その少女、異界より来たる 06

「まずこっち。一般的な長物の銃から実演するで」


「よろしくお願いします」


 武器屋さんの地下にある射撃場。


 縦長の通路の様な部屋の奥には、人の形をした木製の人形が立てられている。

 表面に金属をいくつか貼り付けられた人形は、遠目からみると騎士の鎧っぽくも見えた。


 鉄仮面先生は、入り口付近の地面に引かれた線。

 恐らく射撃の為の基準線に立って、ショットガン?くらいの大きさの銃を両手で構える。

 シュワルツネッガーさんに似合いそうな銃は、彼が持つと何か北斗の拳のザコキャラ感があるのだが、流石に口には出さない。


「分かりやすく風系で実演しよか。まず―――こうなる」


 彼がトリガーを引くと、数秒ほどヒュイィィンという吸気音らしきものが響き始める。

 自宅にあったサイクロン掃除機がこんな音をしていた。


 そして次の瞬間。


 ガヒュン! という空気の弾ける音と共に「風の塊」が人形に向かって放たれた。

 風が見えるわけないと思うかもしれないが、その場所だけがグンニャリと景色が歪んでいる為「風の塊」を私も目で捉える事が出来た。


 塊はそのまま人形に直撃して派手な衝突音を響かせるが、地面にガッチリ固定された人形はグワングワンと揺れながらも、暫くすると元の状態へと戻っている。

 起き上がりこぼしの様な面白い動きをしているが、大して人形にダメージはなさそうに思える。


 ・・・・・・いや、良く見ると胸の部分にある鉄板がハンマーでも叩きつけた用に陥没していた。

 人間に当たったら、肋骨とか全部砕け散りそうな凹み方をしている。


 魔法怖っ!


「これが一般的な魔銃やな。射程も長いし一発の衝撃も相当ある代わりに、魔術発動の溜めがどうしても発生する」


「ふむふむ」


 なるほど、確かに数秒とはいえ隙になるわけだ。


「んで、次にこっちな」


 長物を横に置き、マトバを手にした鉄仮面先生。


 右手でしっかりと握りながら「あー、その構えはお馴染み!」というポーズで人形を狙う。

 少し間を置いて彼がトリガーを引くと、今度は先ほどと違って、カチリという小さな音。


 直後に―――ッン、という人の耳では聞き取りづらい風切音を響かせて、銃口から一直線上に「風の針」の様な物が一瞬見えた。


 先ほどの塊よりも早く人形に直撃した音が響いてくる。

 だが今回人形は微動だにしていない。


 あれ? やっぱり小さい銃は大して強くない? と一瞬思ったが、そうではない。


「もしかして、鉄板ごとぶちぬきました?」


「せや。これが一番の違いやな。で―――もう一つがコレや」


 言いながら鉄仮面先生は、再び銃に魔力を込めて行く。

 今度は先ほどと違って全弾、つまり6発フルに装填を行った。


「正直自分としては、こういう武器の方がヤバいと思ってる」


 次の瞬間。打ち出されたのは「6連発」の風の針。


 溜めも無く、トリガーをリズミカルに引き続けるだけで鉄板で覆われた木の人形に6個の貫通痕が生み出された。

 そしてここで彼は射撃を終わらず、更にそのまま魔力を込める。

 続けて打ち出された追加の6発によって、人形には最初の1発を含めた計13発分の穴が空いていた。


 うん。エグい。

 これ人に向かって絶対に使っちゃいけない物だ。


「っはぁー。上手くいって良かったわ。直接魔力注ぐのって難しいんよ」


 銃を置き、右手をプルプルと振りながら鉄仮面先生は続ける。 


「魔力の操作や制御が上手い人なら、魔力量次第では連発し続けられるってのがこの銃の最大の強みや。まぁ魔術防御のない人形打ち抜くのもこの距離が限界やから、実際はこの半分位の距離で撃たんと障壁に弾かれて終わりやけどな」


 なるほど。ここでさっきの大きさ、長さによる違いの話になるわけか。


 ただ、異世界から来た私がまず魔法を使えるのかどうかという問題がある。

 そして次に、そもそも武器を携帯する予定が今のところ無い。

 予定が無いから、盗賊産の武器も売りに来たわけです。


 まぁ・・・・・・ちょっと憧れが無いわけでもない。

 知っている物に似てもいるし、リボルバーというのも見た目の点から好感度は高い。

 

 そういえば以前。クラスの女子グループの一人が「ハワイで銃撃ってきたー」と自慢していたのを思い出した。

 合わせて「大口径打って肩脱臼してくればよかったのに」と心の中で毒づいたのも思い出した。


 それを考えると、今私は魔法の銃を公然と持てる世界にいるのだ。

 どうよ羨ましい? って本人が居たら言ってしまいそうだ。


 ・・・・・・だめだなぁ。異世界に来たのにまだ地球の事に引っ張られてるなぁ。

 忘れろ忘れろ。小姫との甘い思い出以外すっぱり忘れろ。


「正直かなり興味は惹かれるんですけど、ただ、それ以前の問題がありまして」


 まず私は、今私が抱えている問題。


 すなわち「記憶喪失の迷子」という設定について彼に話をする事にした。




******




「ハンターかぁ。冒険者とかそういう名称ではないのね」


「冒険者というのは遺跡とかの調査を専門にした人ですわ。モンスターや盗賊を退治するのは概ねハンターのお仕事ですわね。時折冒険者の護衛で遺跡に入ったりもするそうですが」


 説明ありがとうアンジェ。


 鉄仮面先生に色々と記憶喪失云々の設定を話した所、まずは私の素養をしらべておいでという話になった。

 この辺りも全てレクチャーしてくれる辺り、あの人マジでチュートリアル用のキャラなんじゃないかと思えてくる。


 武器はとりあえず換金してもらい、現金で受け取った。

 マトバは1週間だけ店頭から引っ込めておいてくれるらしい。

 もう私に風の魔法の素養があったら買うみたいな流れになっているのだけれど、今更断りづらい。


 ただ、異世界で生きていく為には当然お仕事をしないといけないが、記憶喪失設定の私が簡単に就職できるとも限らない。

 そこで素養の調査と合わせて、モンスターなどを狩る「ハンター」という仕事も見聞きしてくればいい、というのが鉄仮面先生のアドバイスだった。


 もはやそれは只のモンスターハンターなのでは?


 アンジェも鉄化面先生も「武装した盗賊二人を生身一つで倒したならやれる」と言うのだが、あれはミラクルにミラクルが重なっただけだ。

 未だに自分でも信じられていないし、そもそも背中をバッサリされたのが治っている件も片付いていないのだ。

 あんな荒事みたいなのが当たり前の生活、私に送れるとは到底思えないよ・・・・・・


「とにかく。まずは私に何が出来そうかを調べるしかない、のは間違いないもんね」


「ですわね」


 あまり乗り気ではない。

 正直面倒くさい。


 だがそんな事を言っていても何も始まらないと諦めて、私はハンターに関した施設、いわゆるギルド的な場所の扉を開いた。


 そこで待っていたのは―――荒くれ者の巣。


「・・・・・・ねぇアンジェ。盗賊みたいな人しか居ないんだけど」


「ハンターは腕っ節が重要なお仕事ですから、強面な方が多いのは事実ですわ。でもほら、女性もいらっしゃいますのよ?」


 言われて彼女の視線の先に目をやると・・・・・・居たには居たが、あれは女性というよりも女海賊だ。

 女要素がオッパイしかない。オッパイが1割、9割は筋肉だ。


 つまりあれは、只のマッチョだと断言させてもらう。

 いやんこっち見た! 怖い!


 むりむりむり。

 何? ハンターになったらこの人達にまざって、更にモンスターなんていう物騒なのと戦うの?

 15歳のうら若きJKに何を求めているの?

 もしかして、もしかしなくても、この世界ってかなりのハードモードなんじゃないの?


「無理。帰る。おうち帰る。私には、むーりー」


「もう、そんな事言わずに。ほら行きますわよ」


 嫌がる私をアンジェはぐいっと腕を組んで、店内のカウンターらしき所へと引っ張っていく。


 最初は抵抗していた私も、抵抗するのをやめれば彼女の豊満なオパイに自分の腕が食い込む事に気が付いてあっさりと連行されていった。

 本当に私、この邪さのせいで早死にしるんじゃないかと本気で思う。


 嗚呼だめ。柔らかくてそして良い匂いする。


 無抵抗となった私は、気が付けばハンター施設のカウンター前に立っていた。


「いらっしゃいませ。あらアンジェリカ様、いかがなさいましたか?」


 ハンター施設の受付をしていたのは、あの強面連中を相手にしているとは思えない美人なお姉さんだった。


「ごきげんよう。私ではなくて、彼女の付き添いで来ましたの」


「ども・・・・・・はじめまして」


 そして始まる記憶喪失説明。

 

 かくかくしかじか。


 名前以外何も覚えてないっす、という設定でもアンジェ保障のおかげで随分スムーズに受け入れられる。


「ではまず、サユリ・ウシオさんのステータスチェックと身分証登録を行いましょう。ここで身分証を作ったからといって必ずしもハンターになる必要はありませんから」


「そういうものなんですね。わかりました、よろしくお願いします」


 とにかくこれで、まずこの世界での第一関門。

 私の身分を証明する物、要するに戸籍代わりに出来る物が手に入りそうだ。


 今のところ、住所不定無職だけど。


 受付さんに促されてカウンター左手にあった、タイプライターに水晶が乗っかった様な機械の前に案内される。


「こちらの水晶に手を乗せてリラックスしてください。後は機械が勝手に読み取ってくれますので」


 おお。何かこの世界にきて初めて魔法的な文明の便利さを体験した気がする。

 鉄仮面先生のところで魔法怖いってのは感じていたけど、便利だなって感じるのは今日が初かも。


 私が水晶に手を載せると、ぼんやりと水晶の中心が光り始める。


 リン、リン、リン、リン、と。


 ベルの様な音が何度か鳴り響き、水晶から光が消えていった。


 直後、水晶の下のタイプライターの様な機械がカシャカシャカシャと自動で動き始める。

 暫くして、チーン、という少しマヌケな音が鳴って機械も止まった。


 機械の後ろから出てきた、カードというには少し小さい1枚の金属板。

 ちょうど板ガムくらいのサイズの鉄板を取り出し、今度は機械の前面にあった、丁度その板を設置するであろう場所に乗せる。


「これで身分証発行と、ステータスチェックが完了しました。えーっと―――」


 受付さんがカシャカシャと機械を操作すると、再び水晶に光が灯り、今度は文字が浮かび上がってきた。


 そういえば私この世界の文字読めないんだけど、どうなるんだろう。

 ・・・・・・あれ? ちゃんと日本語で見えてる。



----------------------------


名前:サユリ・ウシオ


職業:無所属

階級:------


膂力:C-

魔力:E(B+)

耐性:SSS

知能:D

器用:E

敏捷:C

運気:xn+1=αxn(1-xn)


称号:ブレイバー

   異界より来る者

   猫神の祝福


----------------------------



 こんな感じらしい。


 文学少女の私が、敏捷と膂力そこそこあるのがちょっと違和感。

 むしろ私でCならEとかそれ以下の人ってもう何かの病気なんじゃないだろうか・・・・・・

 いや、もしかしたら子供くらいをFとしているのかもしれない。


 基準がわからない・・・・・・わからないんだけども。


 わからないなりに、耐性と運気がおかしいのは分かった。

 耐性だけSSSとかおかしい。3桁になってる。

 

 多分「マジ健康体」と「天使の潤い」効果なんだろうけど・・・・・・もしかしてカンストしているの?

 駄目じゃん、こんなの超絶疑われるじゃん。


 それと魔力にカッコ付きでB+って書いてるの何だろう。

 もしかして、今Eだけど「初めてのチュウ」で魔力吸収したらB+までは溜めれますとかかなぁ。


 いやうんまぁ上の二つはこの際いいよ。

 何ひとつ良くないけど、今は見なかった事にしてあげるよ。



 xn+1=αxn(1-xn)



 なにこれ。

 バグったの?


 もう明らかにステータスってより何かの数式だよね!?

 こんなの私全く覚えが無いし、説明求められたら超困るんですけど!?


 ていうかね。称号、称号欄。

 そう、お前らだよ称号。


 隠・し・て・よ!

 折角記憶喪失設定にしてるのに、そこで全部バラさないで!


 何さ「異界より来る者」って!

 もっとこう、ニュアンスでボカすとか、もしかして・・・・・・と匂わせる言葉選びあったでしょ!?

 こんなの首から名札下げて「まいど異界人です」って宣伝して歩いてるようなものじゃない。


 それに何?

 猫神の祝福?


 あれですか。黒猫助けた流れでこの世界に来たから、こっそり猫の神様も祝福しておきましたニャン。とかそんニャ話ですか?

 説明が足りない! 圧倒的に説明が足りてないわよ天使!

 少しは鉄仮面先生のチュートリアル感を見習って!


 いやほんと、どうしましょう。


 うーん。どうもこうも出来ないか・・・・・・自分だけで考えていても仕方が無い。

 ここは、アンジェと受付のお姉さんのリアクションを見て決めよう。


 チラリ。

 と二人に視線を送ると、まぁ案の定―――絶句してる。

 ですよねー。私もそっち側で絶句しようかしら。


「耐性・・・・・・SSS(スリーエス)!?」


「い、異界人に・・・・・・しゅ、祝福持ち!? それも神の!?」


 大声で、私の大切な個人情報(ステータス)を暴露する二人。


 その騒ぎを聞きつけて、いつの間にか私は強面のハンターさん達数十人に取り囲まれていた。

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