私の左目は蝶を観る 13(Σ350)

 襲撃者はやってくる。

 

 ジャビスを助けられなかった時点でそれは決定事項だ。

 多分細かく手を打っても、その結末に収束するのではないかと思う。


 なので私は、他の独立している?と思われる蝶に対するアクションを起こす事にした。


「一週間―――経ちましたわよ早百合!」


 アンジェの家に来た翌日。


 案の定お風呂で蝶を確認した私は、彼女に「1週間だけ時間を頂戴」と言ってその場を去った。

 おかげでその日の夜、ベッドの中に彼女が潜り込んでいることも無かった。


 そして1週間が経過した今日。


 現在私の寝室のベッドには、全裸でアンジェが待機していた。

 もうこれ以上の引き伸ばしは無理だろう。

 私自身もかなり我慢の限界に来ている。


 だが、目の前に蝶が二匹。

 これでもか!というくらい目の前で、これ見よがしに飛んでいるのだ。


 つまり期間を延ばしたところで蝶は出る。

 その答えを得てしまった。


「(こうなると、本当にアンジェと肉体関係にならない、とかありえそうだ・・・地獄がやってくる・・・)」


 私にとって最悪の可能性を頭に過ぎらせながら、とりあえず今回は致しちゃいますねと、彼女の胸に飛び込んだ。 

 

 あぁ柔らかい・・・




******




「ねぇ・・・やだ、いたっ!・・・もう何でこんな・・・」


「ふふ・・・何れその痛いのが忘れれなくなりますわよ・・・」


 皆様お察し。

 察しておくんなまし。


 初夜より1ヵ月後。

 蝶の出現しないインターバル期間のある日。


 私はまぁその、案の定アンジェとイチャコラしているわけですが。

 テト様に貰った回復能力によって復元した、いわゆる処女の証を今日もアンジェにまた奪われているわけです。


「あぁ・・・何度みてもその顔、この瞬間はたまりませんわ・・・」


 何度経験したって、痛いものは痛い。

 再三「痛いから出来れば奪うのやめて」と言っているのに、アンジェは隙あらば奪いに来る。

 どうやら痛がって涙目になっている私に味を占めた様だ。


「安心なさいませ・・・今日も全て、私が飲み干してさしあげますわ・・・」


 初めて出会った頃から、彼女にはS疑惑があったが、そんなものは既に確定している。

 ドSというわけではないが、サディスティックな要素がかなり濃い。

 特にベッドの上での彼女はそれが顕著だ。


 その代表的行動の一つが、この処女剥奪と―――


「きゅ・・・吸血鬼じゃあるまい・・・んっ・・・しっ・・・」


 その「血」の摂取である。


 正直最初は「この子もしかしてヴァンパイア?」と思いテト様に一度見てもらったのだが、生粋の人間で間違いなかった。

 要するにアンジェは、処女の血を啜るのが好きな只の変態である。


 そして悲しいかな。

 その行為を良しとして口で言うほど抵抗をしない私も変態だった。


 ハッ!女の子同士の情事なんて蓋を開ければこんなものですよ。

 ナメクジの交尾みたいな神聖なもの?


 のんのん。

 テト様も言ってたでしょう。

 魔獣の交尾っすよ、ええ、認めますとも。


 一晩に15回は異常って他の人にも言われましたもの。


 どうせ私は、ドのつくスケベでございますよ。


「あぁ・・・早百合の味が私の中で広がる・・・愛していますわ早百合」


 血を啜られながら愛を囁かれる私。

 

 それを心の底では喜んでしまう私。


「(愛って・・・すごいなぁ・・・)」


 多分本来こんなのを愛と表現はしないのだろうけど、それでも全てを良しとしてしまう自分がいる。

 自己嫌悪半分、自己満足半分。


 今日も私は、ただ彼女に求められるまま、その血と身体を差し出していた。




******




「さて。一応最終日前じゃが、お主的には何か大きく変えてみたい行動はあるかの?」


「いっそ、屋敷から出ないでおこうかと思います」


 結局私は、この集会で最初の森と初夜のタイミング意外、ほぼ行動を変えなかった。


 それには一応の理由がある。


「何気にこの屋敷って街で一番セキュリティが高いんですよ。なんせ領主の家ですから。なのでここに残ってたら襲撃どうするのか気になったんです」


「なるほどのう、確かに試す価値はあるの。よし、では明日はそれで行こうかのう」


「テト様はどうしますか?」


「姿を消して屋根にでも待機しておこうかのう。安心せよもう情事を出刃亀などせぬ」


 別にそれを気にはしてないが、しないと言うのならそれに越した事はない。

 流石にまだ私にも見られて興奮する系のスキルは備わっていないのだ。

 普通に恥ずかしいので見ないで下さい。


「では明日、予定の時刻に」


「うむ」




 ―――そして、350回目の最終日がやってくる。

 

 日中の行動は変わらず、夜が深けるまでも特に変更は無い。

 

 今回は手紙は受け取らない方向を選択した。

 こちらが相手に気が付いていないパターンの方が、より相手の行動の詳細を観察しやすいと思ったからだ。

 警戒されていないだろう状況をあえて作ったという感じである。


 ちなみにカトリーヌさんの店で、いつ財布が盗られたのかを警戒していたのだが全く分からなかった。

 なんだこのプロの盗賊みたいなスキル!?とそちらに驚きを覚えた程でもある。


 その辺りの詳細はいずれ・・・わかればいいなぁ。


「本当に宜しいんですの? 大事なお金が入っていたのに・・・」


「アンジェに心配かけたくないしね・・・あんな顔されたら行けないわよ」


 一応直前までの流れ。

 財布が無いー、から、探しに行こうとする所までは同じ演出をしてある。

 ただ今回は、部屋を出ようとした際にアンジェが私に抱きついた所で、行くのを止めるという流れにした。


 探しに行こうともしないのは流石に不自然かなと思っての演技だったが、この判断で間違ってなかった様だ。


「では、そろそろ寝てしまいましょう。ふふ、お財布の事なんて忘れさせて差し上げますわ」


 今から文字通り私にとっては最終局面だというのに、そんな期待しちゃう台詞を言うとは・・・なんて悪い子なんだろう。

 これはお仕置きが必要だ!と彼女を持ち上げてベッドにダイブした、まさにその時。


 ガシャン!と、バルコニーの窓が割れる音。

 

 ん?まさかテト様に何か?とも思ったが―――そうではない。


「―――誰!?」


 枕元に隠しておいたマトバを構え、襲撃者であろう人物に向かって問いかける。


 私の行動が変わった事で、カトリーヌの行動も変わった。

 つまり彼女が街道ではなくこちらにやってきたのだと考えたのだが。

 

 ゆらり、と人影が一歩こちらへ歩み寄る。

 その姿が月明かりに照らされ、現れたのは―――女性だった。


 それも、私達が知っている女性。


「なんで・・・・・・シャーリー、さん・・・が?」


 メイド服に身を包んだ、カトリーヌさんの店の店員兼お弟子様がそこに居た。 




******




「なぜ・・・なぜ貴女がこんな事を?」


「・・・・・・・・・・・・」


 シャーリーは何も答えない。

 それどころか、その瞳には何の感情も篭っていない様にすら見える。

 

 まるで人形だ。


 落ち着きのある人だとは思っていたが、ここまで感情の無い顔をする人ではなかった。

 正直良く似た別人かと思うほど、その顔には表情がない。


「答えてシャーリー。貴女の目的は何?」


 顔見知りに銃を向けるのは心が痛む。

 だがこの状況で警戒を解けるほど、私もお人好しではない。


 シャーリーはやはり何も答えない。

 ただじっと、こちらを、恐らく私を見ている。


 ゴクリ。と喉が鳴る。

 徐々に徐々に口の中が乾いてきた。

 このままでは埒があかない。

 何か行動を起こさなければと思った時。


 彼女が先に仕掛けてきた。


「くっ―――アンジェはベッド脇に!」


「え、えぇ!」


 シャーリーの狙いは間違いなく私。

 ならばまずアンジェから離れるべきだ。


 私はベッドから飛び降り、迫ってくるシャーリーの方向へと突撃する。


「事情も説明せずに襲われて黙っているほど、私は甘くないですよ!」


「・・・・・・っ」


 私の身体を使ったタックルで、シャーリーの勢いが止まる。

 体勢を崩した彼女に、私は間髪居れず風の針を打ち出した。


 狙いは足。

 まずはその機動力を削がせてもらう。


「しっ・・・!」


 だが風の針は彼女の放った蹴りによって直前でかき消された。

 魔法障壁・・・それも恐らく、風魔法に対する特攻がある。

 でなければあれほど完璧に風の針が掻き消えたりはしない。


「つまり・・・徹底的に私への対策はしてきているって事ですね・・・」


 このままではジリ貧だ。

 

 相手は風魔法に対する備えをした敵。

 対するこちらは、防具を装備すら出来ていない。

 アンジェとのやりとりの流れで、防具を身につける所まではやっておくべきだった・・・

 着替える前に、止めに来た彼女に従ったのは失敗だった。


 我ながら何て脇の甘い事をしているのだろう。


「何の恨みを受けたのかは分かりませんが・・・襲ってくるなら徹底的に抗いますからね」


 再びシャーリーと睨み合う私の頬を、嫌な汗が一滴流れ落ちた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る