その少女、異界より来たる 05

「はぁ~48式かぁ。盗賊の持ち物にしちゃぁ随分ええ物使ってやがんな」


「えっと・・・・・・私武器のこと良くわかってないので、詳細はお任せします」


「姉ちゃん。そんなんじゃ何れボッタクられて大損こくで? まぁお嬢様の紹介やて、悪いようにはせんよ」


「はぁ・・・・・・」


 私の持ち込んだ武器をみながら、鉄仮面はケラケラと笑う。

 只でさえ仮面で少し声が篭っているのに、その笑い声が妙に野太いせいか、より怪しさだけが増していく。

 彼が何故か関西弁みたいな言葉遣いなのはスルーした方が良さそうだ。


 アンジェの紹介だし、悪い人ではないのだろうけど。

 そのアンジェリカといえば、何やら奥の陳列棚をキラキラした目で眺めている。

 

 一体何をそんなに楽しそうに見ているのかと覗き込んでみると。


「・・・・・・・・・・・・(鞭?)」


 そこには大小、長短、様々なデザインの「鞭」が陳列されていた。


「見てください早百合。これ「ドラゴンウィップ」ですわ! あぁ! どんな音としなりがするのでしょう」


「わ、私にはまだ良く分からないかなぁ」


 思わず一歩、二歩、ついでに三歩目分後ずさってしまう。


 もしかして。

 もしかしなくても。


 アンジェっていわゆる「S」な女性なのではないだろうか。


 何? 音? しなり!?

 というかお嬢様がそんな宝石を見るみたいな目で鞭を眺めているのおかしくない!?


 いや個人の趣味嗜好をアレコレ言うつもりは私にもないよ?

 だって私自身が百合属性満載の、ハッキリ言ってちょっと助平な女の子なのは自覚してるからね?

 でも流石に鞭はハードル高い! 初心者向けではない! 玄人も玄人の道具よそれ!?


「ね、ねぇアンジェ。ひとつ聞きたいんだけど・・・・・・鞭なんて何に使うの?」


 正直この質問をすべきではなかった。

 世の中には知らない方が幸せな事っていっぱいあるのだ。


「ふふふ・・・・・・な・い・しょ・ですの」


 万遍の笑みで、口元に指を添えながら可愛い身振りでウインクをする。


 はいお察し。この話題はここで終わり。


 彫った墓穴を拡張するのは危険である。

 この先は、私が踏み込んでいい世界ではない。

 それを理解した。実感した。


 よし今すぐ話題を逸らそうと、私は別の、銃が展示されている棚の方へと歩いていく。

 アンジェは再び鞭コーナーで恍惚とした顔をしているが、もう触らないほうがいいだろう。

 触らぬSに祟りなし。今すぐ忘れよう。

 

 銃のコーナーには、こちらも大小様々なものが陳列されていた。


 SF小説などに実銃をモチーフとしたものも結構出てきた為、私も多少ならば知ってはいる。

 P90とか、MG42とか、コルトパイソンとか、ワルサーP38。後は―――


「・・・・・・あれ? これ」


 丁度今、私が名前を挙げようとしていた実銃の一つ。

 銃コーナーの左下に目をやったとき、偶然にもその銃―――「マテバ」に良く似た拳銃らしきものを発見した。


 

 マテバ 2006M

 イタリアのマテバ社が作った拳銃で、6発装填のリボルバー。


 私も、ある機動隊が主役のアニメで主要キャラの一人が使用しているのを見てから知った物。

 彼の「オレはマテバが好きなの」という台詞には、妙な好感が持てたのを覚えている。


 今私の目の前には、そのマテバに良く似たデザインの、恐らくリボルバーと思われる銃が陳列されている。

 といっても色も、形もよく見れば違うし銃身?も随分短いのだが、マテバをこの世界風にしましたと言われても納得してしまう感じの銃だ。


 銃口が下側にある事や、妙に角ばったデザインなのが余計にそれっぽさを強調している。

 ちょっといいなと思ってしまったが、そもそも私が武器を買う理由もない。


「お。姉ちゃんそれに目をつけるとか中々渋いな」


 いつの間にか査定を済ませたのか、鉄仮面氏が私の真後ろに立っていた。

 その見た目で急接近しないでほしい。少し心臓に悪い。


「そいつは「マトバ 9,999(フォーナインズ)」つってな、限定的な魔術機構品だが6連発が可能なキワモノなんよ」


「マトバ・・・・・・」


 まるでマテバの海賊版みたいな名前だった。


「元々用途が限定的な上に今じゃメーカーが倒産しちまってるから、趣味銃ではあるが―――」


 そこから鉄仮面氏による、怒涛のオタトークもとい武器トークが開始される。


 曰く。一般的なエーテルウエポンというのは、汎用性や高火力を主な目的として作られている。

 これは武器を使用する相手が、基本的にモンスターなどの特殊かつ巨体を持った生物だから。


 一つの事に特化した武器が決して弱いわけではないが、それでもやれる事の幅は相当狭い。

 故にこの世界での主流は、打ち出す魔法の種類を選ばない銃や近接特化の刃物系となる。


 また、武器の射程や威力はサイズ、長さに左右される。

 銃系ならば銃身の長さが、刀剣なら刀身の長さが。

 なんでも「どれだけの量のルーンを彫れるか」が肝らしく、サイズ=記述可能面積という事らしい。


 ルーンというのは、魔方陣とかによく書かれてるあの記号みたいなの。


 んで、ここまで聞いて思ったのが「魔法で実弾撃ちだした方が強くて環境選ばないのでは?」という点。

 これについては、この世界故というか魔法文明故の理由があった。


「実態弾なんぞ魔力障壁に弾かれるしコストが無駄や」


 身も蓋も無いけど、魔法>物理なのがこの世界の法則だそうです。

 刀剣類も基本的に相手の障壁を破って切りつける道具という事。


 ではでは。肝心のマテバ、もとい、マトバ銃とは?


 短銃身で、用途が限定されてて、6発しか装填できない。

 今までの説明を聞くと「もはやヘッポコ」としか思えなくなるが、別にそういうわけではない。


「コレは風属性。しかも「貫通系」に特化した武器なんや。距離が離れるほど威力は落ちる。ただ、中、近距離での威力は下手な長物よりエグいで」


 鉄仮面氏は棚からマトバを取り出して手に取り、私に細部を見せてくれた。

 やはりこうして間近で見ても、真鍮製のマトバにしか見えない。


「あとコレには独特というかマニアックな特徴があってな。他の武器と比べて何か違うのに気がつかねぇ?」


 と、言われましても。


 ちょっと有名作品に出てくる武器かじった程度の私に、そんなマニアならではの違いなど分かるわけがない。

 リボルバー型ってのが特徴? ってワケでもないんだろうし、他に違う所なんてあるかな・・・・・・


 一応真剣に考えてみたがお手上げ。

 素直に「分かりません」と答えると、鉄仮面氏はまた丁寧に説明してくれた。

 

 なんか、この人がちょっとチュートリアルキャラに見えてきた。

 今後は鉄仮面先生と呼ぼう。


「正解はコレや。エーテル・ストレージの有無。まぁマトバにもあるっちゃあるんやけどな」


 先生が取り出したのは、500mlペットボトル程度の大きさをした金属の筒。

 というかまんま、ペットボトルを金属製にした様な形の物体だ。

 

 先端にネジ山がついており、クルクルと回しながら武器に取り付けていく。


 確かに盗賊から頂戴した武器にも、この店のほとんどの武器にも装着されている。

 エーテル・ストレージの形状は様々だが、ネジの形は共通しているらしく、結構好みで選ぶ人も多そうな部品。


「この銃はな、本来ストレージに貯めた魔力を使う銃と違って、使用者当人が直接魔力を送り込んで使うんよ。まぁ見てみたら早いやろ」


 そう言いながら、先ほど私が査定に持ってきた盗賊の銃の方を手に取り、エーテル・ストレージをくるくる回して装着する。

 次に側面についていたスイッチ?らしきものをパチンと切り替えると同時に、銃についていた計器らしき針が一気に右へと振り切れ、ボンヤリと各所が光り始めた。


「これが一般的なエーテルウエポンの稼動状態。まぁお馴染みやな」


 私には全く馴染みなどないのだが、とりあえず頷いておく。


「んで、次にマトバってのが・・・・・・上手くできるかわからんが」


 今度は本命のマトバを手に取り、軽く深呼吸をしたかと思うと。


 カシャン。カシャン。カシャン。


 と3回、小気味の良い小さな音と共にリボルバー?の部分が動いていた。

 何か、小動物が必至に走っている様な、そう、ハムスターの滑車の様な妙な可愛さがある。


「こうして持ち主が直接魔力を注いで補充ができる。一々ネジ回して外す無駄の無さがステキやろ?」


 確かにステキかもしれないけど、どうしても疑問が残る。


「でも、えーっと。ストレージ?の方が蓄えておける総量って多いんですよね? だったらそっちの方が便利じゃないですか?」


 自分で直接魔力を注ぐということは、一々その作業に集中しないといけないわけで。

 その手間は結局のところ、ストレージを交換するのと大差ない気がする。


「まぁそう言うやろうと思ったで。せやから一度実演してみるのがええやろうな。ついて来ぃ」


 別にそこまでしなくてもいい、とは何か言いづらい空気。

 更に途中から話を聞いていたアンジェリカも興味がある様子だ。


 仕方ない。特に急ぐ用があるわけでもないし、鉄仮面先生にもう暫く付き合ってみよう。

 

 私は言われるがまま、お店の地下にある射撃場へと案内された。

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