私の左目は蝶を観る 14(Σ351)

 硬直が続く。

 互いに次の動きを警戒して手が出せない。


 いくら風魔法対策をしていても、私のマテバを至近距離から受ければ貫通は逃れられない。

 シャーリーもそれ位は分かっているからこそ、下手に私との距離を詰めてこない。


 とにかく何か一手。

 なにか一つでも隙を見せてくれれば・・・


 そう思案していた私の目の前で、シャーリーは手にした武器を「ベッド脇で蹲るアンジェ」へと向けた。


 まずい! 狙いが私というのがそもそものフェイク!?

 この硬直こそが彼女の狙いだったのか!?


 アンジェを守らなければ。

 ただその想いだけで私はシャーリーとアンジェの間に割って入ろうと駆け出す。


「アンジェ!よけ―――がぁっ!?」


 私が叫び動き出したその直後。

 シャーリーはアンジェに向けていた武器を私へと構えなおし、私の右足を打ちぬいた。


 ・・・しまった、アンジェを使って動きを誘われた。


「っつあああぁぁぁ・・・痛い・・・痛い・・・」


 月明かりで照らされた部屋の中に、私の血の色と匂いが充満していく。

 薄暗くてはっきりは見えないが、私の右ふとともは外側半分が恐らく吹き飛んでいる。

 全く足に力が入らないのは痛みだけのせいではないだろう。


「うぐぅぅぅぅぅ・・・」


 あまりの痛みに意識が飛びそうになる。

 だがここで気絶したらそれこそゲームオーバーだ。


 必至に唇をかみ締めながら、私はなんとか自我を保ち続ける。


 そんな私を見てもシャーリーの表情は変わらない。

 表情を失った人形の様な顔で、再び私に武器を構えなおすだけだ。


 このままでは―――殺される。


 何か、何かしなければと震える手でマトバを構えようとしたが、腕にも指にも力が入らない。


 嗚呼駄目だ・・・これは間違いなく駄目なパターンだ。

 そう、諦めかけたのと同時に。


 ドウン!とシャーリーの武器から魔法の放たれる音が響いた。



 ―――


 ――――――


 ―――――――――



 ――――――生きている。


 私はまだ、生きていた。



「なん・・・で・・・」


「あ・・・アンジェェェェェ!?」


 シャーリーが私にトドメを刺そうと放った攻撃が―――私に届く事は無かった。


 ドザリ、と。

 何か重たい物がその場に倒れこむ音がする。


「なんで・・・なんで・・・なんで・・・あ・・・ああああああああああ!」


 先ほどまで表情一つ変えず、何一つ言葉を発さなかったシャーリーの叫びが響き渡る。


「なんでそんな奴を庇うのよぉぉぉぉぉ!」


 私の目の前には。


 シャーリーの攻撃によって胸を撃ちぬかれた・・・アンジェの亡骸が倒れていた。


 なぜ?どうして?

 そんなもの私を庇って撃たれたからに決まっている!


 あぁ・・・だめだ、これは駄目だ。


「・・・るさない」


 許さない。


 許さない。


 許さない。


「っ―――シャァリィィィィ!!」


 響き渡るのは私の声。私の怒号。

 心が押しつぶされていく。

 こんなにも他人を憎むのは初めてかもしれない。


 許さない。

 許さない許さない許さない許さない許さない

 許さない許さない許さない許さない許さない

 許さない許さない許さない許さない許さない

 許さない許さない許さない許さない許さない

 許さない許さない許さない許さない許さない

 許さない許さない許さない許さない許さない

 許さない許さない許さない許さない許さない

 許さない許さない許さない許さない許さない

 許さない許さない許さない許さない許さない


 絶対に―――許さない。


「うあぁぁぁあああああああああああ!」


 ただ一心不乱に。

 ただ闇雲に。


 私は手にしたマトバに魔力を注ぎ込み続け、そしてシャーリーに向かって撃ち続ける。

 いつの間にか左の視界がぐるぐると回転している事にも気づかずに。

 

 ただただ、意識を失うその瞬間まで、私は銃を撃ち続けた。




******




 目の前の空は青い。


 今はこの青さが、あの蝶を連想させて憎らしくもある。


「・・・結局、分からない事が増えただけ・・・嫌な思いをしただけじゃない・・・」


 何度繰り返してでも、このループを抜けてやろうという気持ちはある。

 それは折れていないし、曲げてもいない。


 だが―――彼女の、アンジェの死を目にしたのは重かった。


 私自身が、そう、カトリーヌさんやシャーリーさんに襲われるのは、まだいいのだ。

 これならまだ巡り合わせが悪くてそうなってしまったと、言い聞かせて立ち上がれる。


 だが、アンジェがこのループの中で死んでしまう可能性があるのは辛い。

 それを、もしかしたらまだ何度も見なければならないかもしれないのが、とても辛い。


「この仕打ちは、流石に酷いです・・・テト様。世界って残酷すぎませんか?」


「神として・・・・・・返す言葉もないのう」


 もういっそ逃げ出してしまいたい。

 この街の誰とも会う事無く、全く別のところへと旅に出てしまうのは駄目なのだろうか。


「それでも恐らくは、二ヶ月後にここへ戻されるじゃろうな・・・」


 逃げてもおってくる無限ループ。

 戦っても覆してくる無限ループ。


 只の高校生に一体どうしろというのだ。


 いや。分かってはいる。

 泣いても、叫んでも、落ち込んでも何も変わらないのは分かっている。


 それでも、それでも―――


「ちょっと位、休んでもいいですよね―――テト様」


 猫の神は答えない。


 神様はただ、私の傍らに座って空を見つめているだけだった。




******




「・・・まず、ジャビスを死なせない。これを徹底してカトリーヌさんの件を解消します」


「わかった。してどうするのじゃ?」


「ずっと思ってたんですが・・・今日。つまり31日から動いてみようかと」


「ほう」


 ループ初日の草原で泣き言を言いながら数時間。


 自分なりに自分の心を整理する為の休憩をとった後。

 私は現在、あえて山の洞穴ではなく森のほうへとやってきた。


 本来なら明日、アンジェがジャビス達に襲われる辺りの一本の木の陰。

 つまり最初に蝶を目撃したその場所で、テト様と話している。


「彼らの前日の行動を知ろうと思います。多分なんですけど・・・あの蝶が出た時点で行動していたら間に合わないのではないか、と」


「なるほどのう」


 これは私の想像というか予測でしかないが、あの蝶は、実は「もう手遅れ」のサインなのではないだろうか。

 因果が狂った合図があの蝶であり、それを目撃したという事は既に状況は後手に回っている。


 変な例えだが、あの蝶は「ニュース速報」だと思ってもらえればいい。

 あくまでも「こんな事件が起こったよ」という事後報告であって「これから事件が起きます」という予知ではないのだ。

 これは私が「観測者」という点からたどり着いたこの能力の可能性というか、事実性である。


 観測者。

 観測する人。


 それって「誰よりも現状を知れるだけの人」であって別に「予知能力者」ではないよね、と。


「観測者は何が起こっているかを知れても、これから何が起こるかを知れるわけではない・・・このループで私はそう感じました。だから全て蝶が出てくる前に行動して結果を変えてみます」


「よかろう、今回はその方針で動くのじゃな。ワシはおぬしの考えを尊重しよう。そもそも蝶を見れぬワシに出来る事など限られておるしの」


 テト様は相変わらずの様子見をするつもりらしい。


 だがそうは問屋が卸さない。

 今回からはこの猫にもしっかり仕事をしてもらう。

 使えるものは神だろうがなんだろうが利用して私はこのループを抜ける。


 アンジェを守る為なら神すら道具にしてみせますよ。


「テト様には要所要所で囮になってもらいます。タイムパラドクスとか知ったこっちゃありません。働いてください」


「いやしかし」


「は・た・ら・い・て・く・だ・さ・い!」


「わ、わかった・・・じゃが猫のワシに出来る事など限られておるぞ?」


 むしろ猫だからこそ出来る事がある。


「いいですか、まず―――」


 私は今日の動き。

 すなわち3月31日の対ジャビス行動の詳細から伝える事にした。

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