私の左目は蝶を観る 19(Σ352)
「テト様―――いる?」
「うむ。おるぞ」
いつもの草原、いつもの空。
回数的には352回目の0日目。
ここから始まる二ヶ月間。
ずっと繰り返した二ヶ月間。
だがそれも、恐らく今回で終わりだと、私は妙な確信を得ていた。
「やっとクリアしたと思います。とりあえずやれる事を早いうちに片付けますね」
「う、うむ。しかしお主、えらいスッキリした顔しておるのう」
「まぁやっと答えにたどり着きましたからね。あ、今回もテト様はお魚泥棒お願いします」
「やっぱりアレは必須なのか・・・」
当然である。
あの行動で二人の駄目人間が生きて更正できるのだ。
ならば神がしょぼい魚を盗むくらい我慢してもらわねばならない。
「さて、ちゃっちゃと片付けましょう。全は急げですよ」
私は今までで一番の行動力を発揮して、最後の0日目を動かし始める。
これが答え。これが正解。
その正解は、考えてみれば当たり前で、そしてちょっぴり悲しい結末だった。
******
「ありがとぉ。私、防具店を営んでいるの。もし何か困った事があれば力になるわね! それじゃ!」
オカマの姉さんは、ずるずると簀巻きにされたオッサン二人を引きずって街の中へと消えていく。
これであの二人は明日、鉄仮面先生のお店に再就職するだろう。
まずは予定通り。
「後は宿をとって、それからハンターギルドに一度いって、その後森に戻りましょう」
「承知した。ワシがやる事は他に何かあるか?」
「うーん、特には。後はのんびり日向ぼっこでもしてて下さい」
「うむ、ではそうさせてもらおう」
テト様はそう言うと、ひょいひょいと建物伝いに飛んで行き、屋根の上を歩いて何処かへと去っていった。
よし。これで邪魔者は消えた。
もしかしたら、どこかで見張ってるかもしれないけど。
私はその足でハンターギルドへと向かう。
******
「いらっしゃいませ、ご登録ですか?」
「いえ、ちょっとどんな場所なのか見に来ただけでして・・・」
真っ向から冷やかし宣言をする私を見ても、受付の人はいやな顔一つしない。
この辺りはある意味プロだなぁと関心してしまう。
そこにいるのは、初日、すなわち私の祝福系を白日の下に晒した受付さんだ。
特に彼女に不審な点はなく、黙々と机の上の事務処理を行っている。
私はチラリと、店の一番端に設置された、私が登録に使っていた機械に目をやる。
今日はまだ「故障中」の紙は張っていない。
多分明日もまだ張られない。
尚も事務仕事を続ける受付さんの、肩を軽く叩いてこちらに意識を戻してもらう。
「あの機械多分壊れてますよ」
「っ―――え、え?」
その顔が見れたので良しとしよう。
私はそのままギルドを後にした。
******
その後、多少の買出しをしてから私は近くの森へと来ていた。
憲兵さんがナイフを貸してくれるのは今日でも明日でも同じみたいだ。
出るときに借りて、入る時に返す。
これからやる作業において、こういうしっかりした刃物は正直あり難かったので受け取っておいた。
「さてさて、こんなものかなー」
今居るのは、丁度アンジェがゴリラに襲われる辺り。
私はその周囲の木や地面に、いくつかの「罠」を仕掛けておいた。
一応、アンジェが万が一間違って引っかかっても大丈夫な様に、致死性の物は避け、ジャービス兄弟を捕らえた様な行動阻害系オンリーにしてある。
「これで因果捩れたら嫌だけど・・・多分大丈夫だと思いたい」
彼女の視界に私が現れる、助けるという事で彼女との因果が結ばれるのだと私は思っている。
要するに、自惚れかもしれないが・・・一目惚れされたのだ、私は。
アンジェの初日からのアピールの強さや、最速でのお誘いベッドイン。
これらは全部、彼女が一目惚れという突発的事態に浮き足立ったからだと私は考えた。
恐らく彼女には、既に友達以上だが恋人未満の人が居る。
そう―――恐らくはシャーリーがそうなのだ。
シャーリーが私で、アンジェリカが小姫。
そう考えたら、ポッと出の誰かに小姫を一日二日で奪われた私がシャーリーさんという事になる。
そりゃぁ逆恨みもするし殺意も覚えるよねぇって。
だから納得したし、私はこのループ脱出の最後の答えを手に入れた。
「彼女と知り合わず、だが彼女を助ける・・・それが最後の鍵、かぁ・・・きっついなぁ・・・」
幾度と無く繰り返した逢瀬。
幾度と無く触れ合った肌。
幾度と無く経験した初めての夜。
その全てを、無かった事にして私は前にすすまなければならなかった。
******
「お。来たか。では案内するとしようかのう」
「お願いします」
352回目の1日目。
午前中、森で襲われているアンジェを、前日に仕掛けた罠でゴリラの動きを封じて救出。
困惑しながらも町へと逃げ戻り、門をくぐって彼女が無事に街の中へ消えたのを確認した時。
足元に現れたテト様が「話があるでの、ついてまいれ」と、お馴染みの山にあった洞窟へと私を案内した。
「ふむ・・・やっと完成したかの。ご苦労じゃったのテトよ。楽にせよ」
「はっ」
それまで、目の前の人物に対して猫なりに背筋を伸ばして?座っていたテト様は、その言葉で香箱座りになる。
あぁ、やっぱその姿勢が一番リラックスしてるんだ・・・
「む?何をしておる早百合、おぬしもこちらに来て座らぬか。ほれアポロチョコもあるぞ、食え食え」
「い、いただきます・・・」
懐かしい・・・随分と懐かしい味である。
というか明治のお菓子好きすぎない?
もしかして明治の創立者ってこの人達の関係者だったりするのだろうか・・・いやだなぁそんな食品メーカー。
「さて、何から説明して欲しいかのう?」
「そうですね、正直全部ですが、まず―――」
そう、まずは。
私の目の前には、年の頃なら20歳前後に見える、褐色で、黒髪で、金銀様々な色の装飾品を身につけた女性。
その頭には、黒い耳―――そう、猫の耳が生えている。
彼女の容姿は文字通り「美しい」としか言葉に出来ないものであった。
かのファラオ、クレオパトラは稀代の美人だといわれていたが、恐らくはこの美人には劣るのだろう。
それほどの「神々しい女性」が今、私の目の前に居るのだ。
「貴女こそが本物というか、本体というか、ご当人なんですよね―――バステト様」
神様への質問タイムスタートだ。
******
「つまり、全部仕込みですか」
「うむ。じゃが我らの想定外も何個かあったがの。人とは実に面白い物じゃ」
全部。説明してもらった。
順序を追って、一つずつ、丁寧に。
今回は何一つ雑な説明はされなかった。
「その想定外も後で教えてください。今後に必要な知識になりそうです」
「分かった。ひとまず確認じゃ―――」
今回のループ。
端的に言えば、それは神様からの異世界入門用入試だった。
まず、一番最初の出来事である「猫を助けてトラックに跳ねられた」件。
これは「何者か」が私に関連した因果を改竄した事で発生したトラブルらしい。
つまり、意図的に私は誰かに殺されたのだ。
歴史や運命を改竄するという、とんでもない方法で私は死ぬという因果に結び付けられた。
これが想定外なのは「事実」だが、最初の説明にあった私が自力で変えてしまったのは「嘘」である。
私を異世界に送り込んだのも、その「何者か」に関した調査の為と、私という因果がこれ以上地球側のパラドクスを悪化させないための処置。
時間を巻き戻しても云々を含めて、この辺りは全て事実だという。
一応念を押したら、神の名に誓われた。
私ではない別の誰かを配置し、私が最初から居なかった事にしたのも上記の理由からである。
要するに、黒幕に対してダミーを設置してごまかしたのだ。
次に、この世界での、このループについて。
こちらは何点かの本当と嘘が、主に「テト様」にある。
まず、テト様は神ではなく、テト様こそ神の使い、要するにあの天使さんと同じ立場くらいの猫だった。
力が制限されているというのは「ある意味事実」であり「ある意味では嘘」だ。
元々言うほどのゴッドパワーなぞテト様はもっていないが、それでも神の使途としてそれなりに凄い事は出来る。
ループを1日伸ばして、二ヶ月+1日、つまり0日目を作り出したのはテト様の力。
それができるなら解決できるんじゃ?と思っていた私の考えは間違ってなかった。
例の天使だが・・・こいつが嘘だらけでちょっと驚いた。
「多分そうだと思ってましたけど、いいんですか、仮にも神の信徒の言葉に事実が何一つ無いって」
「必要な事ですから」
「てかいつまでその姿なんですか・・・」
「ふふ・・・この顔こそが本来の姿なんですよ、ビックリしました?」
いいえ呆れました。
私の目の前には、天使、もとい、ギルドの受付さんが座っている。
そう、彼女こそ私にギャル言葉でチートを授けた天使であり、発狂後に言葉聞かせるのは云々言って消えた天使であり、受付で私のステータスをぶちまけたその人である。
まぁ普通に考えて神の隠蔽を暴けるのなんて、同じ神か悪魔くらいのものだろう。
だから私も昨日、あえてハンターギルドへ行き、彼女の姿を確認してあんな事を言い残して去ったのだ。
「いやーびっくりしました。と同時に、あぁこれはクリアしたんだなと確信もしましたね。天使に嫌味言い残していくとかさすがです」
褒められても嬉しくありません。
言葉を聞きすぎたら発狂するも嘘。
好ましいと思っている相手の言葉に聞こえるも嘘。
挙句帰ったと言って姿を消したのも嘘。
ずっとこの町で状況の監視と調整をしていた様だ。
「私も、貴女がわざわざあのギャル言葉を演じていたのだと思うとビックリですけどね」
「そ、それは言わないでくださいよぉ。あれ結構恥ずかしかったんですから」
テレテレと顔を赤くしながら、何か恥ずかしそうに目を逸らす天使さん。
何か随分と久しぶりな、とても馬鹿馬鹿しい理由から来る頭痛を感じて。
―――私は少しホッとしていた。
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