなく、伯母や母までも興奮していて、皆、童心に返って1/1スケールの着せ替え人形で遊んでいるようだった。


 僕は色んなタイプの女物に着替えたが、やはり女物は特殊なデザインが多く、説明を受けなければ着る事が出来ない服ばかりだった。


 勉強になる。


 それにしても、母が嬉しそうだ…僕が褒められる度に笑っている。


 僕の体の異変を知ってからの母は、自分を責めて憔悴していたので、明るい母を見ると僕も嬉しくなった。


 これって、親孝行なのかな?


 でも、自慢の「娘」を褒められている母は幸せそうだ。


 やがて、僕に何を着せても喜んでいた女性陣は、僕の髪型に不満を抱くようになっていた。


 それは、僕のベリーショートの髪型と、可愛い系の洋服が似合っていなかったからだ。


 更に、僕のほぼスッピンの顔にも注文が出てきた。


 すると、理絵が何かを思いつき

「そうだ!家にウィッグがあるから、これから家に来てもらえば良いじゃん!」

と言い出した。


 えっ!この状況が続くの?


 僕は堪らず母にアイコンタクトをすると、母は僕には宿題があると言って、理絵の提案を却下してくれた。


 良かった…。


 僕の通っている高校は進学校で、宿題も多く出されていた。


 従姉妹たちは、ファッションショーの継続を諦めてくれて、忙しい伯母と一緒に帰って行った。


 リビングが急に静かになった…台風一過とはこの事だ。


 僕は自分の部屋に戻って、宿題の準備を始めた。


 僕には今日の宿題以外に、休んでいた先週分の宿題もあった。


 しかし、将来どうなるか分からない僕に、勉強は必要なのかな…?


 普通に考えれば、僕の就職先は水商売に限定される…。


 ゲイバーやダンサーや風俗嬢…それにAV…。


 女性として、普通の職業に就けるのかな?


 それに、結婚…普通に考えれば、絶対に子供が産めないと分かっている僕と結婚する人なんていない筈だ…。


 僕の気分は沈んでいった…。


 あっ、忘れていた。


 僕のカバンの中から三通の封筒が出てきた。


 ラブレターだ…。


 僕は改めて、封筒の中を確認した。


 書かれている内容は、ラブレターというよりファンレターに近い内容だった。


 僕は安心した。


 僕は告白される事にトラウマがあった…。


 中学時代の僕は、男らしくない外見なのに女子にモテていた。


 意外かもしれないが、中性的な男はモテるようだ。


 程よくモテる事は嬉しい事だが、モテ過ぎる事は苦痛だった。


 基本的に付き合う女の子は一人だけだ。


 でも、女子たちはそんな事を気にしないで、次々と僕に告白してきた。


 女子たちは僕を廻って喧嘩をし、時にはイジメに発展する事も珍しくなかった。


 中三になった僕は、体が女性化していた事もあり、女子を遠避けていた。


 僕は受験を言い訳にして、僕に告白してきた全ての女子たちとの交際を断り続けたが、結果的に、自分に好意も持ってくれている人たちを傷つけてしまった。


 僕の事を嫌っている人を傷つける事は心が痛まないが、その逆は辛い物だった…。


 もう、誰も傷つけたくない…。


 僕が、この高校を選んだのは、進学校という理由以外に、男子校である事も大きな要因の一つだった。


 しかし、女性化した僕は、今度は男子から告白される事になってしまった。


 僕は憂鬱な気分になっていた…。

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