私の左目は蝶を観る 18(Σ351)

 351回目の最終日の夜。


 今回は財布を無くす事もなく、夜が更ける少し前までアンジェと部屋で過ごしていた。


 だがやはり、本当に襲撃が起こらないのか? 何か見落としてないか?

 そんな不安に駆り立てられ、ネグリジェ姿で待機していたアンジェには申し訳なかったが、適当な理由をつけて夜中の町へと繰り出していた。

 あの淫靡な姿を見て、良く我慢した私。えらい。


「・・・何も、起こらないですよね・・・?」


「そう願うがのう・・・」


 テト様とも合流して、街道をゆっくりと歩いていく。

 しばらくして、丁度以前襲撃された場所にたどり着くと―――


「あんらぁ早百合? こんな時間になにしてるのぉ!? 女の子の一人歩きはあぶないわよ!?」


「ん? あぁ借金譲ちゃんか。マジでどうしたんや、こないな夜中に」


 後ろから聞こえてくる声に、私は思わず距離をとって、マトバを構える。


「お、おいおい落ち着け、俺とカトリーヌや。何をそんなに警戒しとんねん」


「本当に大丈夫!? 顔が真っ青よ!?」


 そのまま二人の姿を改めて確認して・・・私はマトバをホルスターへ戻した。


「ご、ごめんなさい。ちょっと探し物してて・・・急に声がしたのでつい」


「ふふふ。ハンターらしくなってきたわねぇ。ところで探し物って?」


 咄嗟の言い訳を疑った様子も無い。

 何よりもカトリーヌが黒尽くめではなく、いつものちょっとオシャンティな格好なのだ。


 まだ完全に警戒を解くつもりはないが、少なくとも今、この場で二人に襲われるという事はないだろう。

 大きな課題、大きな山場をクリアしたのだと内心ホッとした時、新たな疑問が浮かんできた。


 今は深夜の11時を過ぎた頃。


 この二人は、こんな時間に私服で一体何をしているのだろうか?

 デート・・・という雰囲気でもない。


「お気に入りのヘアピンを落としたみたいで・・・まぁそれはもう諦めようかなって・・・それよりお二人こそ、こんな時間にデートですか?」


「やだ、そうみえるぅ? うふふ、デートだってぇ」


「なぁ早百合ちゃん。言うてええ事と悪い事が世の中にはあるって教えへんかったか?」 


「あらやだ酷い言われ様ね!? 失礼しちゃうわプンプン!」


 どうやらデートでは無いらしい。

 いやうん、元々そんなわけは無いと思っていたのだけど、一応場の空気を少し軽くできるかなと思っただけなのだ。

 なので鉄仮面さんの「お前次そんな事いったら消す」みたいな空気がちょっと怖いですごめんなさい。


 では、だったら二人はこんな時間に何をしていたのか?


 その答えはすぐにカトリーヌさんが教えてくれた。


「シャーリーがね。昨日から姿が全く見えないのよ・・・アパートにも帰ってないって、近隣の人も管理人さんも言っていたから心配になってお店閉めた後で探してるの・・・」


「黙って姿を消す様な子じゃねぇんだよなぁ・・・マジで何かの事件に巻き込まれた可能性あらへんのか?」


「考えたくはないけど、でもこのまま見つかりそうになかったらハンターや冒険者に捜索願い出した方がいいわよねぇ・・・はぁ、超心配だわぁ・・・」


 その時―――蝶が居た。


 蒼い蝶が、私の左肩に止まっていたのだ。


「まさか・・・アレは独立した別件・・・!!」


 私は呟くと同時に走り出す。

 向かうのは、アンジェの屋敷。

 彼女の寝室だ。


「ちょ、ちょっとどうしたの早百合!?」


「シャーリーさんの行方に心当たりがあります!二人もついてきてください!」


 要点だけを伝えて、私は尚も走っていく。


「本当!?わかったわ!ほらアンタも行くわよ!」


「よくわからんが、ついていけばええんやな?」


 二人も私の後を追って走り出す。


 あぁくそう、冷静に考えたら当たり前じゃないか。


 もし私を狙うだけならアンジェの屋敷に侵入する必要なんてない。

 何らかの方法、つまり襲撃者版カトリーヌの様に私個人をどこか人目の無い所におびき出せばよかった。

 

 なのに彼女は「わざわざ警備の厳重な屋敷」へと侵入してきたのだ。

 それは単に狙いが私ではなく、アンジェの方だったからなのではないか?


 前のループでの彼女の様子からすると、アンジェを殺すつもりは無いのだと思う。

 あれは事故。本当に運悪くああなってしまった悲しい巡り合わせ。



 だが―――世界はそんなに優しくない。



 恐らくアンジェは、今回もシャーリーに殺されてしまう。

 シャーリーが意図せずとも、このループは彼女の、アンジェの死に集約していく。

 彼女の側で見た蝶と、私の肩に乗っている蝶が、それを決定事項だと告げている気がする。


 くそう。オカ●ンはこんな気持ちで、何度も何度も繰り返していたのか。

 マジ心から尊敬するよ鳳凰員さん・・・


 お願い―――間に合って。




******




「動かないで・・・誰も、何もしないで!」


「何をしているのよぉ!馬鹿な真似はやめなさいよぉ!」


「せや! とにかく銃を下ろせ・・・! 説明をしろ!」


 アンジェの寝室に戻った私は勢い良く扉を開く。


 そこには既にアンジェと揉み合いになってるシャーリーが居た。


 私は咄嗟に銃を構えて「離れなさい!」と警告したが、シャーリーはアンジェを後ろから羽交い絞めにして、その眉間に銃を突きつける。


 前回は良く見えていなかったが、彼女が手にしているのは私と同じ小型の拳銃タイプの武器だ。

 前に足を吹き飛ばされたのから考えると、貫通ではなく威力重視なのだろう。

 あんな物を至近距離で撃たれでもしたら絶対に助からない・・・


 追って部屋に入ってきたカトリーヌ、鉄仮面が口々に彼女を説得しようとするが、シャーリーは耳を貸そうとはしない。

 そのままズリズリと侵入してきたであろうバルコニーへと下がっていく。


 腰程度の高さしかない手すりに遮られ、月明かりの中でシャーリーがゆっくりと口を開いた


「・・・なぜ、貴女なの?」


「・・・・・・え?」


 それは、私に向けられた言葉だ。


「なぜ、ポッと出の貴女がアンジェリカの側に・・・それも恋人に!なぜ貴女なの!」


 それは、私に対する嫉妬だ。


「どうして!? ずっと私を、私だけを見ていてくれたのに! 貴女が来てからアンジェは・・・私を見てくれなくなった!」


 それは、私に対する逆恨みだ。


「貴女さえ現れなければ、私の日常は、私の恋は、こんなにも黒く染まったりしなかった!こんな事をしなくてもよかった!」


 それは―――私にも理解できる感情だった。


 もしも小姫を、見ず知らずの誰かに、それも同じ女性に突然奪われたなら。

 突然小姫に「今日から彼女と付き合うよ」と紹介されてしまったら。


 私は間違いなくその女を妬み、僻み、逆恨みして―――殺したいと思っただろう。


「許さない・・・許さない!許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない」


 恨みが、妬みが、殺意が延々と私に投げかけられていく。


 それは私が前回彼女に抱いた物と全く同じ、黒く、重く、濁りきった仄暗い感情そのものだった。


 だからこそ、私は何も言えなかった。


 当然なのだ、怨まれて。

 当然なのだ、妬まれて。

 当然なのだ、憎まれて。


 人の恋とは美しい物であり、そして何処か、どす黒く濁った物でもある。


 綺麗なだけの恋などない。

 綺麗なだけの愛などない。


 友情や、愛情や、劣情が入り混じって、その上で誰かを心から想う事。

 それが人を好きになるという事なのだから。


「もう・・・駄目なのよ・・・もう私に先はないの!次はないの!だから―――」


 そう言って、シャーリーはアンジェのこめかみに当てていた銃を離し・・・逆手でアンジェの胸、心臓のあるところへと押し付けた。


 最初に飛び出したのは誰だったか。

 咄嗟に動いたのは、私だったかカトリーヌだったか。


「待って―――!!」


 その声が響くと同時に、シャーリーの銃はアンジェの胸を撃ちぬき、その後ろに居たシャーリー自身の胸も貫いた。


 グラリと、二人の身体が後ろに崩れ落ち・・・そのままバルコニーの手すりを越えて庭へと落下していく。

 

 どしゃり。


 という鈍い音を耳にした瞬間。


「っつぁぁっ―――!!」


 私の左の景色が回転を始めた。


 まだ、終っていない。

 まだ、終わりではない。

 まだ、解決はしていない。


 蝶はただ、因果を漂い続けている。


「―――でも、そう、答えは見つけたわ―――待っていなさいよ運命! 文系少女なめんじゃないわよ!」


 私の叫びを、果たして蝶は耳にしただろうか。


 その言葉を最後に、351回目のループが終った。

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