私の左目は蝶を観る 10(Σ349)

「変化無しですねぇ・・・」


「ぬぅ・・・となると更に異なる選択が必要なのかのう・・・」


 お風呂でアンジェに迫られ、そのままお風呂で初めてを迎えた際。

 湯船の中でニャンニャンしたり、石鹸でニャンニャンしたりしている間。


 残念ながら蝶は消えなかった。


 まぁ新しい経験がいっぱいできたので正直いいかなって思ってる。

 石鹸ってすごいし、湯で暖まった身体同士っていうのは、こう、すごい。

 いわゆるエッチなお店がなぜお風呂場なのか凄く分かった気がする。

 湯船の中ってベッドを遥かに越えるスケベ空間ですよ。


 ちなみにお風呂で済ませたからといって、ベッドにアンジェがもぐりこむイベントは消えなかった。


「今度はここで―――もっと愛してくださいませ」


 という台詞に変わっただけで、濃厚な夜のイベントは消えず仕舞い。

 まぁ勿論頑張りましたよ、ええ、魔獣のごとく、風呂と合わせると計20回ほど。

 テト様がドン引きしていたけど、普通でしょうこれくらい。


 そうじゃない、その話じゃなくて。


「他となると、いっそ日を1週間くらいズラしてみますか・・・我慢できるかな・・・」


「まぁそれくらいしかあるまい。どうせお主肉体関係を無くすの無理じゃろ」


 無理だけど、己の意志の弱さを真っ向から突きつけられると何か悔しい。

 えぇはい無理ですけどね、正直1週間でもかなりの苦行ですけどね。


 蝶を消す為だし、次回は耐えるしかないか・・・


「次回はまず我慢を頑張ります・・・で、後はカトリーヌさんの所ですね」


「うむ。襲撃者がどうなるかもまだ不明じゃが、ひとまず武器の蝶が消えたのは良かった」


 そう。少なくとも武器の蝶が居なくなった事で、行動選択によって蝶を消すのが可能なのは分かった。

 ならば他の蝶も、何らかの条件を私が満たしていく事で解消できるのだ。


 まるで選択式ノベルゲームをやっている様だなと思ってしまう。


「やれる事といえば、手紙の件を引き受けるだけですよね」


「じゃな。その日の夜にもし巻き戻るなら、受け取った手紙のあて先に関して情報を集めても良いかも知れぬ」


「わかりました、そうしましょう」


 正直、テト様という客観的視点があるから今進めているが、本当に私だけなら今頃どうなっていたのだろう。

 ちょいちょい雑だなと呆れてしまう神様だけど、こうして全てを知っている味方が居るのはとても心強い。

 オカ●ンにとって助手がどれだけ心強かったのか、身を持って体験している。


 口には出さないが、心の中でテト様への感謝を述べながら、二日目の夜は深けていった。




******




「ジャビス・ジャービスさん宛て、ですね。分かりましたお引き受けします」


「ありがとぉ! よろしくお願いするわねぇ!」


 二ヵ月後。

 カトリーヌさんのお店で、彼女からの手紙を受け取る。


 もうナチュラルに彼女と言っているが、彼は男性である。

 だが男だ―――と言うまでも無く男性だ。

 心が乙女の男性なのだ。


 別にその事に何の違和感もないし、普通にいい人なんだけどね。

 むしろ同姓に恋をしているという点では話が合う人でもある。


 手紙を受け取った事で、一応蝶は消えてくれた。

 後はこの手紙の持ち主をちゃんと探して渡せば、この因果は解消されるのだろう。

 答えが見えていると少しホッとする。


「ほらもう、私の話はいいから行くよアンジェ」


 ここは変わらず私とアンジェの夜の生活について語られる。

 むしろこの因果を個人的に修正したいのだけれど、残念がなら蝶はいない。

 いや出てこないに越した事はないのだけれど。


 まさか蝶の望む瞬間があるとは・・・と自分の愚かさを反省しながら店を出た直後。




 ―――ぞわり。




 という、ここで感じたあの悪寒が、変わらず私の背中に襲い掛かる。


 つまりこの悪寒については別件のまま・・・いやだなぁ、襲撃者回避できないんじゃないかって気が凄くしてきた。

 多分この感覚は、今どこかで襲撃者が私を見ていて、その殺気なりを感じている・・・そんな気がする。


 今夜、あの襲撃者が来るなら今度こそ声や姿を確認したい。

 出来れば武器がどうなったかも。


「ねぇ早百合。この後はどうしますの?もし予定がないのなら・・・」


 腕を組み擦り寄ってくるアンジェは、何やら顔を赤くしながら少し離れた場所にある建物を見る。


 そこは宿屋―――いわゆる連れ込み宿。

 そう、この世界でいうラブホテルである。


 くそう、なんてエッチな子なのだろうか。

 そして今すぐその誘いに乗ってしまいたい気持ちはあるが、今日に限っては蝶関連を優先せざるを得ない。

 非常に、非常に申し訳ないが、アンジェのお誘いは断らざるをえないのだ・・・


「ごめんねアンジェ、先にこの手紙について調べたいから、また、夜に、ね?」


「分かりましたわ・・・夜を楽しみにしておきます。では私は先に屋敷にもどりますわね」


「うん、また後で。夕食までには帰るから」


 名残惜しい!実に名残惜しいが、私は断腸の思いで去るアンジェを見送る。

 おのれ蝶め!私の初連れ込み宿体験を邪魔したその罪!運命で払ってもらうぞ!


 絶対に全部の蝶を消してやるという決意。

 ぶっちゃけ只の八つ当たりを蝶に思いながら、私は手にした手紙を持ってまずはハンターギルドへと向かった。

 



******




「・・・本当にこの人がジャビス・ジャービス?」


「はい、間違いありません」


 そうですか・・・お手数をおかけしました、とだけ答えて、私は少しフラつく足取りでハンターギルドを出た。

 どうしよう、もう何がなんだか分からなくなってきている。


 ハンターギルドにて、ジャビス氏に関する情報を集め始めた。

 カトリーヌさんの手紙の件をそのまま話すのもマズそうだったので、私自身が彼の行方を捜している、という名目でだ。


 そんな半端な理由で情報が開示されるのか不安だったが、ある程度の事までは普通に答えてくれた。

 対応してくれたのは、初日とは違う別のオジサンスタッフだった。


 まず現在の所在地について。

 これは登録された情報が随分前のものから更新されていなかった。

 

 ハンター同士であれば、今ここで暮らしているぞくらいの情報共有はしてもらえるらしい。

 これは、必要な技能を持ったハンターをパーティーにスカウトする際、連絡がスムーズにとれないのはハンター自身にとってメリットがないからだ。

 さすがに故郷がどこ、とかそういう細かい個人情報は開示されないが、宿や借家を登録してあれば、それくらいは教えてもらえる。


 案の定ジャビス氏の住まいは宿屋になっているにも関わらず、数ヶ月単位で更新されていない。

 現在何処にいるかは勿論不明。

 結局ここでの手がかりは特に得られないだろうと思っていた時。


「・・・あれ?もしかして・・・?」


 ふいにオジサンが、何かを思い出した様に近場にあった引き出しをゴソゴソしはじめる。

 そして手に何か書類らしき物を持って戻ってきた。


「サユリ・ウシオさんですよね?」


「え、えぇ。そうですけど・・・」


 なんだろう、また神の祝福関連で面倒な質問をされるのだろうか。

 

 そんな事を考えていた私に、オジサンは驚くべき事を告げてきた。


「ジャビス・ジャービス・・・貴女はこの方と既に会っていますよ」


「―――え?」


 そう言って、オジサンは手にした書類を私に手渡してくる。


「私も今気がつきましたが・・・こういう事ってあるんですね・・・なんと申し上げて良いか・・・」


 手にした書類。

 そこには一人の男性の、つまりジャビス・ジャービスさんのプロフィールが記載されている。


 年齢、職業、ステータス、称号、そして―――犯罪歴と顔写真。

 

 カトリーヌさんの思い人で、私が今探している人物。

 ジャビス・ジャービスという名前のその男性は―――


「嘘・・・でしょ・・・」


 ―――二ヶ月前に私が森で殺した、盗賊の兄貴その人だった。

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