因果報答 05

 そんなわけで。

 話はこの場面に戻ってくるのである。


「いくら私が人見知りのボッチ女だとはいえ、これはあんまりじゃないですか?」


「だからー、せめてもの救済としてね。こうして選択肢いっぱい用意したわけじゃん」


「救済と言うなら、もうちょっとマシな物はないんですか・・・・・・」


 異世界への転生。


 それだけなら私はさほどやる気にならなかっただろう。

 だって異世界に行った所で、私個人の根底は変わらないし、結局それが受け入れられる気はしないのだから。


 だがしかし。行き先が私の在り方もとい性癖全肯定の世界だと言われたならば話は変わってくる。


 勿論今でも小姫が大好きだ。愛している。その恋心に微塵も変化はない。

 ないのだが、小姫以外を好きにならないとは一度も言っていない!


 改めて言うけど、私は百合属性の持ち主だ。

 女の子を好きになり、女の子の匂いを嗅ぎたくなり、女の子を抱きたいし抱かれたい。

 それが公然と許される世界があるならば、私はその世界へ行くべきだと心から思っている。

 もしも小姫もその世界に連れてこれるなら最高のトゥルーエンドを迎えられる事だろう。


 だが、それは叶わない。


 ならば私は、新しい恋をみつけて前に進まなければならないのだ。


 初恋は実らないと良く言われるが、まさにその通りなのだろう。

 それこそ「因果」によって決められていたのかもしれない。


「何ですかこの「友達が少ないほど強くなる“人間強度”」って。どこの吸血鬼もどき君ですか。むしろ彼は友人に恵まれすぎてて妬ましいレベルですよ」


「サラッとディス入るのウケる」


 どこのラノベから引っ張ってきたのか丸分かりの特殊能力を、よりにもよって私に与えようとする貴女をディスったのだと言いたい。 


 他にも「性欲を我慢するほど強くなる“色情”」とか「超美人になる代わりに重度のコミュ障になる“残念美人”」とか、なぜ必ず妙なデメリットがついているのか。

 もう少しシンプルに「超身体能力」とか「超魔法能力」みたいな分かりやすい物は無いものかと、私は見せられているチート能力リストと睨めっこを続ける。


 提示された能力の数は、ざっと300個。

 しかもリストには能力名だけが表示されていて、詳細はそこから一段階進んだ所をみないと確認できない。

 能力名だけで決めてもいいかなと思いながら、とりあえず何個か開いた事でさっきの人間強度の様なとんでも能力が結構混ざっている事がわかったのだ。


 こうなると能力名は事実上当てにならない為、こうして一つずつ目を通している。


「これも―――無し。これも―――無し。これは―――やっぱ無し」


 もっていける能力は3個。

 右も左も分からない異世界で生きていくならば、生活の土台にできる力がほしい。

 別に超魔法とか超怪力とかは、憧れはあるけど必須だとは思っていない。

 確かに少しだけ初代プリキュアごっこが出来そうな超身体能力みたいなのも欲しいなと思ったけど、それはそれで異世界の人から怪物扱いされたら困る。

 人に怖がられる能力は出来れば避けたいなというのが、私の判断基準のひとつだ。


「これも―――いや、これはアリ?」


 ふと目に留まったのは、128番目に表示されていた「マジ健康体」という能力名。


 その詳細な記述に目を通して、最初の一つが決まったと思った。



------【マジ健康体】

 ・あらゆる病気から健康な状態へと回復する事ができる肉体。

 ・どんなに凶悪な毒の中であっても最長12時間で抗体を生み出し、24時間で適応する。

 ・ただし過酷な環境に身体を晒し続けると、代謝が超加速する為に老化が進んでしまう。

------------------



 老化が進むとか、女性的にちょっと簡便してほしいデメリットはあるが、それ以外ならかなり良い能力ではないだろうか。

 そもそも常時毒の沼にでも浸っていない限り、そこまで老化が進む事もなさそうだ。

 問題は詳細な老化速度が記載されていない点だが、これは聞いてみればいい。


「このマジ健康体って、普通の風邪を治す時にどれくらい老化が進むのか教えてもらえます?」


「わかんない」


 いやいや貴女が用意した能力なのにわかんないって・・・・・・


「ここにあるのって他の人が取らなかった残りなんだよねー。だからまだ一度も使われた事なくてさー」


 妙に変な能力ばかりだと思ったら、そういう事だったのか。

 残り物には福がある―――とは到底思えない。

 何か私のためにサービスで用意しましたみたいな事を言っていたが、その実は余ったチートを押し付けられているだけなんじゃ。


 もしかしてこれ、何も能力を貰わずに異世界行った方がいいのでは?

 いや。これから行くのは未知の世界。

 何が起るかわからないなら、微妙でも特殊能力があるに越した事は無いはず。


「じゃあ、とりあえず一個目は「マジ健康体」でお願いします・・・・・・」


「オッケー。あと二つね」




******




 それから1時間以上かかっただろうか。

 私は全ての能力を閲覧し終えた。


 最終的に私が選んだ残り2つはこの能力。



------【天使の潤い】

 ・人知を超えた細胞の集合体。新陳代謝などあって無い様な物。

 ・いつでもキメ細やかで艶々のお肌とキューティクルを維持。

 ・適応年齢を基準とするため、早めの処方が効果的。

------------------



 もしかしてコレは、さっきの「マジ健康体」のデメリットを相殺してくれるのではないか?

 目の前の天使を目にしているせいか、天使のという名前に少し抵抗を覚えるが、それでも美肌能力というのは悪くない。

 意外と女性なら誰でも欲しがりそうだけど、これが残っているという事に何か裏がある様な気がしてならない。


 駄目だな。すごく疑り深くなってる。

 何せ残り物一覧から選ばされているという事実。

 その事実が、どの能力に対しても幾らかの疑心を生み出してしまう。


 いや、これ貰うつもりなんだけどね。

 で。もう一つがこれ。



------【初めてのチュウ】

 ・他者とのベーゼによって相手の魔力を吸収するドレイン能力。

 ・ただし同じ相手からは一度しか吸収できない。

 ・粘膜間の接触が濃厚かつ両者の心理が高まっているほど吸収率は上がる。

------------------



 なんだこの未成年お断りみたいな能力。

 そもそも能力名。もっと他に何かなかったの?

 粘膜間って! 濃厚って! 生々しいよ!


 これも取る気満々だけど。


 自分の欲求といいますか、劣情がこんなにも旺盛だった事に少し自己嫌悪。

 間違いなく「魔力回復」という大義名分でチュウしたいだけで選んでいる。


 他にも「超怪力:ただし骨折必至」とか「空中浮遊:だたし嘔吐する」みたいな某アカデミックな能力もあったけど、痛いのも気持ち悪いのも嫌なので論外。

 本当に純粋に高い能力をもらえるだけの物が何も無くて驚いた。


 残り物に福などありはしない。現実は非情だ。


「じゃあ、この3つでお願いします」


「はいはい。あー。うっは! ユリリン自分に正直すぎるっしょー。チョイスに願望爆盛り」


 うるさい。私だってもっと普通のがあればそれがよかったよ。

 でもコレが一番マシだったのだから文句言わないで欲しい。


「じゃあ早速行ってもらうね。一応あっちで「ある人」を助けるところまでは手助けするから安心してー」


 パチン。と天使が指を鳴らすと、丁度彼女と私の間の地面に魔方陣っぽい物が出現する。


「そこ立って」


「あ。はい」


 言われるがまま、陣の真ん中に立つ。

 数秒すると、ふわりと自分の身体が宙に数センチ浮かび上がったのがわかった。

 なんだろ・・・・・・エレベーターの降下中みたいな違和感が身体にまとわり付いている。


「そんじゃ―――えーっと」


 天使が服の隙間から取り出したのは一枚の紙切れ。

 彼女はそれを見ながら、私に向かってもう片方の手をかざす。


 そしてゆっくりと・・・・・・先ほどまでとは全く違った、初めて見せる天使らしい神々しさを放って言葉が紡がれる。



「汝。【汐 早百合】

 此方より、彼方へと渡り、因果の勤めを果たされよ。

 蝶の導きに従って、異なるアトラクターの扉を叩け!

 さぁ、位相へ! さぁ、異邦へ! いざ、異なる世界へ!

 その今生に神の哀感を。その来世に神の祝福を!」



 まるで小説の序章の様な。

 まるで物語の冒頭の様な。


 素敵な言葉と光に呑まれながら、私は。新しい世界へと旅立った―――






******






「―――行きましたか」


「その様じゃな」


「あら。戻られていたのですか●●様」


 汐早百合を見送った天使の真横から声がする。

 天使も別段それに驚くことなく、姿を確認するだけに留めた。


「さすがに少し気の毒じゃったからのう。消えたフリをしてこっそりと様子を見ておった」


「まぁそうですよね・・・・・・大丈夫でしょうか彼女」


 つい先ほど異世界へと旅立った少女。

 文学を嗜んでいたからか、妙に落ち着いた所があるとはおもっていたが、それでも齢15歳の高校生。

 数週間前まで中学生だった彼女を単身異世界に送る事に、天使は内心気が引けていたのだ。


 だが、上司の指示では従うしかない。

 神の世界の上下関係は厳しいのである。


「なに。ワシを巻き込む程の因果の持ち主じゃて、向こうでも上手くやってくれるじゃろう」


「だと良いのですが」


 一応彼女へのお詫びとして特殊能力を「3個」プレゼントした。

 本来ならば1つしか得られない神の恩恵を3個だ。


 しかも彼女が選んだのは―――


「因果故、でしょうか。まさかあの3個を選ぶとは思いませんでした」


「うむ。上手く特性を理解して使いこなしてくれる事を祈るしかあるまい。本来我らは人に干渉すべきではないからのう」


「そうですね・・・・・・」


 ルールを破ってはいないが、かなりギリギリの綱渡り。

 正直グレーゾーンに膝下くらいまでは浸ってしまった行為だが、アウトではない。


 因果は巡る。


 その普遍性を覆すには、異なる因果とぶつけ、捻じ曲げるしかない。


「さてさて、ワシもそろそろ仕事に戻るとしよう」


「はい。アチラは宜しくお願いいたします」


 天使の隣に佇んでいたその者は、そのまま天使の横を通り過ぎる形で光の中へと歩いていき、消える。



 その、去り行くの後姿を見送って―――



「彼女の羽ばたきが、どうか素晴らしき未来を勝ち得ます様―――」


 天使はただ、何も無い真っ暗な虚空へと祈りを捧げた。

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