私の左目は蝶を観る 12(Σ350)
正直つらい。
正直しんどい。
もう投げ出したい。
もう諦めてブラックホールになりたい。
だが、まだやれる事はあるのだ。
解決の糸口は掴めているのだ。
ならば―――諦めて蹲るわけにはいかないじゃないか。
「はー・・・とは思っても、正直しんどいですよテト様・・・・・・」
「うむ・・・流石に申し訳ないと思っておる・・・」
私の胸の上で、しょんぼりした顔をしている黒猫。
申し訳ないと思うなら、とりあえずそこから降りてほしい。
「とにかく、考えましょう。何をすべきか、何を回避すべきかを」
「・・・そうじゃな」
テト様は私の胸から降り、お馴染みの穴倉へと歩き出す。
私もそれに続いて、今回は何をすべきか考えていた。
******
「まずは―――盗賊、ジャビスを生かしたままアンジェを助ける必要があります」
「予定通りに動く・・・といっても、本当にそんな事が可能なのか?」
「やってみるしか・・・ないですよ」
初日の昼。
アンジェが襲われている森の中で、私は登場する機会をうかがっている。
大事なのはまず、ジャビスを生きて町に返すことだ。
恐らくそれが、一連の武器からカトリーヌへの流れの回避になる。
ループの根源は分からず仕舞いだが、少なくともあの襲撃は無くせるはずなのだ。
なので今回は、いきなり襲い掛からずに後ろから首にカッターを当てて、脅すだけに留めようとしている。
「盗賊やってる人間に脅迫とか通じるんでしょうか・・・」
「試すしかあるまい。何度も失敗してこその科学じゃよ」
「本当にファンタジー要素はどこへいったんですかね・・・」
ここは異世界なのである。
剣と魔法とちょっと機械文明のある異世界にいるのに、やってる事はサイエンスアドベンチャーだ。
もうその矛盾が根源的問題なんじゃないのかって気持ちになるくらい。
文句も言っても始まらないのは分かっているが、言うくらい許して欲しい。
愚痴もいえないこんな異世界じゃポイズンですよ。
「さて・・・いきます!」
私は木の陰から、油断しているジャビスの背後を取り、そのまま首にカッターを突きつける。
「動いたら殺す、声を出しても殺す、仲間が動いても殺す、彼女に手を出しても殺す、いいわね?」
準備していたとはいえ、我ながらとんでもない事をしているものだ。
いえ散々この人殺しておいて今更って言われそうですけど、自分より遥かに年上のオッサンをナイフで脅迫する日が来るとは思いませんもの。
私の15歳文系女子高生っていう設定はどこへ消えたのか。
「そっちの男、彼女から離れなさい。そう、ゆっくりと離れなさい」
ジャビスにつきつけた刃物をみながら、徐々に徐々に、子分が後ずさっていく。
アンジェも最初は何が起こったのか分かってはいなかったが、ハッと我に変えると私の後ろ側へと逃げてきた。
とりあえずこれで・・・あとは、二人に大人しく街に帰ってもらう必要があるのよね・・・
正直、ここからが本番だと思う。
どうやってこの二人を説得すべきか。
カトリーヌの名前を出そうかとも思ったが、そうするとこの後の行動にかなりの支障が出る。
何とかして、彼らに思いとどまらせる方法はないものか・・・
そう私が思考していると、ふと、子分の腕に光る腕輪が目に入った。
そうだ。それがある。それでいこう。
「その腕輪・・・貴方たち盗賊じゃなくてハンター?」
身元を割り出し、それを材料に交渉、説得する。
これで彼らが、今後どうなるか、どうすべきかという立場を操作する事が可能かもしれない。
「なぜハンターがこんな事をしているのかしら? 命が惜しければ答えて」
私はまずジャビスに問いかける。
彼は意外にも大人しく私の指示にしたがい、今こうなっている状況について語りだした。
「お・・・俺達は確かにハンターだが、世の中ハンターとして飯が食える奴とそうでない人間がいる・・・俺達は後者だったんだ。だからこうして盗賊になった」
「こんな私ですら、モンスターと戦えるのに大の男が何を言ってるの?」
「アンタは飯が食える側の才能持ってただけだろう。俺達にはそんな物はない。宿屋の金も払えなくなったし、帰る家もねぇ。だからこの街の領主の娘をさらって身代金を取ろうとしていたんだ」
なんと。アンジェを明確に狙ってはいるのだろうと思っていたが、メインは身代金だったのか。
暴行はそのついでだったと・・・それはそれで、こいつらやっぱここで始末したほうがいいのでは?という気持ちになる。
だが始末してしまうとカトリーヌ襲撃ルートが確定する・・・のでそれは出来ない。
「馬鹿な事を・・・で、こうなったらもう身代金なんて無理でしょう。今なら・・・彼女には悪いけど、命はとらないでおいてあげるわよ?どうする?」
もう一度、ぐいっと首に当てたカッターに力を込めて脅しをかける。
ジャビスは「はぁ・・・」と深いため息をはいて―――そして急にその身体が強張った。
「わか―――おい、おちつけ、やめろ、なにをしている!?」
それは私に向けられた言葉ではない。
彼が見ているのは、声をかけているのは、ジャビスの対面に居た子分の方だ。
子分はいつの間にか、私とジャビスに武器を向けて立っていた。
「あ、兄貴を放せこのアマ! 離さないと撃つぞ!」
ちょいまちこの人状況わかってる!?
今撃ったらあなたのお兄さんごと私も確かに倒せるかもしれないけれど、でもそれ本末転倒!
助ける対象のお兄さん死んだらその行動に何の意味があるの!?
おちつけー! 頼むから冷静になれ子分ー!
「こっちの人ごと撃つつもり!?」
「落ち着けジャック! この女の言うとおりだ、まずは武器を降ろせ!」
流石にジャビスも、この状況は相当マズいと感じたのだろう。
いつの間にか私と一緒になって子分、ジャックを説得しはじめている。
・・・なんだこの状況、マジ私にどうしろと。
恐らくだが、このジャックという子分。
人の話を聞かずに思い込みや感情で行動する典型的な人ではないだろうか。
目が血走っているし、呼吸も荒く、人の言葉に耳を貸す気配が無い。
一度スイッチが入ると制御できない種の人間・・・つまり、子供なのだ。
15歳の私よりも、圧倒的に思考が子供。
「兄貴をぉぉぉ離せえぇぇぇぇぇ!」
まるで癇癪を起こした子供の様に叫びながら。
私はジャビス共々、ジャックの打ち出した魔法の直撃を受けた。
******
「っ―――い、生きてはいる、わね・・・」
意識が戻ると、そこには血まみれで倒れるジャビス。
そしてそのジャビスに縋り付いて泣いているジャックの姿。
この様子からして、私が気を失っていたのは1分にも満たないだろう。
「あにきぃぃぃ!うわぁぁぁぁぁ!」
号泣するジャック。
正直、お前がやったんだろうと言いたくなる。
あぁもう、これで今回も襲撃されるのが確定してしまった。
ここからどうしたら・・・とりあえずこのジャックを連行して事情を話せば襲撃は回避できるだろうか。
微妙だ・・・すごく微妙な線だ・・・
この人が素直に自供とかするか、それこそが微妙だったが可能性を全部捨てるわけにもいかない。
ひとまず縛り上げて連行しようと私が立ち上がった時。
「・・・ちょ、何!?アンタ何してんの!?」
「俺もすぐいくからぁあああああああああ!」
「ま、まって―――」
ズドン!と。
鈍く、生々しい何かが弾ける音と共に―――ジャックの頭部の上半分が消し飛んだ。
その様を目にして、私は思わず膝から崩れ落ちる。
「な・・・何考えてるのよ・・・」
正直この後の流れとして「よくも兄貴をぉぉぉ!」とか言いながら襲い掛かってくると思っていた。
直情的に行動する印象のジャックが、私に責任を押し付けるだろう、と。
だが、ジャックは何と自殺した。
己の武器で、己の頭を吹き飛ばしたのだ。
何の迷いも無く、一瞬で。
「ちょっとまって・・・もしかしてコレ、ジャビスを助けれないと二人とも死ぬ流れに絶対にたどり着いちゃうやつ?」
α世界線的な。
ま●しぃの死は回避できない的な。
アトラクターの収束が、絶対に二人の死に向かう?
だとしたら私は・・・世界線を変える様な行動をしなければならない?
そんな情報は一つも持っていない。
だとしたらまた情報の根底から集めなおす必要がある?
まってまってまってまって。
正直もう何がなんだか分からず、私は一人頭を抱えて混乱している。
だがその混乱は、テト様によってすぐに収められた。
「安心せい、世界線などない。世の中は常に一つであり、そして起こりえるのは移動ではなく変動じゃ。過程を変えて最終的な結果を変えればそれでよい」
テト様は続ける。
「故に蝶を何とかする方向は間違っておらぬ。この辺りはタイターも保障しておる知識じゃよ」
その一言で、私はやっと冷静な心を取り戻す。
あのタイムトラベラーさんが言うならば大丈夫なのだろう。
世界戦を大きく変動させる・・・これはそういう戦いではない。
あくまでも因果を修正してループを抜ける。
「つまり、まだ必ず私に対処できる事、なんですね?」
「そうじゃ。まぁ現状で言えば既に起こっているパラドクスを正すのが仕事なのじゃろう。この場合発生したバタフライ効果を消す。そしてそれは因果、つまり人との関係性に根底があるのは変わらぬ」
少なくとも私が今頑張っているのは無駄ではない。
そんな言葉が、今の私にはとても救いになる。
時々こうして神様らしく助けてくれるのだから、テト様は不思議だ。
普段あんなに雑なのは何かの反動なのだろうか・・・
「なので今回は・・・まぁ見事に失敗じゃったが、この後に出てくる蝶の対処はやっていくべきじゃの。襲撃はもう諦めよ」
「はい・・・」
身も蓋もないが、まぎれもない事実。
失敗は失敗と受け止めて、進むしかないのだ。
「ところでお主」
と、姿を現していたテト様は、何かを肉球でつんつんしながら私を呼ぶ。
「この娘、さっきの余波で気絶しておるが放置しておってよいのかの?」
「あ、アンジェーーー!!」
私の丁度真後ろに居たアンジェ。
彼女もまた、ジャックの攻撃の余波によって弾き飛ばされていたのだ。
完全に存在を忘れ始めていた・・・ごめんねマイハニー。
******
「ほう、その娘。微弱ながら再生能力持ちじゃったか」
私の膝枕で眠るアンジェを、横からつんつんしながらテト様は言う。
寝てるんだから触らないで下さい。
アンジェはネズミじゃないんですから。
ところで、再生能力?
何の話をしているのだろうか。
「癒しの能力の一つじゃな。正しくは再生、つまり怪我を巻き戻す能力じゃよ」
「え・・・アンジェにそんな能力があるんですか?」
「みてみよ、小傷が徐々に消えていっておるじゃろう? ちと気になって今見てみたが間違いないの」
言われて彼女をみると、確かに、本当にゆっくりとだが、傷が癒されていっている。
吹き飛ばされた衝撃で出来てしまったであろう擦り傷、切り傷が、凄く遅いスローの様な感じで治っているのだ。
「再生・・・巻き戻し・・・テト様―――」
その二つの単語から、私が何を連想したのか分かったのだろう。
テト様は軽く首を振ってあっさり否定した。
「いやいや、巻き戻すといっても怪我程度、瀕死の人間などは癒せぬ微弱な物じゃ。結構この世界にはおるからのう」
そうなのか・・・再生とか巻き戻しと聞いて因果関係を疑ってしまったけど、テト様が言うならループとは関係ないのかな。
にしたって、アンジェこの能力の事一度も話してくれなかったなぁ。
何かそっちの方がショックだ。
「癒しの力とは疎まれやすいでの。幼少より隠すよう教育されておるのじゃろう。貴族の娘ならば尚の事じゃよ」
確かに、癒す力というのは突き詰めれば不老不死なんてものにもたどり着く。
それを先天的に備えている、それも貴族の娘ともなると、十二分にやっかみの対象になるだろう。
「私が知らない所で、色んな苦労してるんだろうね・・・」
そんな気配は微塵も感じさせない、ステキな私の恋人。
時々押しは強いが、人の心配ばかりしている優しい人。
彼女の頭を膝に乗せながら、アンジェの為にもこのループを抜けねばと改めて誓う。
私だけは、何があっても彼女の未来を諦めてはならないのだ。
たとえ、どんな辛い事があっても進まなければならないのだろう。
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