因果報答 04
「最初から居なかったっていうのは、具体的にはどういう風になるんですか?」
あっけらかんと「なかった事にしよう」と言われても今ひとつ実感がわかない。
そもそも、私が生まれなかったとかそういう事にするなら、そっちの方が大変な作業になる気がする。
神様の都合としては、まだそっちの方がマシなのだろうか。
「んっとねー、簡単に言うとグチャリンの代役をあの世界に放り込む感じ? 全然違う未来の別人だけど、あの黒猫の現場をクリアしてくれればいいピンチヒッターみたいなの」
「えーっと・・・・・・私じゃない別の「汐早百合」を配置するって事ですか?」
要するに私という問題点の代理を立てて、波風が立たない歴史に持っていくとかそういう感じだろうか。
「大体合ってるけどちょい違うかなー。名前って結構大事でさー、同姓同名にしちゃうと因果がその人に移っちゃうんだよねー。例えば全く別の「汐早百合」を配置したら今度はその子が将来大物ビアン作家になるわけ。で、その場合って最悪グチャリン二号が誕生して特異点2爆誕とかありえるから」
「きのこの山VSたけのこの里戦争を回避する為に、たけのこの山&たけのこの里が発売されてる世界にする、とかそういう感じですか?」
「あ。そうそうそんな感じ! 文学少女の理解力ぱねぇー」
絶対に違う。
最近食べたお菓子に例えただけの事を、文学少女として褒められても全く嬉しくなかった。
そして、こんな例えをベストアンサーみたいに言わないで欲しい。
自分で言っててちょっと頭悪いなって思ったくらいなのに。
「ちなみにー。きのこVSたけのこって世界の均衡保っててさー、もし今言った、たけのこ&たけのこの世界になると第三次世界大戦起きるから逆って感じだけどねー」
明治さんのチョコスナック、歴史に介入しすぎでしょ。
きのこたけのこ戦争ってファン同士のジョークじゃないの!?
もしかして米国とロシア辺りが会談で「たけのこの山か里か」論争になってそれが世界大戦になるとか?
申し訳ないけどそんな事で滅ぶ世界なら今滅んだ方が良いと思ってしまった。
陰謀論にしたって酷すぎる。
バタフライ効果だとしても、戦争の切欠、希望小売価格何円の世界なんだ・・・・・・
これをバタフライ効果と言ってしまうのは、エドワード・ローレンツさんに申し訳ない。
「お菓子戦争はいいとして・・・・・・よくないけど。えっと。じゃあ私とは名前も見た目も全くの別人が変わりにあの歴史に入るって事ですね」
「そゆことー。関係した人の記憶、記録も全部その別人に挿し換わるから、文字通りグチャリンは最初から居なかったって事になるわけ」
うん。もうグチャリンでいいや。
でもそうか。誰も私「汐早百合」を覚えていない。
否―――最初から汐早百合は存在しなくて、私の死を悲しんだり、トラウマになったりする人は存在しない。
そしてこの黒猫も、本来の一生を全う出来る。
勿論本音のところでは納得していない。
だって、それはつまり、小姫の隣に私じゃない別の誰かがずっと居た事になって、小姫と友達になるのもその誰か。
もしかしたら小姫を好きになるのもその誰かであって、私ではなくなる。
本当は嫌だ。
小姫の隣に他の人が居るのは嫌だ。
それでも。例えそれでも―――小姫に嫌な記憶を残して一人死ぬくらいなら、忘れられる方が私はいい。
忘れてくれる方が、私は私の心残りを減らせる。
少なくとも小姫が私の死を見ることもないし、それを引きずる事もない。
「それなら。うん―――私はそれでいいかな」
私は彼女が大好きだ。
相沢小姫が大好きだ。
だからこそ、私は彼女が辛くなる事を選ばない。
彼女の側に居たいという選択を、彼女の為に選択しない。
私の為にも選択しない事を選択する。
その選択こそ、私が彼女に感じているこの恋心が本物だと、胸を張って言える証明になるのだから。
******
「じゃあ、そろそろ次どうするか決めようかー」
色々と硬い決意をして生き返らない事を選んだはずなのに、どうもこの天使の雑な空気で場が緩む。
ちなみに黒猫は先ほど、ぱぱっと現世にお帰りになった。
別れ際にチロチロと私の指先を軽くなめて、光るトンネルの様な場所から去っていった。
多分あれはあの子なりの別れの挨拶だったのだろう。
今度は私みたいなのに巻き込まれたりせず、元気に生涯をすごして欲しいと願う。
「そもそも、次ってどういう意味ですか?」
死んで、生き返る事もしなかった私に何の次があるのだろうか。
まさか何処の地獄に行くかを選ばされるとかそういう話だろうか。
どうしよう。さっきカッコつけたのをまた後悔し始めている。
割と勢いでいい格好しようとするのは私の悪い癖だ。
そんなんだから運命とか歪めちゃうんだよ。
「え? さっき言ったじゃん。ユリリンには異世界に行って仕事してもらうよって」
「聞いてない」
絶対に聞いてない。
これまでも散々ビックリ発言の多かった天使だけど、とうとう言ってもない事を言ったとか言い始めた。
そもそも何ですか異世界って。これまでのサイエンスな流れは何処へ?
「あれ言わなかったっけ。まぁいいや。えっとね、ユリリンには剣と魔法のある異世界である人を助けてもらいまーす。ちなみに拒否権はないよー」
拒否権が無いなら、そもそもどうするか決めるという話ですら無い。
なぜ私に拒否権が無いのかは、まぁ何となくわかる。
「その世界でもちょっと困った因果に陥っててねー。ある人が助かれば歴史が結構ちゃんとした方向に戻るんだけど、それを戻せる因果を持った人って中々いなくてさー。ユリリンはある意味ナイスタイミングだったわけ」
「つまり、この世界の因果を捻じ曲げちゃった罪滅ぼしに異世界の因果修正してこいって事ですよね」
「そうとも言うけど、でも一応これ救済措置なんだよ? 本来ならそんな面倒な因果持った人はさっさと消滅させちまえーってなるから」
救われている様で、何かいい様に道具として使われている感は否めない。
だが「問答無用で地獄行きー」よりは、確かにまぁ救いはあるのだと思う。
「若くして死んじゃったのもあるけど、その行動が「命を救う善行」だったのが良かったねー。なんと異世界に行くにあたっては、特殊能力を何個かプレゼントするサービス付だよ。マジうらやま」
マジうらやま、とか言うなら貴女が変わりに行ってやってきてと思う。
「それに、これから行く異世界はユリリンにとっては理想的な世界だと思うわけ」
「私にとっての理想の世界は、小姫と心身共に恋人になれる世界ですけど?」
そう。性的な意味で小姫の恋人になれる世界。
それこそが私にとっての理想郷。
それ以外の世界などは、何処に行っても同じ様なものだろう。
「―――その世界が「女の子同士の恋」を当然の物としている世界だと言っても?」
何度でも言う。
小姫と恋人になれない世界など何処に行っても同じ。
だが、それはそれ。これはこれ。
誰にも遠慮する事無く、私は私の在り方を隠さなくて済む世界。
それは間違いなく汐早百合という個人にとって、性的な意味での理想郷だった。
「詳細を。詳しく、明確に、具体的に、余すところ無く全て完璧に説明して下さい! 早く! ハリアップ! 急いで! 1分1秒が惜しい!」
「う、うん・・・・・・」
ごめんね小姫。
私。異世界で必ず幸せになるから。
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