私の左目は蝶を観る 11(Σ349)
夜の街道。
何度も歩き、何度も襲撃を受けたその場所を、私は少し離れた場所で監視していた。
テト様と相談した結果、屋敷を出る時間を早めて襲撃者をこちらが逆に襲撃してみようという事になったのだ。
上手くいくかも分からないし、襲撃者が出てくるかも分からない。
もしかしたら既に蝶は解消されて、今夜から先へ進めるのかもしれない。
可能性は確かにある。
だが、私には何となく襲撃者は襲ってくるという予感があった。
いや―――これは確信に近い。
「しかし・・・まさかあの盗賊がとはのう・・・」
「因果にしたって、余りにも皮肉すぎますよ・・・」
ハンターギルドで、私はジャビス・ジャービスの正体に行き着いた。
私は彼を知っている。
誰よりもその顔を知っていた。
二ヶ月前、アンジェを助ける為に殺した盗賊の親分。
彼こそが、カトリーヌの探していたジャビスその人である。
こんなのってないよ!と叫びたくなる展開だが、それ故に幾つか私の中のパズルのピースが綺麗にハマッったのも事実だ。
悲劇でしかない事実故に、私は多くの事に納得もしてしまった。
「多分襲撃者は来ます・・・そして間違いなく、あの人が襲撃者です・・・」
「まぁそうじゃのう・・・他に考えられんわのう・・・」
テト様も私の話を聞いて色々と納得した様だ。
正直それ以外のパターンだったりすると、それこそ意味が分からないし、因果の繋がりが狂うと思った。
これは因果とは何だろうかという考えに基づいた、当然の結論なのだ。
「答えは・・・本人に聞きましょう」
「じゃな、よし今じゃ!」
私は街道を歩いている襲撃者に、建物の影から襲い掛かる。
まさか自分が不意打ちを食らうとは思っていなかった襲撃者は、私の放った風の針をまともに受けた。
だが、風の針はキィィン!という音と共にかき消されてしまう。
やはり魔法障壁・・・つまり冒険者用の防具を身に着けているか。
ならばと、今度は黒尽くめの足元を狙って連射、連射、連射。
思わず背後に飛んだ黒尽くめは、後ろに壁がある事に気づかず動きを止める。
「油断・・・しましたね!」
そのまま一気に懐へと駆け寄り、銃口を黒尽くめのペストマスクへと密着させた。
「両手を上げて動かないで。この距離なら障壁を貫通して頭を抉り飛ばせます。あなたなら・・・わかりますよね?」
私の言葉に襲撃者は尚も抵抗をしようとしていたが、更に力を込めて銃口を突きつける事で観念して両手を上げる。
これは、脅しではない―――その意図を相手が理解したという事だ。
「理由は・・・わかります、わかっています。でも私は何も知らなかったんです・・・ただアンジェを助けたかった、それだけです」
黒尽くめは答えない。
ただその真っ黒なマスクの中からは、強烈な殺気が放たれているのだけは分かる。
「貴女も・・・もし何も知らないまま同じ状況だったなら、同じ選択をしたのではないでか? ねぇ、答えてください―――」
その、名前を。
その人の名前を呼ぶ事を、一瞬私は躊躇った。
だが事実を知らなければならない。
ここまできて、何も確認しないまま最初に戻るわけにはいかないのだ。
だから私は、意を決して彼の、彼女の名前を呼んだ。
「―――答えてください、カトリーヌさん」
******
「そう―――バレているのね・・・神の祝福持ちは伊達じゃないってことねぇ」
マスクの中からは、聞きなれた声。
出来れば聞きたくなかった、違ってて欲しかった声が響いてきた。
「まさか先回りまでされているとは思わなかったわ・・・財布を隠してここまで誘導したのに無駄だったわね・・・」
その言葉に私はギョっとしてしまった。
財布を隠して誘導した。
つまり私が財布を無くして探しに来るかもしれないという行動をする様、お店で財布を既に盗られていた。
偶然ではなく、私が財布を捜しに来る流れは、彼女に用意された必然だったのだ。
「私が・・・財布を諦めるとは思わなかったんですか?」
「ええ。だって貴女にとってお金は死活問題になるもの、必ず今夜の内に探しに動くと踏んでいたわ」
なるほど、私の状況やこの二ヶ月の会話で、そういった性質を理解し、利用されていたわけだ。
正直、驚きよりも悲しいという気持ちの方が強い。
この世界で出来た、数少ない友人だと思っていた人に私は命を狙われていた。
それも多分、かなり前から私はずっと監視、観察されていたのだろう。
あの笑顔も。
あの雑談も。
あの優しさも。
あの依頼も。
全部私を、この日に始末する為に仕込まれた演技だったのだ。
「いつから―――いつからだったんですか?」
それこそ初対面からなのか。
もしくはある日を境になのか。
これだけのショックを受けておきながら、冷静に「次」を考えている自分が嫌になってくる。
私は、ここまで割り切って動ける人間だっただろうか。
このループを繰り返して、どんどん人間性を欠いているのではないだろうか。
盗賊・・・ジャビス・ジャービスを殺す事にも躊躇いを覚えなくなっていた。
私は何か、人として致命的な何かが壊れ始めているのではないか。
そんな気持ちが、自分の心をどんどん塗りつぶしていく。
だめだ、この気持ちは駄目だ。
今は―――切り替えろ。
この流れを回避する為の情報を集めろ。
ハッピーエンドを諦める様な気持ちになってはならない。
「丁度一ヶ月ほど前よ・・・鉄仮面の所に彼の武具が、盗賊の遺品としてギルドから持ち込まれたの。そこから情報を集めて―――貴女の仕業だと知ったわ」
つまり、あの武器が鉄仮面の所に行く流れを私は変えられていなかった。
ただ時期が一ヶ月ズレただけなのだ。
そして結局、因果はこの結末へと繋がってしまった。
「彼が盗賊に落ちていたのも事実で、それを討伐した何も知らない貴女が悪いわけじゃないのも分かっている。でもね―――」
彼女は続ける。
放たれた言葉には、ただ行き場を失った悲しみと怒りがありったけ込めらる。
私に向けられた憎悪が、ただ込められている。
「それで割り切れる程、恋心って簡単じゃないの、貴女ならわかっているでしょう!?」
何もいえない・・・私も同じだから。
もし何も知らないカトリーヌが、盗賊になったアンジェを殺したら、多分私はカトリーヌを許さない。
これは、そういう話なのだ。
誰も悪くなくて、誰もが悪い。
正義なんて何処にもない、愚か者が寄り集まって生み出した、愚かな因果の結末。
何て悲しい話だ・・・こんな結末誰が望むというのか・・・
「私は・・・―――っつ!?」
その時、左目側の視界が回り始める。
やはりループは解除されていない。
少し、よかったまだやり直せる、と思うと同時に、この迷宮がまだ続く事に挫けそうになる。
最悪また私は彼女に命を狙われなければならないのだ。
「そんなのは―――ゴメンですっ・・・よっ・・・くっ・・・!」
回り続ける景色に、私は立っていることが出来なくなり、彼女から銃を離してしまう。
その隙を見逃すはずも無く、私の目の前には・・・蝶の止まった、彼の、ジャビスの武器がつきつけられた。
「怨んでくれて構わないわ・・・私も貴女を怨んだのだから・・・」
その言葉を聞きながら、私の意識は再び渦の中へ、闇の中へと落ちていった。
直前。
彼女が最後どんな顔をしていたのか、マスクのおかげで見ずに済んだ事に内心ホッとしている自分に気が付いた。
大丈夫―――それならまだ、抗える。
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