私の左目は蝶を観る 08(Σ348)
「まぁお主の下半身のユルさ等どうでもよい。ひとまずお主の記憶にある前半部分の蝶は今日までじゃったな」
酷い言われ様である。
「ワシは別行動にて色々調べてみるでの、二ヵ月後までの途中で新たな蝶を目にしたら「左目だけを開けて」ワシを呼べ。それで声が届く」
そういい残して、テト様は夜の闇へと姿を消した。
今のところ私の記憶では、この日から二ヵ月後にカトリーヌさんの店を訪れるまで蝶はみていない。
出来れば何事も無く日々を送れるのが望ましいのだが。
にしても、左目にそんな通信機能が備わっていたとは・・・便利だなぁラーの右目さん。
「うぅっ! さぶっ!」
テト様が居なくなった事で暖かい結界?も消えたのだろう。
冷え込んできた身体をさすりながら、私はアンジェが眠るベッドへと戻る。
彼女との甘い日々を、二ヵ月後より先も過ごして行きたい。
眠る彼女の唇に触れながら、私はこのループと戦う意味を改めて自分に言い聞かせた。
******
んで。二ヶ月が経過した。
さすがに記憶のある二ヶ月目は長かった。
見たくない見飽きた映画を無理やり見させられている様な生活。
正直結構しんどかった・・・
ただ悪い事ばかりでもない。
対ゴリラ戦に関しては、連中が何をするか全て知っているのでとことん先制攻撃をしかけてやった。
ウ●コなど投げさせてやるものか!の一身で鬼の様に先回りして駆逐し続けた。
幸い蝶は見てないのでゴリラ云々は特に問題がないと思う。
ゴリラとの因果とか絶対に嫌だしね・・・
一応、蝶の存在には気を配って生活してみたけど、結局今日まで蝶を見る事は一度も無かった。
という事は、今回の事件の多くの要因は、最初の数日にだけあるという事か。
あの蝶が本当に事件解決の鍵だとしたらの話だけど・・・
現在はカトリーヌさんのお店。
制服の試着を済ませて、手紙のやりとり云々を済ませた所だ。
幸いというか当然、今回はあの激痛は発生せず、普通に会話が進んでいく。
内心「まさか発狂するの確定してないよね」と不安になったが、テト様がそれは無いと言っていたので信じよう。
たまには信じさせてほしい・・・だって一応神なんですよあの猫。
「えっ!? やだどこぉ!? 売り物に燐粉とか付けちゃいやよぉ!?」
ここで出た蝶は「確定因果」の蝶だ。
決まって手紙を受け取るか断るかのタイミングで出ていたので、恐らくその選択なのではないだろうか。
今回も念の為、カトリーヌさんには申し訳ないが受け取らないという方向を貫いた。
毎回ここで、彼女・・・の頭に蝶が隠れたタイミングで見失っていたのだが、少し身体を左に動かして、左目でカトリーヌさんの視線の先を覗き込む。
「(やっぱり消えてる・・・てことは、手紙の流れまでがあの蝶の役目で間違いなさそうね)」
見失ったのではなく消えている。
これが確認出来たのは以外と大きな収穫だ。
あの蝶は恐らく「因果関係」のある行動の間だけ視認できる。
という事は今後は「どういった選択肢がそこにあるか」に重点を置いて観察、行動すればいいという事。
そうと決まれば、次の流れに備えていこう。
「もう私が疲れてるって事でいいから、この話題はおしまい!」
348回目。いや最後はこの前に倒れたから347回目か。
相変わらず個人情報保護法案無視な私のプライベート話を打ち切り、アンジェの手を引いて店を出る。
・・・・・・・・・・・・ぞわり。
という悪寒。
それを感じると同時に周囲に蝶の気配を探してみたが、何処にも見当たらない。
「(じゃあ、この寒気は一体何なのだろう・・・また不気味な疑問が増えただけな気がする)」
ひとまず蝶が居ないのならば、こちらは後回しだ。
気持ち悪くはあるけれど、関係のなさそうな事に意識を回している余裕は無い。
私には今夜、ループ最終日というこの二ヶ月で最大のイベントが待ち構えているのだから。
******
不安気なアンジェに見送られて屋敷の門を出る。
そのまま予定通りの街道を歩いていき、屋敷から自分の姿が見えなくなったであろう辺りで足を止め、真っ暗な一本の路地へと目を向けた。
「お待たせしました」
「なに。ワシもつい先ほど来た所じゃ」
路地の暗がりから溶け出してくる様に黒猫テト様が姿を現す。
「ここだけは少し特殊じゃしの、予定通り行動を変えてゆくぞ」
「はい」
この後、道なりに財布を捜して歩いていると私は誰かに背後から攻撃される。
そのまま何が起こったのか分からず倒れこみ、そして左目のぐるぐるタイムリープが開始されるのだ。
ただ347回目だけは、直前に蝶を目にしている。
あの蝶は今のところ「未確定因果」なので、今回も出るかは分からない。
事前にテト様と打ち合わせた内容はこうだ。
・前回同様の蝶が出てくるか確認する。
・背後からの襲撃者の正体と目的を確認する。
・左目の回転は、自分が死に掛けなくても発動するか確認する。
・左目の回転が起こっている際、世界がどうなってるのかをテト様が確認する。
やる事は以上の4つ。
もし左目の回転が発生しなければ、それはそれで先に進めるので良し。
発生したら大人しく初日に戻る為さっさと意識を手放す。
何やら後ろ向きな計画に聞こえるかもしれないが、今回はあくまで情報の収集が目的。
基本的には解決できず戻される前提で心構えをしておこうという事だ。
やれる事はやれるだけやるが、無理や無謀な行動は控える。
以上がテト様と計画した最終日のプランである。
「タイミングは分かっておるし、まずは襲撃者の攻撃を回避じゃな」
「ですね、ではまた後で」
「うむ」
頷いて、ひょいっと建物の影へとまた消えていくテト様。
その後姿を見送って、私は財布の捜索へと動き出した。
「お財布ちゃーん。どこよー、出ておいでー」
予定通りの場所、タイミングで、予定通り・・・だったと思う台詞を呟く。
347回目に出てきた蝶は今回は出ていない。
どうやら未確定の方だった様だ。
そして―――
「・・・・・・っつ!?」
「残念ですが、後ろから襲われる事は分かっていたんですよね」
背後から音も気配も無く迫った襲撃者。
その無音の一撃が私に繰り出される直前。
―――ッン
というか細い風切音と共に風の針が襲撃者へと放たれていた。
私は顔の左側から背後に構えていた銃を軸に、身体だけを襲撃者へと向き直す。
「至近距離だと結構耳に来るんですねこれ・・・さて、こんばんわ。どちら様でしょうか?」
「・・・・・・・・・・・・」
目の前に居たのは、真っ黒な人だった。
黒いローブ、黒いズボン、黒い靴に黒い手袋、黒い服。
更に顔には同じく真っ黒な、丸目のカラスの様な不気味な仮面。
確かペストマスクというやつだ。
ここまで黒ずくめだと逆に只の不審者にしか見えないが、まぁ不審者なのは間違いない。
相手は背格好からすると恐らく男性。
中肉中背の成人男性だと思われる。
私が女性を見間違えるわけはないという謎の自信からくる名推理だ。
「さすがに命を狙われる覚えはないんで―――すがっ!?」
マトバを構えたまま、ジリジリと黒尽くめから距離を取っていると。
―――突然左目の視界だけが回転を始めた。
「っ・・・!? 発動条件は私の安否じゃない・・・!?」
来ると分かっていても、やはりこの回転になれる事は出来ない。
私は余りの気持ち悪さに、思わずその場に膝を着く。
考えられる事として、目の前の黒尽くめが何かしたのかと思ってもみたが、恐らくそれは違う。
右目で捉えた黒尽くめは、私が突然苦しみだした事に一瞬驚いた様子で周囲をキョロキョロと見回していた。
「(この様子・・・だと、この人でも・・・ないのか・・・)」
回転は速度を上げていき、私の視界がどんどんブレて、歪んで溶けていく。
まずい。このまま意識を手放すのはまずい。
なにかヒントを・・・せめてもう一つくらい情報が欲しい・・・
薄れ行く意識の中、必至に黒尽くめに視界を合わせていると、黒尽くめは纏ったローブの隙間から一つの「武器」を取り出した。
「(嘘でしょ・・・ちょっと待って・・・まさかこの人は)」
その手に握られていたのは―――私が「鉄仮面に買い取ってもらった武器」と全く同じに見えた。
黒尽くめは武器を構え、ゆらりとそれを私に向かって振り上げる。
勢い良く振り下ろされてくる武器を見つめながら、私は―――それがあの時の武器だと確信する。
「(もう、わけ分かんない)」
私が最後に見たのは。
振るおろされる武器に止まっていた、一匹の「蒼い蝶」だった。
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