私の左目は蝶を観る 16(Σ351)

「待っていてね!10分・・・いえ、5分でもどってくるからぁぁぁぁぁ!」


 オカマが走っていく。

 それもオカマ走りで。


 到底その速度が出るとは思えない、内股の、セクシーなコマンドーみたいな動きで疾走していく。


「足はっや・・・そして気持ち悪っ・・・」


 爆走しながら遠ざかるカトリーヌさんを目に、私はそんな事を漏らしていた。




******




 無事町に入って暫くすると、何処からとも無くテト様が現れた。


「ふむ、無事に入れた様じゃが、何かあったのか?」


 未だ困惑している私の顔をみて、テト様が聞いてくる。


「えっと・・・これ・・・」


 私は先ほど憲兵に貰ったステータスの控えを見せた。

 可愛い手でそれを受取り、ふむふむと言いながら詳細を確認する。

 しばし眺めた後、綺麗に折りたたんで返してくれた。


「恐らくじゃが、隠蔽解除は明日かハンターギルドでしか起こらんのかもしれんな」


 そんな事をあっさりと。

 

 だが今までの状況から考えると、残る選択肢はそれくらいか。

 あとは・・・あの時受付してくれた人個人が何かしら仕掛けをした人である可能性。


「まぁ考えても仕方あるまい、で、この後どうするのじゃ?」


「うーん・・・とりあえず―――目立たないところに行きましょう」


 町の往来。

 それも大通りの脇で、縛り上げた気絶してるオッサン二人を引きずりながら、猫と何かひそひそ話しをしている異世界人。


 こんな怪しい奴は早々いない。


 さすがに今目立ちすぎるのは明日以降の動きに悪影響がありそうなので、まずは人目を避けて行動しようとした時。


「まさか―――ジャビス!ジャビスなの!?」


 唐突に聞こえてきたのは、知っている声。

 

 忘れるはずもない彼、いや、彼女の声。

 襲撃者と同じ―――カトリーヌの声だった。 




******




「相談があるんだけど―――もし嫌じゃなければ、この阿呆二人には私からキッツイお仕置きをしておくから・・・だから、彼らを見逃してはもらえないかしら」


 キッツイお仕置きというのが何なのか、少々気になった上に、多分想像通りなら二人にとっては地獄だなと思った。

 牢屋にぶち込まれていたほうが、まだ二人は幸せなのではないだろうか。


 だが同情はしない。自業自得である。


「それは構わないですよ。私も別に怪我などがあるわけではありませんし、元々知り合いにでも引き渡そうと思っていましたから。ただ・・・ちょっと金銭的に困っていたので、変わりに何か仕事を手配してもらえたら助かります」


 ぶっちゃけ彼らに罪はまだ無いので、突き出した所で元々お金にならない可能性もある。

 お魚盗んだ私の猫を追い回しただけで牢屋に入れられるなど、生類憐れみの令も真っ青な鬼畜法である。


 当のテト様は、私の膝の上で丸くなって寝ている。

 流石にカトリーヌの前で喋るわけにもいかない。


「分かったわ。そういう事なら任せて頂戴!私が変わりにお詫びとお礼をするわ!ちょっとここでまっててね!」


 そう言いながらオカマが全力で消え去ったのが、先ほどの場面である。



 大通りにて、カトリーヌと想定外の遭遇をした直後。


 さすがに襲撃の記憶が忘れられていない私は、咄嗟に警戒態勢に入ってしまった。

 まだこの時点では彼女が敵になっていないという事を分かっていながら、大げさに距離をとってしまったのだ。


「ああ、ごめんなさい! 驚かせてしまったわよね! 大丈夫、怖くないわ! 私、心は乙女だから!」


 私の警戒は全く別の意味だったのだが、どうやら彼女はオカマにビックリして飛びのいたのだと思ったらしい。

 まぁ初対面でいきなり心は乙女とか言われたら、それはそれで普通警戒するのだけれど。


 何とか冷静さを取り戻した私は、彼女と少し人目の少ない場所へ移動する。

 そして憲兵さんに話した事の内容を、彼らを捉えた流れのみ事実に近い改変をして伝えた。

 

 私の猫を彼らが追ってきて、そのまま獣用トラップにハマって気絶。

 仕方なく縛ってここまで連れてきたが、町に入るにあたって憲兵さんにはちょっと嘘をついた事も話しておいた。


「まぁ確かに、女の子なら襲われたという方が信じさせやすいわよね・・・でもそのままギルドにつれていってたら、彼らは牢屋行きだったのよ?」


「勿論それも想像してましたので、これからどうしようか考えていたんです。どうやら割と有名な方達とも憲兵さんに聞きましたので・・・」


「そこに、私が現れたってわけね。ねぇ早百合ちゃんだっけ。相談があるんだけど―――」


 という流れで、先ほどの見逃して云々からお礼云々に至る。



 こうして何もなければ、本当にいい人なのだ。

 あの襲撃は―――不幸の連鎖、因果の積み重ねによって起こった事故。

 二人が無事にカトリーヌさんの手元にくれば、こんなにも簡単に事は終ったのだ。


 まぁこの後二人が性的に無事で済むかとか、その辺りはもう知ったこっちゃない。

 潔く掘られてくればいい。


「私は、難しく考えすぎてたのかな・・・」


 巻き戻る時間を正す。

 捩れた因果を正す。


 そんなご大層な大義名分に良い、シンプルな話を自分が難しくしていただけかもしれない。


 まだ全部が解決したわけではないが、今度こそ、少なくともカトリーヌさんの襲撃は無くなっただろう。

 彼女から手紙を依頼される事も、今回はまず起こらないはずだ。


「まずは・・・第一段階クリア・・・かなぁ・・・」


 まだ油断はできないが、是非そうであって欲しいと心から願った。




******




「いい世の中は、お金が巡る」


「文字通り現金な奴じゃのう」


 あの後、宣言通り5分で汗だくになりながら戻ってきたカトリーヌさん。

 

「ぜぇ・・・ぜぇ・・・こ、これはまず、ふたりを、連れてきてくれた、お、お礼ね・・・」


 今にも死にそうな顔のオカマに手渡されたのは、その様子からは想像も出来ない可愛い封筒。

 中には、ざっと30万近い現金が綺麗に揃えて入れられていた。


 こんなに頂いていいのですか?と一応遠慮の姿勢はみせてみたが、お礼だからと押し切られたので素直に受け取っておく。

 更に仕事も数日時間をもらえれば手配はすると言ってくれたが、一先ず路銀を頂いたのでそちらは急ぎませんとお答えしておいた。


 一先ず、これ以上長くカトリーヌと接触しているのは以後の因果に影響があるかもしれないと思い、お礼を述べて一度彼女とは別れる事にした。

 この後も縁があるなら、自然とお店に行く事になるだろうしね。

 

「ジャービス兄弟も生きてる。町にも入れた。路銀も手に入った。思ってた以上に0日目にできる事は多いですね・・・ただ明日にどう影響してくるのかが怖いですけど」


「じゃのう。してこの先はどうするのじゃ? あのアホ兄弟がおらぬという事は明日森であの娘が襲われる事もなくなった。つまりお主との縁が一つ消えたわけじゃが」


「一応仮の通行証と路銀がありますから、今日は町の宿に泊まってみましょう。何気に私この町の宿を借りた事ないですし」


 アンジェを助けた流れで、ずっと彼女の家にお世話になっていたから、一度も自腹で宿に泊まった事がない。

 全く知らない土地でいきなり住む所をゲットしてるのはある意味豪運なのだろうけど、そのおかげでループしてるのだから喜べるわけでもないのです。


「彼女については一応同じ時間に森で待機しておきましょう。もしかしたら別の盗賊が来る可能性とかありそうです・・・」


「わかった。今日はどうするのじゃ?まだ日は高いが」


「・・・うーん、ここまで来たら先手先手を打ってみましょうか。鉄仮面さんのお店にいってみます」


 ジャービス兄弟が無事カトリーヌに引き渡された事で、彼らの武器、恐らく鉄仮面先生の店で購入された品の動きも変わる。

 その辺りの因果関係と、あと鉄化面とカトリーヌの関係性も少し気になっていたので、上手くその話ができるといいな。


「とにかく蝶を見た場所、蝶に関連してそうな場所を今日の内に見れるだけ見ましょう」

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