私の左目は蝶を観る 15(Σ351)
「こんにちわ。すみません旅の者なのですが―――」
街の入り口にある関所。
不審者が出入りしないように憲兵や門番さんに監視されている、その門の前に私は居る。
手には、気絶させて簀巻きにしたオッサン二人を引きずって。
「ん?お嬢さん一人かい?・・・ってどうしたんだその二人」
「あの森の中で襲い掛かってきた変態なので、気絶させて連れてきました。犯罪者なので換金をしてほしいのです」
「そいつはまた災難な・・・ってこいつら―――」
勿論嘘である。
嘘っぱちである。
むしろ襲い掛かったのは私である。
******
テト様と打ち合わせをした後。
そもそも盗賊家業なんて始めたあの二人が、街にいるとは考えにくい。
カトリーヌも長く目にしておらず、あまつさえ家賃も払えずに、事実上の夜逃げの様な事をしていたからだ。
ならばこの二人は何処にいたのだろうか?
そう考えてたどり着くのは、やはりあの森の中。
山の方も一度考えてはみたが、私はこのループで何度も寝床にしていた山で、人の気配は感じていない。
そもそも他の人が居ればテト様が気が付くのだ。
なので居るとしたら森であると考えた。
私はずっと、アンジェが町から後をつけられていたのだと思い込んでいた。
だが実際は違うのではないか?
この二人は元々森に潜伏していて、偶然みつけたアンジェを人質にしようとしたのではないか?
そう考えたのだ。
「なんか、行き当たりばったりというか、勢いで行動してる感がすごくあるんです」
「確かに・・・二人ともガチで頭悪そうじゃからのう・・・」
特にジャック。
あの直情的な行動をする子分が居て、計画的にアンジェを襲えるだろうか。
無理だろう。どう考えたってコイツが居たら無理だ。
そしてその子分を許容しているジャビス。
こちらもジャックほど酷くはないが、物事を深く考えて行動できる人ではないのだろう。
だからこそハンターの資格を持っていながら盗賊などに落ちているのだ。
恐らく森の、それもアンジェを襲っていた辺りにこの二人は寝床を作ってる。
私のその予測は見事に的中し、例の場所から5分ほど東に離れた場所、そこにある巨大な木の根元に彼らのキャンプを発見した。
「やっぱり野宿してた・・・何あの食事。貧乏にしてももう少し考えて作りなさいよ・・・死ねばいいのに・・・死んでもらったら困るけどさ・・・」
「その頭がないから盗賊になっておるのじゃろうよ・・・にしても、お主は随分と口が悪くなったのう・・・ちょっと引くぞ」
半分くらいはテト様のせいだと思う。
「では予定通りに・・・そうですね、あの焼いてる魚を一本盗んで逃げてください。ドラ猫の如く」
「まさか神ともあろうワシが、木っ端盗賊の昼飯盗んで逃げる事になろうとは・・・」
「世界の為ですよ。さぁ動いた動いた」
「・・・神使いの荒い奴じゃのう」
ブツブツといいながらもテト様は森の奥へと姿を消す。
私は同時に、こっそりとジャビス達のキャンプの裏手に回りこんだ。
息を潜め、機をうかがう。
合図はテト様の鳴き声。
猫の鳴き声の直後にテト様が魚を奪い、事前に仕掛けた罠のあるほうへ逃げる。
私は彼らがその罠にかかったら気絶させる。
一応背後から追尾しつつ、もし罠にかからなかった場合はそのまま襲撃する。
上手くいくかは分からない。
だがもうやれる事は全部試すと決めた。
二度と―――二度とアンジェの死など見たくない。
だから申し訳ないけどお前達二人には、生きて痛い目をみてもらうぞジャビス共。
腹を決め、目的を見据え、気持ちを新たにしていた時。
「ナーオ」
テト様の鳴き声が響いてくる。
「あん・・・? なんでぇ猫・・・っておいまて!その魚は4日ぶりの貴重な飯なんだぞ!」
「この猫畜生!俺と兄貴の生命線を盗む木か!にがさねぇ!」
二人は怒号を撒き散らしながら、お魚加えて逃げる猫の神様の後を追う。
てか四日ぶりって・・・どんだけ貧困に陥ってるんだあの二人。
私でも流石に一日一食を食べる程度の稼ぎはあったぞ・・・
「はぁ・・・あんなのが因果の一因になってるのだから納得いかない・・・」
相手のショボさに悲しくなる気持ちを堪えて、私はテト様と野郎二人の後を追った。
******
その後・・・見事に罠にかかり、私に気絶させられた二人は、こうして簀巻きにされて連行中というわけだ。
正直ここまであっさり捕まえられるとは思っていなかった。
この二人多分、本物のザコキャラなのだろう。
テト様の見立てでは、ステータス的にいえば私の一割程度しかないそうだ。
文系女子高生にステータスで負けてるおっさん二人。
もう悲しすぎて涙も出てこない。
「田舎を飛び出して旅に出ましたが、あの山の辺りで変なサルに襲われて荷物を奪われまして・・・正直路銀に困っていたので換金していただけると助かるんです」
勿論嘘だし演技である。
サル・・・ゴリラの存在は事実だが、今の私はまだ幸いにもゴリラと因果はない。
一番絶ちたい因果だよゴリラは。
「あぁ、もしかして巨大なゴリラか?そいつは難儀だったな・・・まぁいい、一時通行章しか出せないが構わないか?」
とりあえず最初の関門、町に入るのは成功しそうだ。
ここさえクリアできれば後は大きく状況を動かせる。
色々な事に先回りが出来るのだ。
「はい。この街ってハンター施設ありますよね?」
「大通りをまっすぐいった突き当たりだ。そいつらもハンターギルドに突き出せばいい。一応ハンターなんだよそいつら・・・」
知ってます。
知っていますが、あえてちょっと意地悪をします。
「えぇ!? こんな弱いのに!?」
「言わないでやってくれ。この街でも一部では有名なバカ兄弟でな・・・頼む。可愛そうだから本人達には絶対にいわないであげてくれ・・・」
「わ・・・わかりました・・・」
どんだけだよ、ジャービスブラザーズ。
「じゃあ、この水晶に手を載せてくれ。一応ステータスの確認をする」
「―――え?」
ここにきてまさかのステータス確認マシーンが登場。
やばい。どうしよう。
いや、別に犯罪歴はないのだから問題なさそうだけど、また神の祝福どうので騒ぎになるのは困る。
何かこの状況を回避する手段はないものだろうか。
「どうしたんだい?何か―――見られて困るステータスでも?」
「い、いえ・・・」
憲兵さんの目の色が変わる。
ステータス確認に躊躇を見せた事で、私への不審者疑惑が一気に増したのだろう。
先ほどまでの優しい感じは何処にも無く、子供だろうと犯罪者は見逃さない。
そんな威圧感が彼からは放たれている・・・
仕方ない、何とか彼が騒ぎを起こさないように誘導を頑張ろう。
「こ、こうでいいんですよね。すみません田舎物なので見慣れない機械に戸惑いまして」
「あー。てことは相当な田舎から来たんだねぇ。ごめんよ変な空気出して。じゃあそのまま少しまってね」
とりあえず直前の出来事は、クソ田舎から出てきたイモ女扱いで難を逃れた様だ。
それはそれで悲しいが、異世界という辺境からきた常識の無いやつなのは事実。
この場を乗り切れるなら、それくらい甘んじて受け入れるとしよう。
カシャカシャと憲兵さんが機械を叩く音が響く。
暫くすると、聞きなれたチーンという間抜けな音が響いてきた。
さて・・・称号についてどう言い訳するか・・・
「はい、ありがとう。その若さで敏捷Cはすごいねぇ。この足の速さでゴリラから無事逃げおおせたわけかー。折角だし将来見越してハンター登録してきたらどうだい? なくした身分証代わりになるしね。あと可愛い称号だねぇ、猫好きなのかい?」
「え、あ、ありがとうござい・・・ます・・・? 猫は割りと好き・・・です」
ただし中身が神様で無い場合に限るという注釈が入るけど。
「友達ってことは猫からも好かれやすいんだろうなぁ、いいなぁ俺いつも逃げられるから・・・おっとすまない話が逸れたね。じゃあこれが仮の通行証で、こっちは今チェックしたステータスの控えだよ。個人情報だから無くさないように」
「わかりました・・・えっと、では失礼しますね」
門を抜けて街に入る私に、憲兵さんは「気をつけてねー」と声をかけて見送った。
オッサン二人を引きずりながら、軽く会釈だけは返しておく。
・・・ワケが、わからない。
少なくとも、憲兵さんは私のステータスをみて何一つ疑わなかった。
それだけは今のやりとりで私にも分かる。
「そうだ、確かこれがステータスの控えって言ってたっけ」
私は彼から受け取った、手帳ほどの小さな紙を開き、そこに記載された情報に目を通す。
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名前:サユリ・ウシオ
職業:無所属
階級:------
膂力:E
魔力:E
耐性:D
知能:D
器用:E
敏捷:C
運気:D
称号:猫の友達
----------------------------
記述されていたのは、本当に普通の、ちょっと足が速いだけのステータス。
猫神の祝福も、異世界人も、耐性SSSも、変な運気もない。
私が求め続けた、普通の、普通に見える、普通の人のステータスだ。
猫の友達というのが少々引っかかるが、今それはどうでもいい。
「つまりこれは・・・」
テト様が施した隠蔽が、正しく効果を発揮している状態の情報であると分かった。
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