因果報答 02
「いくら私が人見知りのボッチ女だとはいえ、これはあんまりじゃないですか?」
「だからー、せめてもの救済としてね―――」
生き返らせては貰えない。
それが決定事項であるのは覆らない様だ。
そういえば学校でも一度「こうだ」と決め付けたら絶対に意見を曲げない同級生や教師が居た。
神様の世界も、そういう融通の利かないルールがあるのだろう。
******
時間は、体感として1時間ほど前。
小姫と一緒に登校していた辺りに遡る。
本をしまい、小姫との会話にトキメキしながら通学路を歩いていた私は、ふと車道に小さな影を見つける。
上下遭わせて6車線ある車道の真ん中。
忙しなく車が行き交いするその道に、一匹の黒猫が蹲っていた。
あんな所で何をやっているのだろう?
最初に感じたのはそんな気持ちだった。
だが次の瞬間にはそれがとても悲惨な状況なのだと理解していた。
―――助けないと。
なぜそんな行動に出たのか自分でも分からない。
普段ならもっと冷静だったと思う。
冷静に左右を確認して、両手を振りながら走行する車に停車の意図を伝えるなどして行動しただろう。
だがその時はもう、文字通り咄嗟に飛び出していた。
「ウッシーなにしてんの!?」
後ろから小姫の悲鳴の様な声が聞こえてきたが、振り返る余裕すら無い。
体育の授業なんて無くなればいい。
普段そんな事を心の底から思っているほど文系な自分とは思えない程に身体が勝手に動いた。
車が迫っている―――分かっている。
クラクションが鳴り響いている―――分かっている。
誰かの叫びか怒鳴りか分からない声が聞こえる―――分かっている。
それでも一心不乱に黒猫の元へと駆け寄り、小さく蹲って震えるその身体を抱き上げる。
「大丈夫。もう怖くないから」
かけた言葉は猫に対してなのか、それもと自分に対してだったのか。
今となってはそれを思い出すのも難しい。
ただ震える黒猫を腕の中に抱きかかえて、目の前数センチに迫ったトラックを呆然と眺める事しか出来なかった。
驚くほど時間がゆっくりと経過している。全てがスロー再生された様な遅さで動いている。
「嗚呼。走馬灯ってこんな感じなんだね」
それが―――私の遺言となった。
******
「いやー、まさかの展開。予定が狂いまくってどうしようって感じ。ぶっちゃけないわー」
次の瞬間には、暗い部屋の中に居た。
部屋というには壁も天井も真っ黒で、自分の足元だけがぼんやりと「床」なんだなと認識できている場所に居る。
そこで声をかけてきたのは、まさに「天使」としか形容のしようが無い一人の女性だった。
「人間って凄いねー。100年に一人くらいの確立でマジ運命を覆すんだもん。マジウケるんだけど」
随分と軽い感じの言葉遣いで運命だの何だのと重たい話をしている。
この軽さは何処と無く小姫に似ている部分があって、不謹慎にもちょっといいなと思ってしまう自分が居た。
「はじめましてー。
「もう少し、言い方!」
ギャルっ子の小姫に恋していたから、こういう雑な言い方にすらもちょっとキュンしちゃう自分だけど、それでも「死」を雑に扱われるのは少し抵抗がある。
特に天使なんていう、清廉潔白の象徴みたいな存在にそんな言い方をされたのだから尚更だ。
でも嫌いじゃないと思ってしまう自分が情けない。
「あー。私たち天使の言葉って本来人間には届かないんですよー。なんでその人が「こういう言葉遣いされると嬉しい」っていうのに自動で訳されるのよねー」
「つまり、その雑なギャルみたいな言葉遣いは、私がそれを求めているからそう聞こえているって事ですか?」
「そー、そー。理解早くて助かるわー」
悔しいけど反論できない。
だって現に今、天使さんのこと少し好きになり始めている。
ごめんね小姫。私もしかしたらギャルなら誰でも良かったのかもしれない。
こんな私を許して。
「じゃあ色々説明すっけど、心して聞いてねー」
ごくり。と思わず喉が鳴る。
相変わらず緊張感の欠片もない喋り方だけど、今から突きつけられるのは私の現実。
つまり―――私がどうやって死んだかの詳細だ。
「まず最初に言っておくと、本来ユリリンはあそこで死ぬ予定じゃなかったのよね」
「まって。ユリリンって何?」
「因果律っての分かるかな? それによるとユリリンは本来猫を助けなかったし、猫も助けなくて良かったんだよ」
ユリリンについてはスルーされた挙句、因果律とかサイエンスな話を持ち出してきた。
本来助けなかった上に、助けなくて良かった?
どういう事だろう・・・・・・?
あの猫はあの時が決められた寿命だったとかそういう話なのだろうか。
「えっとねぇ。あの猫は本来あそこで無傷で助かる予定だったんよー。詳細は省くけど。で、ユリリンもその様子を見てホッとして普通に学校行くのが本来の歴史」
「―――まって下さい。もしかしてなんですけど、私は無駄死にだったとかそういうパターンの展開ですか?」
「さすが文学少女。理解が早くて超助かるわー」
衝撃の事実。
実際はそれほどショックを受けているわけではないのだけれど、それでも無駄死にというのを肯定されると流石に凹んでしまう。
助けても助けなくても生還していた黒猫を庇って、私だけが無駄に死んだ・・・・・・マジでございますか。
「どうしよう。ちょっと泣きそうです」
「まぁ過ぎた事は仕方ないしねー。諦めるしかないっしょ」
軽く。とても軽く言ってくれる。
確かに過ぎた事を言っても仕方が無い。
それには私も大いに同意するし、泣き喚いてどうこうしようとも思ってはいない。
だけど、やっぱり無駄死にと言われてしまうと色々とこみ上げてくるものがある。
好きな人に好きと言えないまま死んだ。
好きな人の目の前で死んでしまった。
そんな整理のつけようがない気持ちが徐々に、徐々に心の内側から溢れ出して来る。
「小姫―――小姫ぇ・・・・・・」
嗚呼もういいや。泣いてしまえ。
どうせこの天使しか居ないのだから、たまには年頃の少女らしく大声で泣き喚いてしまえばいい。
好きな人にもう会えないから泣くなんて当たり前の事なのだから。
感情が理性を超えて、今、あふれ出そうとしたその時。
「ナァーオ」
私の膝の上に何か黒くてフワフワとした物が飛び乗ってきた。
「ニャーゥ」
「・・・・・・まって。え。まって。え? え? まさか―――私のせい?」
そこに居たのは、私が助けたはずのあの「黒猫」だった。
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