因果報答 03

「因果律・・・・・・そういう話なんですね・・・・・・うわー。自分が死んだって事よりも受け止めづらい」


「心中お察し的な?」


 世界にはある程度決まった流れ、つまり「因果」というものが設定されている。


 人の寿命や、誰と出会い、誰と結婚するのか。

 人生において何を為すのか。


 そんな運命のレールというものが、生まれた時点である程度設定されているそうだ。


 正直その話こそ衝撃の事実でもあるのだが、今の私にとっては過ぎ去った過去。

 つまりどうでもいい事だ。


「そんな法則が変わる事なんてあるんですか」


「それをたまに変えちゃうのが人間の可能性のヤバい所なのよねー」


 本来の因果で言えば、私は猫を助けなかったし、あそこで死ぬ事も無かった。


 更に言えばその後私は「あるジャンルの文学者」として割と大成する予定だったそうだ。

 いわゆる売れっ子作家の仲間入りをして、ウハウハ印税生活というのを送る未来が待っていた。


 ジャンルの詳細については説明をするまでもない。


 だが―――稀に人間は、その因果から逸脱する事がある。


 私が猫を助けたあの一連の出来事がその一つ。

 因果も絶対ではないらしく、時折因果が不安定になる時期に、別の未来にたどり着いてしまう人が居る。


 それは本当に些細な行動の違いで、まさに気まぐれ程度の誤差。

 ほんの小さなその誤差が、いわゆる「バタフライ効果」として大きく未来を歪める結果に結びついてしまうのだ。


 ブラジルの1匹の蝶の羽ばたきが、テキサスで竜巻を引き起こす。

 バタフライ効果の語源として有名な一文。


 私の場合は「助けるはずのなかった猫を助けたら、未来がヤバいくらい歪んだ」という事らしい。


「マジさ、ユリリンって結構文学面で大事なポジションになる予定だったわけよ。それがこう、ぐにゃーっと変わっちゃって天界大慌て」


 自分が将来そんな大物になる予定だったと聞かされても実感はない。

 それよりも今の自分にはもっと強烈なショックがあるからだ。


「ナーオ」


 膝の上でゴロゴロと喉を鳴らす黒猫の暖かさが、そのショックをより強烈な物へと変えていく。


「未来とか、自分の死とかよりも、こっちの方がショックすぎて・・・・・・」


 私が助けた黒猫。

 本来ならば「特に怪我もせずその場を去ったはず」の黒猫。

 それが今、死して天使の前に居る私の膝の上に座っている。


 つまり―――私は死ななくて済んだはずの黒猫を、私の無駄死にに巻き込んでしまったのだ。


 その事が何よりも辛くて申し訳なくて情けない。


「まぁねー。関連する因果まるごと歪んじゃったからねー」


 私が因果を歪めた事で、この子の因果も巻き添えにしてしまった。

 無事にその場を去り、普通にどこかの猫として生涯を終えるはずだった黒猫。

 一見すると私のその後の人生にかかわりは無さそうに思えるが、天使の話を聞いてその関係性も理解はした。


 大成した私のペンネームは「シャドウキャット」だったという。


 車道しゃどうの猫と、シャドウみたいな色の黒猫から連想して、シャドウキャット。

 いや未来の私、そのペンネームは酷くない? とも思ったけれど、どうやらこのペンネームは小姫が後に提案してくれた物らしい。

 実に小姫らしいネーミングであり、そして小姫が考えてくれた名前なら私は迷わず使っただろうなと納得した。


 実際の所、この猫と私自身の人生において以後の接触は一切無いのだが、因果というのはそういうもの。

 まさにバタフライ効果と呼ぶに相応しい「そんな事が関連していたのか」という繋がりだ。


 故に、この子の死は私の責任である。


「・・・・・・せめて、この子だけでも何とか戻してあげられないですか?」


 故に、私は願い出る。


 小さな命をあるべき流れに帰す為。

 己の未来を切り崩してでも。




******




「あぁ、その猫に関しては完全に被害者だから時間巻き戻して普通に助かる予定」


「今さらっと凄い話を聞いた気がするんですけど」


 数行前の私の覚悟が粉みじんになるほど強烈な事実。

 私が心配するまでもなく、黒猫は何事も無かったかの様に生き返る予定とな。


 己の未来を切り崩してでも(キリッ! とか思ってしまったその時間をこそ巻き戻して下さい。


 恥ずかしさで死にそうです。

 もう死んでるけど、いっそもう一度殺して!


「神様パワー使えば猫くらい還すの余裕的な? あーでもユリリンは無理。さっきも言ったけど因果丸ごと巻き込んだって」


「そう・・・・・・なんですか・・・・・・」


 心のどこかにあった、もう一度小姫に会えるという希望は一瞬で打ち砕かれる。


「ユリリンが戻ってやり直しても、同じ死を繰り返すルートに入っちゃったわけよ」


「えっ? つまり私が時間巻き戻して生き返っても、あそこで黒猫巻き込んで死ぬの確定になったって事ですか?」


「そゆことー。因果を歪めるとか巻き込むってそういう事なわけ。これ修正するの超大変だし、下手するとユリリンブラックホールになるから駄目」


 言っている意味が全く分からない。


 いや自分がいわゆる別ルートに入ってしまって、それの修正が大変すぎるから私は生き返らないほうがいい、って言われているのは分かる。

 だけど、私がブラックホールになるってのが意味不明すぎる。


「ほら。ユリリン生き返ってもあそこでグチャーって死ぬじゃん? で、またココに来て同じ様に生き返ってってなると無限ループなわけで。そういうの繰り返すと人間が観測者というか「特異点」になっちゃうわけよ。それマジヤバタニエンだから」


「特異点よりも、私の死に様の擬音がすごく気になったんですけど」


 グチャーって言ったよねこの人。

 その擬音からするに、かなり私はスプラッターな死に様だったのでは。

 どうしよう。小姫トラウマになってるんじゃないだろうか。

 只でさえ目の前で友達が死んだのに、その有様がグチャーでは忘れ様にも忘れられない。


 小姫、ホラーとかスプラッター苦手だから尚の事。

 好きな人にトラウマ残して死ぬとか、心残りが更に追加されて胃が痛くなってきた。


「グチャリンの最後は置いといてー。特異点になると歴史がそこで止まるのよ。いわゆる時間の袋小路ってやつ。そうなるとマジタイムパラドクス発生で天界ゲキヤバなわけ」


 私の呼び方がとうとうグチャリンになった。


 さっきまでちょっと良いなって思ってたけど、私この天使嫌いかもしれない。


「だから悪いんだけど―――」


 これ以上何が悪くなるのか。

 考えるのも億劫になった私は、ただ天使の言葉を待つ事にする。


 もうさん付けとかしない。


「汐早百合って人は、最初から存在しなかったってパターンでファイナルアンサーしない?」


 提示されたのは、私の15年全否定の一言だった。

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