第33話 僕の名前は美花音

 僕は病室で暇を持て余していた。


 もう4時か…いつになったら帰れるのかな…。


 すると、母と一緒に教頭先生がやってきた。


「柏木君?…あっ、カツラをしてるから分からなかったよ…でも、身体は大丈夫そうだね」


「わざわざ、すみません…」


「いや、気にしなくていいよ、事情はお母さんと先生から聞いたよ…大変だったね」


 教頭先生は片手に僕の診断書のコピーを持っていた。


 大変だな、教頭先生も…きっと教育委員会に報告しないといけないのだろう…。


 んっ?…もう一枚書類を持ってる…家庭環境調査票だ…内容が母の字で記載されている。


「お母さんから、通称名の書類を貰ったよ。急かして済まなかったね」


 あっ、そんな話もあったな…ところで、僕の名前は何になったのかな…。


 家庭環境調査票には、母の字で「柏木美花音」と書かれていた。


 柏木美花音…かしわぎみかね…僕の新しい名前だ。


 美しい花の音…。


 ミカネという名前は僕自身が考えた名前だったが、漢字で表記されると違和感がある…。


 母は僕の考えた名前を採用したようだ…。


 僕はオスの三毛猫と同じクラインフェルター症候群だった。


 ミカネとは、三毛猫を英語読みにした物だ。


 母は病気に因んだこの名前を気に入っていなかったが、結果的に認めてくれたようだ。


 でも、名前に「美」という字が入るのは恥ずかしい…。


 僕の体は健康な状態に戻っていたが、教頭先生は病室のベッドに座っている僕を見て、登校は来週からで良いと言ってくれた。


 今は大丈夫でも、容態が急変する可能性もあるから、明日も学校を休んだ方がいいという判断か…。


「明日のロングホームルームの時間に全校集会をして、君の事を生徒に伝えないといけないし、教育委員会や土曜日の保護者会でも報告しないとね」


 なるほど、根回しが終わる前に、僕に登校されては困る訳だ。


 大変だな教頭先生も、校長よりも仕事が多いんじゃないか…それに、二週続けての全校集会も大変だ…しかも、どちらも僕の件だ…迷惑をかけて申し訳ない。


 せめて男子校じゃなかったら、もう少し楽だったかも知れない…教頭先生が過労死したら僕の責任だ。


「それにしても、長い髪の毛も似合っているね!学校にも、その髪型で通えばいいのに」


 教頭先生は。僕の顔を見ながらそう言った。


 えっ、茶髪だけどいいのかなあ?…と言うか、もう用事は済んだのかな?さっきから母と雑談ばかりしてるけど…。


 教頭先生は、よく喋る人で、母との相性が良さそうだ。


 暫くすると、教頭先生は僕の名前が記載された学校の書類を、全て柏木美花音に変更すると言って病室から出て行った。


「良かったの?名前…」


 僕は二人きりになった病室で母に確認した。


「うん!いい名前じゃない?漢字にしたら凄く可愛くなったでしょ!それに姓名判断も良いのよ!」


 母は嬉しそうに言った。


 母が気に入ってくれたならそれでいいか。


 柏木美花音…まずは僕自身がこの名前に慣れないと…。


 夕方になると、父が病室にやって来た。


 父は僕の元気そうな顔を見ると表情を和らげた。


「今日は焼肉に行くぞ!美花音の好きなタン塩の美味しい店をみつけたんだ!」


 父は僕の事を新しい名前である美花音と呼んだ。


 少し恥ずかしい…。


 僕たちが病院を出ると、二人の弟が車の前で待っていた。


「大丈夫なのか?」


 悠斗が心配そうに話しかけてくれた。


「うん!全然平気だよ」


「あの…昨日は変な事させてごめん…」


「気にしてないよ、誰にも言わないから安心して」


「ごめんなさい…」


 悠斗は昨日の事を反省しているようだ。


 昨日の件は僕にも落ち度があった…悠斗の前で裸になったり、下着姿でウロウロしたり、もっと女としての自覚を持たないと駄目だ。


「いいよ!そんな事より焼肉楽しみだね!」


 僕は明るく振舞った…。

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