私の左目は蝶を観る 17(Σ351)

 いわゆる0日目は、特にそれ以上何かが起こりはしなかった。


 鉄仮面さんの所に行ってみたが、幸か不幸か0日目は丁度定休日。

 お休みの所をお邪魔するわけにもいかないし、下手なアクションは後日に影響が出るかもしれない。

 

 なのでその日は宿を確保して食事を取り、1日目に備えて早々に眠ってしまった。


 そして1日目の午前。

 私はアンジェと出会った森に戻る為、町の入り口に来ている。


「ん?どこかに出かけるのかい?」


 声をかけてきてくれたのは先日と同じ憲兵さんだ。

 私は「森に薬草でも採集しに」と適当な事を適当に答えておく。

 辺に捻った話をするよりは、一番この世界でありきたりな行動だからだ。


 なぜって? アンジェは森で両親にプレゼントする花を摘んでて襲われたのだよ。

 女性にとって、いわゆる採取という行動は別に可笑しなことではないのである。


 一応「可能なら山で昨日なくした荷物も探してみます」と付け加えておいた。

 流石に荷物をアッサリ諦め過ぎるのは不審ではないか、とはテト様の案。


「わかった、気をつけてね。通行証は3日間有効だから無くさない様に。再発行には2万かかるからね。あー、そうだ、ちょっとまってて」


 勝手に色々説明してくれる憲兵さん。

 なんか鉄仮面といい彼といい、鎧を着てる人ほどチュートリアル感があるのは気のせいだろうか。


「これを貸しておこう。念の為の護身用に持っていくといいよ」


 憲兵さんは戻ってくると、私でも片手で扱えそうな短剣を持ってきてくれた。


 全長が肘から手首くらいの小さな短剣で、飾りつけは質素だが、鍔が刃と一体化している片刃の短剣。

 収められている革の鞘がちょっと獣臭いけれども、確かに武器がカッターナイフしかない私にはあり難い護身用だ。


「戻ってくる時に返してくれればいいから。それじゃ、気をつけて」


「ありがとうございます」


 お借りしたナイフを手に、私はアンジェと出会った森へと歩いていく。

 果たして何かが起こるのか、それとも何も起こらないのか。


 出来れば、彼女との出会いが無かった事にはならないで欲しいと願いつつ、開けた街道を進んでいった。




******




「まさか・・・まさかこんな形に因果が収束するなんて・・・」


「世界とは、なんとも無常じゃのう(笑)」


 愕然とする私の横で、黒猫はお腹を抱えて必至に笑いを堪えている。

 いや実際には堪えきれず、言葉の節々から笑いが漏れ出している。


「いやぁぁ!だれかぁぁぁ!」


 アンジェが襲われている。

 それこそ、もう、運命なのだと言わんばかりに襲われている。


「ウッホー!ウホウホウホウホウオー!!」


「だれかぁ!・・・だれかたすけてぇぇぇぇ!」


 もう察した人もいると思いますが、一応説明しますね。


 森に戻り、例の木の近くに待機していた私。

 ジャービス兄弟が居なくなった事で、無事ここの蝶も姿を消していた。

 やはり彼らの生存と、恐らくカトリーヌへの引渡しがトリガーだったのだろう。

 これで事実上襲撃者は無くなった!とホッとしていたのも束の間。


 暫くすると、アンジェが花を採取しにやってきた。

 あーやっぱ何時見ても可愛いわぁ彼女、などと想いながら、笑顔で花を選別する姿を眺めていた時。


 そう―――現れたのだ、ゴリラが。


 あの、巨大なゴリラが一匹現れたのだ。


 あの憎き、ウ●コを投げるゴリラがそこにいた。


「うそ・・・でしょ・・・」


 思わず漏れたその言葉は、アンジェが別の存在に襲われた事に対してではない。

 その因果がまさかのウ●コゴリラに収束した事への、私の個人的な絶望から出た言葉だ。


 マジ勘弁して。

 え?アレ倒さないとアンジェ救えないの?


 いやいやマトバも無いのにどうやって?


 ・・・まさか、このナイフで!?

 そういう流れの為に追加された武器ってこと!?

 

 無理よ!

 だってあいつ!


 ウ●コ投げてくるのよ!?


「まぁ行くしかないじゃろ(笑) ほれほれ奴の行動パターンなんぞ熟知しておるじゃろうて、とっとと始末してこい(笑)」


 どうしよう、今すぐこの神を始末したい。


「わかってますよ・・・行きますよ、行けばいいんでしょ!」


 正直まだ戦いたくは無い。

 出来れば見なかったことにしたい位、私はあのゴリラが嫌いだ。


 だがアンジェの悲鳴を耳にして、私が立ち止まるわけには行かない。


「うおおおおおお! ゴリラァ! その人から離れろぉぉぉ!」


 右手には借りたナイフを。

 左手にはカッターナイフを手に。


 私は単身、すでにウ●コをスタンバイしているゴリラへと立ち向かって行った。




******




 それからの流れは基本的に同じ。


 アンジェを救い、彼女の屋敷に歓迎された私は、当面の間そこでやっかいになる。


 前回1週間我慢しても駄目だったお風呂場の蝶対策に、今回は2週間我慢してみたが・・・やっぱり出てきてしまった。

 どうやら最後に残ったのは、この蝶が何の因果かを突き止める事になりそうだ。


 少し変化があったのは、私のステータスや装備面だ。

 

 まずステータスについては、既に憲兵さんのところで偽装版が登録されていた事もあり、仮の通行証がそのまま正規の物に変更された。

 担当してくれた受付の人も別人で、更に変更手続きをした機械も別の機械。

 どうやらあの受付の人とあの機械が、何らかの因果を持っていたのだろうと考えている。

 その機械には「故障中」の紙が張ってあり、何があったのか聞いてみると「表示が文字化けしていた」為に使用を中止しているそうだ。


 私が使用しなかった事で、そういった形に変化したのかな?と思ったのだが少し何か引っかかる。

 疑問の要因として、あの日担当してくれた受付さんの姿を、あれ以来、つまりこのループでは一度も見てない。


「(流石に一度も会わないって不自然よね・・・でも会った事の無い人について聞くのも怪しいか・・・)」


 結局は分からず仕舞いだが、少なくとも蝶に関連していた訳ではないので、深く考えるのをやめておいた。


 次に変化があったのは鉄化面先生の所。


 今回彼の店に案内してくれたのはアンジェではなくカトリーヌさんだ。


 私が「先に防具を見たい」と行動を変えたのもあるが、既に顔見知りという事情もあって挨拶がてら伺った。

 そこで出迎えてくれる、カトリーヌさんとシャーリーさん。

 

 シャーリーさんを見て一瞬ドキリとしたが、いつも通り丁寧に対応される様子をみて、とりあえずは一安心。


 ゴリラ戦でボロボロになった制服の修繕と代わりの防具を工面してもらい、その後で彼女にお勧めされた武器屋が鉄仮面先生のところである。


 鉄仮面先生の店に入ると、彼以外に二人。見覚えのある顔があった。


「へいらっしゃい!・・・って、あぁ!あの時のメガネ女!このやろぉ!」


「やめねぇかジャック! すまねぇなお嬢ちゃん、コイツまだ懲りてなくてよぉ」


 まさかのジャービス兄弟が、鉄仮面先生と同じツナギ服を着て店員をしていたのだ。


「あの後カトリーヌから色々聞いたぜ・・・俺達を突き出さずに開放してくれたってよ。おかげで色々と吹っ切れてな、丁度今日からここで下働きさせてもらってんだ」


 人と人は、何処かしらで繋がっている。

 鉄仮面とカトリーヌにも、多分私の知らない繋がりが存在していたのだろう。


 故に、あの武器が因果となって襲撃へと収束していた。

 故に、二人の死は私をループの中へと縛り付けていた。


 こうしてちゃんと、平和に解決する道もあるのだ。


「私も思わず気絶させちゃいましたから、おあいこって事にしましょう」


 何度も命を奪った相手。

 何度もその死を見てきた相手。


 その二人と、私はようやっと向かい合い、そして自分の中で一つの折り合いがつけられた。


 余談だが。

 二人の報奨金などが無い私は、鉄仮面先生にまさかの借金をするハメになった。


 丁度二ヶ月になる手前で返済できはしたが、その間に一体何匹のゴリラを始末したのかは、思い出したくも無い。

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